雨音。陰にむしむしとした部屋。
窓を開け、あり物のIWハーパーを呷る。
冷たい風。頬に当たるそれは、僕の熱を
なかなか奪いはしてくれない。
随分と広い部屋に、僕は一人だった。
ここはどこだろう、だなんて
マヌケなことを言ってみる。
随分と遠くまで来たもんだなァ、なんて
分かりきったことを言ってみる。
でも、そんな気持ちだった。
いつの間にかここにいるような感覚だ。
シトシトと音がする、カラカラと音を鳴らす。
僕は、いつかのラフロイグを思い出していた。
。。。
幼くてまあるい顔。鼻がすらっと伸びていて
少し大人びてきた君の顔を見て
ぼくは色んな未来を想像していた。
遠くに見える東京タワーは、
あの日ぼくらを祝福していた。
遠い光だったけれど、それはぼくらをめがけて
伸びていて、ぼくらを照らす為だけに
それは、あったように思う。
ぼくらの明るい未来に乾杯。
飲んだこともないラフロイグを悠々と呷り、
ぼくは大変気分が良かった。
目の前の、消えゆく光のことなんて露知らず
バカな僕だけが、照らされていたんだと思う。
。。。
幕が開け、光が舞台にそそぐ。
久しぶりに見る君の顔は大変に美しかった。
なにか君が言葉を発すれば、
観客(ぼくら)の感情は揺らぎ、
君が歌い踊れば、ホール内の分子全てが
歓声に変わって君はそれをまとうのだった。
圧巻だった。君への恋心かも分からなかった
ぼくの小さな気持ちの片鱗も、
彼の暗い嫉妬心と君への想いも、
いつかの彼女の憧れの果実も、
全ては君のものだった。全てを支配していた。
手に入れようなんてことも思えなくなった。
思えば、あの場には今現在ぼくを構築する
全てが詰まっていたように思う。
ここが“僕”のすべてで、これ以外は嘘だった。
ぼくにとって、この真実以外は嘘になったのだ
幕が閉じ、光が落ちて、
誰もいなくなったホールは様変わりした。
暗く、淋しく、古くて何も無い。
ただそこを動くことが出来ないぼくと、
壊れてしまった、動かない君だけがいた。
これもある意味で“僕”の全てだった。
。。。
あの日あの場所にいた君を見つけた時に、
ぼくの“全て”が動き出したように思った。
「ぼくを連れていくんだろう?」
君は意味なんて分からなかっただろうに
「そうですよ」と
ぼくの手を取って、動けない僕を連れ出した。
夕日が沈む。波の音と潮の香り。
あの日見た花火は、胸に響く轟音は、
ぼくの鼓動となって、血が巡り始めるのを感じた
これはぼくにとって“真実”だった。
。。。
それからぼくがラフロイグを呷り、
バカな妄想の果てに見た未来まで。
それからは全てが“嘘”だった。
。。。
君の道具がいつの間にか学校から無くなり、
ラフロイグの夢の中の未来が無くなり、
“僕”は全てを失い、
でも何かを得たような気にもなっていた。
IWハーパーを呷り、手には希望。
僕はゆっくりと煙を吐き出していた。
君のために辞めた“ヘイワ”を僕は持ち合わせていなかったが、少しあさったら“キボウ”が出てきた。
パチンコの余り玉でいつか手にしたキボウ。
僕の祖父はキボウを手に、
呼吸を止めて死んでいった。
僕の妹の名前が希望なのはジョークだろうか。
そんなことをユラユラとした頭で思う。
これが死に向かう切符であることを
僕は祖父のおかげでよく知っていた。
だけれど今はこれだけが心地よかった。
これで最後にするよ。
ここに誓うから。
僕は“キボウ”を手に取り、肺に入れる。
真実も嘘もこれで最後にするよ。
それは君が望んだことだった。
僕は全てを否定され、
それでも最後に君が欲しかった。
思えば、あの時も、あの時も、そうだった。
あの時恋心かも分からなかった幼いぼく。
分かったような顔で君の顔を覗くぼく。
それらの時の“ぼく”ではもう無かった。
何かを手にしたように思ったあの時に
手に入れたものは今ここにあった。
あぁ、まだここにもあったよまりこさん。
全ては今日が最後だ。
君の決断がどうであれ、
僕にはこれが最後だった。
かつて僕の真実であったいくつかの事象も、
浮ついた僕の“嘘っぱち”も。
僕の嘘ばっか。
この世の全部が嘘だった。
あの時だけが真実だった。
僕は最後の最後に叫ばせて欲しかった。
これが最後ならば。
そっと火をつけ、口内に燻らす希望。
これが最後なのも何かのジョークか?
今は君だけが真実だったことも。
君が決めるなら僕はこの全ての事象に納得が出来るように思うよ。
本当に出会えてよかった。
よくあなたのような人に出会えて、
ここまで来たと今になって、思うよ。
この真実と嘘の終わりを1つの章として
僕は進んで行けるかな。
君がそこにいてくれたら、
どれだけ心強いだろうなんて、
僕はこのユラユラとした頭で、
懲りずにまたバカみたいに考えているんだよ。
おやすみ。
君がよく眠れますように。
。。。
