今日は一日、日ごろの疲れを癒すため、

一日ゆっくりしていました。

もちろん、ずっと寝ていたわけではなく、

ボーっとしながらも仕事のことを考えたりしていたのですが、

そろそろ、GWに考えていたことを実行に移そうと思いました。


もちろん、一気に全ては無理ですが、

明日から少しずつ少しずつの前進を目指していきたいです。


夢の中に昔の自分がでてきたからでもありますが、

ここらへんで、「なぜ、自分が新規事業に魅了されたか」を

振り返りの意味もこめて、かなり昔のことにまで

さかのぼって書いておこうと思います。


長くなるので、今日みたいな日に何回かに分けて書こうと思います。

これが、書き終わるころには新規事業がひとつ企画として、

形になっていればいいですね。



【簡単な子供時代の紹介】


私は、別に起業家の家に育ったわけでも、

そういった教育を受けてきたわけではありません。

ごくごく普通の小学校・中学校・高校に通い、

他の子供たちと同じように育ってきました。


母親からは小さいころから、

「公務員になりなさい」だとか、「銀行がいい」とか、

堅い仕事をずっと目指すように言われていたと思います。

父親は、自分が電気工事士ということもあり、

その道に進んでほしそうでしたが・・・。

習い事は、思い出すだけでも、そろばん・公文式・習字。

スポーツは水泳・野球・サッカー

それとは別に、ボーイスカウトにも通っていました。

ボーイスカウトに関しては、年少組のカブスカウトから

通っていたので、けっこう長かったですね。


要領をつかむのはうまかったみたいでしたが、

特に勉強ができたわけでもなく、

すごくスポーツがうまかったわけでも、

誰よりも走るのが速かったわけでもありませんでした。


しかし、違っていたのは、小さいころから目立ちたがり屋だったこと。

そして、リーダーシップを発揮して引っ張っていくのが好きだったこと。

さらには、勘違いをしやすかった(思い込みの激しい)子供だったと思います。


前にも書きましたが、高校時代は生徒会長でしたし、

大学時代は大学祭中央実行委員会の音楽企画部長。

小・中・高と学級委員に選ばれることも多く、

たしか小学校の時は、運動会の応援団長だったと思います(笑)

とはいえ、優等生なんかでは全くなく、

どっちかというと、扱いづらい子供だったと思います(苦笑)


まあ、普通に高校を卒業し、普通に大学に入ったのですが、

大学を卒業したときにも、まさか今のような考えをもって、

今、東京で暮らしているなんて全く夢にも思いませんでした。

しかし、その大学時代が、ある意味今の自分を作ったのかな。

と、今となっては思えます。


【大学時代とクラブとDJとの出会い】


では、その大学時代に何があったのか。

私は大学入学後、すぐに軽音楽部に入りました。

もともと高校から、下手くそなくせに楽器をやっていたということと、

そもそも、音楽が大好きだったから。

もちろん、リスナーになるよりも自分で演奏するほうが

全然楽しいと思ってましたので、高校時代も

バンドもどきのようなことをやって楽しんでいましたし、

大学時代には、軽音楽部でバンド活動にいそしんでいました。

ちなみに、大学時代の担当は、目立ちたがり屋の私らしく、

スリーピースのバンドのギターボーカルです。(笑)


しかし、大学のときのある友人との出会いが、

私の音楽人生はちょっと方向性を変えていきました。

というのは、「JAZZ」と「CLUB」との出会いです。

もちろん、その当時知った「JAZZ」は、「ACID JAZZ」と言われ、

どちらかというと、「クロスオーバー」や「フュージョン」の方が

近い感じの音楽でした。

(当時ははじめて聴いたジャンルだったのでショックでしたが 笑)


そして、その音楽はライブハウスでかかっているのではなく、

(もちろん、そのアーティストの来日とかはホールコンサートです)

その友人につれていかれた「CLUB」という場所で、

DJがヘッドホンを聞きながら、レコードを回してかけているのです。

田舎者の私は、その場所に漂うガラムの甘い独特な臭いと、

お香の鼻のつく臭い、そして、真っ黒な大きいスピーカーが

壁をビリビリ震わす程の爆音にすぐにやられてしまいました。


そしてなにより、その中の雰囲気には新鮮な驚きがあったのです。


すごく広いとはいわないまでも、それなりのフロアの中に、

音楽に身を任せて気持よさそうに揺られている人間もいる。

かたや、カウンターやテーブルではその爆音の中でも、

談笑している人たちがいる(もちろんどこまでコミュニケーションが

とれているかは、全くわかりませんが・・ 笑)

そして、ひとしきり音楽をかけていたDJはフロアに下りてきて、

来ている人たちと会話などを楽しんでいる。

来ている人たちは来ている人たちで、かかっていた曲がなんなのか、

気軽に聞いて、メモったりもしている。


なんだか、演奏者とお客さんという関係ではなく、

すごくフラットで、まるで、自宅に友人を呼んで、

「最近いい曲みつけたんだ、聞いてみてよ」といった感じで、

お互いが音楽とコミュニケーションを気軽に楽しんでいたのです。


真夜中の大阪には、私の知ることのなかった、

暗くジメジメとした、しかしなぜか心地よい

コミュニケーションスペースがあったのです。


かかっている音楽の良さはもちろんですが、

バンドをやっていては、なかなか見ることのできない、

外への開かれた扉が見えました。

(なにしろ、私がいた大学の軽音楽部なんて、

ほんとに仲間内だけで、結構、自分たちだけの世界をつくって

楽しんでいるだけでしたから・・ 笑)


私は、今までの音楽観がいきなりがらりと変わり、

気がついたら、すぐにこの世界で音楽をやっていきたい。

と思うようになりました。


私は、人との出会いはすごく恵まれているほうだと思います。

高校時代までの友人はもちろんですが、

大学以降の人間にも本当に恵まれていました。

そんな人間との出会いが今後のDJとしての私に、

そして、今後の人生に大きな影響を与えていくことになるとは、

その当時の私には想像もつくわけもなく日々がすぎていったのです。


《では、続きは次回以降で。。》




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