陽射しが 「今日は暑くなりそうだよ」と言ってた
火曜日の朝
私の言葉に そわそわし始めてたソイの所へ
おばあちゃんが 久しぶりに遊びに来てくれた
大汗かいて
「夏だわ、夏だわ!!」 って言いながら
喜ぶソイとたわむれて、また汗かいて、
そして、ソイは おみやげのパンプキンもらって
しばし一人遊び
KFCファンの母は
やみつきチキン南蛮サンドをどうしても私に食べてもらいたいからと
買ってきてくれて
どっさりタルタル溢れ出てるサンドと くるりんポテトで
KFCLunch
ひとくち食べて 私の口から出た「うまーーーい」っていう言葉に
母は大喜びしていたな。
「どんな日も、忘れるなんてことはないわね」
と、やっぱり姉の話をし始める母は
自分の家で 食事をするたび
もう食べられないのね・・と悲しくなると言い
でも、だからといって 今 自分は食べなければねと
食べることを楽しい仕事にしているよって言っていた。
楽しい仕事は 増やしてもいいけど
増やしたら 身体に負担かかるようになるし
そう思うと 1日に3食 + おやつ が 身体にとってバランス良い
そんな3回
「食事のおたのしみは1日3回しかないのよ」 ともいい、
だから +おやつを考える時も 毎日 すごく楽しみなの という。
娘の死を受け止めていく辛さは
きっとずっと 辛く辛く
思い出し話には 必ず涙が流れてしまうから、
だから、1人の時は涙なしではいられないのだろうな・・毎日・・
だけど、
そんな悲しみを 食事にのせて
楽しみという時間の中で (あなたの分も)と楽しむ
(思うこと同じだな~)
そう思って見てた 母とソイの会話姿からは
「大好きよ」「生きてるんだもんね」
2人の心の声が聞こえてきたみたいだった。
のんびり、神経ゆるんだわって言ってもらえて
よかったな~の母を駅までお見送りの時は 夜
こうして もう少し話そうかのあたりで
「またね」することも
母と私の間が 良いバランスでいられるんだな
を思う改札口バイバイだった。
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今日も寒くない
10月じゃないみたい な 気温高めの水曜日
超熟ロールにイチゴジャム塗って
イチゴ作り
自分イチゴ朝パンの後、
昨日からは ソイ朝ごはん準備が生活に加わり、
ソイご飯用意。
まだ ドッグフードは グラム計りではなく 粒数えての 白米+肉メインの
ソイ食事だけど
かなり お腹のヘリが 激しいようで
うれしい催促をしてくるから
昼間も夜と同じ量 あげていいですよの先生からの言葉で
寝起きも 盛りご飯のソイ。
減ってしまった体重はすぐ戻りそうだって思うけど、
あげすぎも また お腹を壊してしまうのではないか?と
あげる量のバランス考えるばかり!
肉多めで ご飯減らして ドッグフードもう少し増やして、
でも、ウンちゃんの様子でドッグフードはあまり増やさずに・・
なんてことを思いすぎてるのか
草の色した なんだかわからないけど
すごーくカラダに良いらしいドッグフードを
どこぞの人に勧められてる夢を見た!
考え過ぎも良くない・・・な。
夏の始まりの 気温上昇で
体のバランスを崩させてしまい
一度崩れた バランスを
もとに戻すのには
崩れるより、長い時間がかかる
身体もそうだけど
心も、食事も、睡眠も、
それから
人と人の間も
みんなどんなものにもバランスがあって
どれも良いバランスを保つには、
やっぱり 深く考えず、ほどほどに と 直感タイミングに気づくこと
が大事なのだろうな
曇りの貸し切りの浜で
今日も砂まみれになってる顔見ながら
(生きてるってことはバランス)
を思い
ほどほどな帰るタイミングを見つけて
「よっしゃ、帰りますよーっ」 と帰ってきた
ちょっと早めの午後散歩だった。
The word “happiness” would lose its meaning
if it were not balanced by sadness.
幸福な人生にさえも、ある程度の暗さはあるものです。
そして「幸福」という言葉は、悲しみによってバランスが取られなければ、
その意味を失ってしまうでしょう。
Carl Gustav Jung
カール・グスタフ・ユング
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