その時おれが手帳に書いた言葉。

西野に送った、『最後の言葉』。

それが

~たとえ どんなに~

だった。


泣き出す一秒前みたいな顔をしながらも、西野は笑った。

「なにこれ?
全然伝わってこないよ(笑)?」


「『たとえどんなに』、
辛くてもがんばれよ。

『たとえどんなに』、
苦しくても西野なら絶対大丈夫。
...そういう意味、全部。」

『そして...』と思い、言葉を飲み込む。

『たとえどんなに』、
離れていても、気持ちは繋がっているから...。


ヘタレなおれの後悔。

あの時西野が一番欲しがっていた言葉を、何故おれは伝えてやらなかったのか。

距離、時間、夢。
一番大切なモノをないがしろにして、おれはいったい何にビビってた?

どうして行動しなかった、思うままに。

あれから眠れない夜を、いくつも数えた。

あれから...

あれから、おれは....

....ただそれだけだった。

いったいおれは何をしていたんだろう?


「...キミからもらったいろんな気持ち、いつか私、歌にする。
『たとえ どんなに』、この言葉もちゃんと大事にするからね。

...それじゃ、元気でね。
いってきます。」


東京に行ってからも、どうせアイツはまた人一倍努力したに違いない。
誰にも弱音を吐かずに。
きっと一人で。



~たとえどんなに、
どんなに強く願ったって
もう戻れないけど~


おれが送った言葉を、西野は歌にした。

とても悲しい歌にした。

ただ一つ、おれにしかわからないこと。

それは伝えたかった言葉は、そんな意味じゃなかったはずだってこと。



...ラジオからは午前0時を告げる、時報の音。


「どしたの?
なにかあった?」

媚びた表情のアンジェリカ。


「...ずっと忘れてた。
おれ明日朝一の飛行機で東京に行かなきゃ。」

「じゃ早めに『続き』、する(笑)?」

おれのジャケットのジッパーに手をかけるアンジェリカ。

「ごめんっ!
おれ、今の今まで忘れてたけど好きなヤツ、いるんだ。
恋してる相手、離れてるけどちゃんといたんだ。」


「『恋』?
ナニそれ??
おいしいの(笑)?」

アンジェリカの、ナイスジョーク。
コイツ、案外面白くていいヤツなのかもしれない。


「ははっ、わかんねぇか?」

「うん、わかんない。
全っっ然!わかんない。
その子、なに?
私よりもいい子なの?」

「いや、どーだろ?
控えめなクセしてホント手がかかるヤツだし、何も言わないで一人で勝手にいろんなモノ抱え込むとこあるし、おれを名前で呼ばないし...、マジでつき合うのしんどい時もあるけど。
それでも....」

「?」

「アイツが言った通りだ。
おれもスゲェ物好きなヤツなのかも。
離れ離れで、一年以上も連絡とってないし、今更もう遅すぎるかもしれないけど....

それなのに、なんでおれ、『アイツ』なんだろ?
確かに自分で自分の趣味、疑ってしまうよな(笑)」

いきなりベラベラしゃべりだしたおれに、怪訝な表情のアンジェリカ。

「わりぃ、家まで送ってくよ。
大人の男が好みなら、いくらでも仲間紹介してやるから。

おれはマジなヤツしか、やっぱ相手できねぇや。」

シエラのハンドルを握り、おれは松浜港を後にする。


陽が昇ったら、朝一の便でこの街を出よう。

アイツの手帳に書いた言葉『たとえどんなに』の、本当の意味を教えに行くんだ。



テーマソング
西野カナ
~たとえ どんなに...~


~・~・~・~・~

君が教えてくれた歌を
今でも不意に
聞きたくなるの

君を少しでも
近くに感じていられる
気がして

どんな不安も
我慢してたら
今でもそばに
いてくれたのかな?

~・~・~・~・~


いつだって控えめな西野。
いつだって一番大切なことを言わないおれ。


もうコイツを泣かせたりしないって誓ったハズの、クリスマスイブ。

そう誓った、『ハズ』なのに。

付き合い続けてからも、おれはアイツに無理させてた。
負担ばかりかけてた。


仕事中にかかってくる電話。
忙しい時はぞんざいに扱うこともあった。
おれは居酒屋、真夜中のJOB。
たった数分の電話にさえ、手が離せないことがあった。

それでも健気にふるまう西野。

「うん、なんでもないんだ。
声、聞きたかっただけだから。
私は寂しくなんかないよ。
だからキミはキミのお仕事、ちゃんとがんばって...」







~・~・~・~・~

あんなワガママ
言わなきゃよかった

もしあの日の言葉を消せたら・・・

どうして自分に正直な恋じゃダメなの?

