最初に、元日に全てを失うことになってしまった能登大震災に被災された方々に御見舞を申し上げます。。


2024年、波乱の幕開けを感じます。

ぜひとも皆さん手を取り合い助け合って生き抜いていきましょう。

人に頼ることは決して恥ずかしいことではありません。時として人として必要なことですよ‥


私もこの正月は特に予定もなく、コロナ禍でなかなか顔を出せなかった、祖母の家に行きました。

母親の妹夫婦と住んでいるのですが、祖母も95歳。

色々患い入退院を繰り返し、家でも寝たり起きたりなんですが。。。




「おめっとさん、しばらく〜」

いつものように部屋に勝手に入っていく

幼稚園〜小学生まで当たり前のように過ごしていた家でも社会人になってからはたまにしか来れなくなっていた。

部屋には、ばあちゃんが1人座っていた。

石油ストーブの上に乗ってるヤカンがコンコンコンと沸騰しながら蒸気を噴出している、とても温かい部屋だ。


「ばあちゃん元気かい?」


「・・・身体が痛くていやんなっちゃうよ」


たまに見るからか、ばあちゃんの身体は、年々小さくなっていた。


「そっかい、それだけ言えれば元気なうちだよ(笑)あれ叔母さんは?」


「カスミに寿司とか買いに行ってるよ」


「そう、言ってくれれば買ってきたのにな~」


ばあちゃんは、座椅子に布団をかけて眼鏡をかけながら何かを見ている。。。


「何見てるのそれ?」

私はばあちゃんが見てるものを覗き込む。

それは、古い写真のアルバムだった。


「身体が痛くて眠れないとき、いつもこれを見てんだよ。あんたが小さなとき、ばあちゃんばあちゃんって言って手を繋いで大平山行ったときの写真、じいちゃんと3人で行ったんだよ〜」


ばあちゃんは、目を細くして懐かしそうに話す。


「俺それ初めて見る写真じゃん、幼稚園のときかな」


「幼稚園の時は見てらんなかったんだよ、行かせたく無かった、他の子に、いたずらされたり、ちょっかい出されたりして、あんたが嫌な顔してるのを遠くから我慢して見てたんだよ、可哀想で涙出てきそうだった、しまいには、あの先生にフェンスに宙づりされたときね、悔しくて悔しくて・・思い出すだけで涙が出るんだよ・・」


目頭を押さえばあちゃんは、こう言う。


「あんたは本当に優しい子だよ」


私は、ばあちゃんの背中をさする。

「苦労かけちゃったな、ごめんな」


確かに私自身幼稚園のときは辛かった

しかし、孫の辛い顔を見ていたばあちゃんは、それ以上に辛かったのだろう。


「ばあちゃんとじいちゃんと3人で色々なとこ行ったね~  古河公園、岩槻公園、羽生の水族館、佐倉の博物館、吉見百穴・・」


私は子供時代、親とは仕事の帰りが遅く、土日も仕事だったため、ほとんど絡んでいない。

ばあちゃんは、親代わりに、私を育ててくれた。


涙を拭いたばあちゃんはアルバムを閉じ、小さなポシェットから袋を取り出した。

渡されたのはお年玉袋だ。


「そろそろ次の正月は迎えられないかもしれないから、これが最後の最後のお年玉だよ」


「えっ、、普通逆じゃない?」


「いいから最後だから、これでもう思い残すことはねえ」


「そんなこと言うなよ、まだ100歳まで生きれるから」


「しまっとけ、おっ母にバレたらうるさいから、これで最後だから」


そう言ってばあちゃんは、じいちゃんの仏壇の前で手を合わした。


多分、私のルーツはこのあたりからきてるのかもしれない。


35年ぶりに貰ったお年玉


中身は見ていない


これは、こんな危なっかしいこの時代に、ばあちゃんが「後を頑張れよ」とくれたお守りだと


大切にとっておきたい。