なぜ心は、想えば想うほど離れていくの?

~・~・~・~・~


初めて西野がキレた、生駒の飲み会。

だけどアイツはいつもどこか、『メンドくさい女』になることを怖がってたみたいだった。

ワガママなんて、どんな小さなモノもおれには思い出せない。


一日も欠かすこと無く送られてきたメール。
いつでも丁寧に語尾に飾られた、賑やかなデコメ。


「キミの今のメール、『保護モノ』だ(笑)」

「何っ?西野おれのメール保護なんてしてんの!?」

「実は保護、10個目ですo(^-^)o」





大切に記憶している、小さな記念日。

思い出だらけのSDカード。

「オマエほんと色気ねぇよな」なんて言って、泣かせてしまったこともあった。

ほんとは違う。
西野のかわいらしさが、いつだって大好きだった。



「私が寂しがってるんじゃないかって、いつもキミが心配してくれてること、口には出さなくてもわかってるよ。
キミは本当は優しい人だからね(笑)

でもね、私強くなったから大丈夫。
きっと...『キミだから』、大丈夫なんだよ。」



~・~・~・~・~

たとえどんなに、
どんなに強く

願ったって
もう戻れないけど

遠い君を
見えない君を
想いつづけて

君からもらった幸せはずっと
心の中で輝くの


忘れないよ

いつかこの声が
きっと届くと信じて...

~・~・~・~・~


最後に西野を見送った、新潟空港。

ロビーではたくさんの人混みが、せわしなく行き交っていた。



「ねぇ、泣かないから。
ちゃんと私、がんばってくるから。

だから....
だからなにか一言、
『言葉』が欲しい。」

涙目の西野。

約一年半の付き合いで、きっと本当にアイツは強くなったんだと思う。

涙を溜めた瞳の中にも、アイツなりの決意のようなものが感じられた。


「『言葉』って...?」

「がんばれ!でも、
負けんな!でもなんでもいいよ。
私はその『言葉』と一緒に、これから東京でがんばってくるから...」


いつも西野が歌詞を書き溜めていた手帳。

それを手渡される。


「ここに書いて。
...お願い...」


そして、おれが書いた『言葉』。

ヘソ曲がりの、いつでも大切なことをはぐらかしてばかりのおれが、その時手帳に書いた『言葉』。


それが

~たとえ どんなに~。


そう、『その言葉』だった....。



建ち並ぶ民家をやりすごすと、視界を奪う壁。

その壁には車一台ぶんがようやくすり抜けられる程度の隙間。

そこを抜けると、眼前に広がる松浜港。

海の彼岸には、ライトアップされた新潟空港。


いつの間にか降り出した、2月の冷たい雨。

雪になれなかった雫。

停めた車のフロントガラスに、砕けては落ちる。


「.....少し時間早いけど、....チョコより甘いのあげる。」

寄せてくる、アンジェリカの唇。

無抵抗に、受け入れる。


最初は重ねるように。
次第に探るように。
そして、貪るように。

フェイクだとわかっていながらも、装おう情熱。

重なり合った二つの器官から、もれだす吐息。


絡まりあっているワケでもないのに、縺れて(もつれて)ほどけない。


突き放したい衝動と、引き寄せたい衝動。

力強い、脱力。

相反する、力学。

そして、スピードに焦れ(じれ)ながらも、隠した余裕。

恥じらいはスパイス。

テキスト通りの、『The オトナのキス』。

ココロとは裏腹に、反応してゆく身体。

敵意にも似た尖った視線で、アンジェリカの濡れた瞳を貫く。


傷めつけるように、長く、永く。


「...やっぱり思った通りだった...。」

「なにが?」

「....笠井くんて....『とびきり』だね(笑)」


隠れるようにクスクス笑うアンジェリカ。


下げ忘れたラジオのボリューム。

カーステからは相も変わらず憂鬱そうなナビゲーターの声。


~~~それでは本日最後の曲紹介です。

ラジオネーム ヤダー☆タカフミさんからのリクエスト。
新潟市出身、期待のシンガー『西野カナ』ちゃんの新曲で。



『たとえ どんなに...』~~~


ふいのことに、息を飲む。

まばたきの仕方すら忘れ。

聴こえてきたのは、ピアノが奏でる、はかなくも決意に満ちたイントロダクション。