ポジティブ思考というけど、盲目的にこれができない人には
今から書くこの考え方は使える考え方だと思う。
実際、前向きに生きればいいよ、とか他人に簡単にいわれてもできない。
自分が納得した方法でポジティブ思考をしないと効果ないと思う。
生きる上では、嫌なことにぶちあたる。
そういうことあるよね。
こういう嫌な問題の解決方法は二つあると思う。
(「解決」とは、それを自分が「問題」として認識しなくなることとする)
一つ目は、今の自分の価値尺度で解決するということ。
今、自分が設定している「成功ケース」と「失敗ケース」をそのままにしておくということ。
その上で、「成功ケース」にもっていこうとする解決法。
たとえば、自分の友達関係に対するコンプレックスについて。
過去に友達に嫌なことを言われただとか、そもそも友達の数が少なかったりとか。
僕のはそこまで深刻なものではないが、誰しも大なり小なりこうした人間関係
に対する自分のコミュニケーションスキルのコンプレックスはあると思う。
「努力主義」の国の人は、このような問題も教科書の問題のように
ある解決方法があるのだと思ってしまう。
努力さえすれば、大抵のことは解決できると思っている。
(本当は、自分の欠点を受け入れることも必要!!)
ここで「成功ケース」を具体的な目標「サークル内で人気者になる」ということにする。
それ以外を失敗ケースとする。
この条件のもとでは、この問題を解決するには、
サークルの人た
ちと無理にできるだけ多くの時間を共にする必要がある。
もしくは、忙しい時でもそのサークルの友達を最優先することになる。
解決するには、今以上に頑張らなくてはならない、
という結論になる。
そして、一番重要なのは、この問題が発生している原因として
自分の「欠陥」(本当は自分がそう思っているだけで、他人は全然気にしていないのだが)を常にを意識してしまうことである。
なにせ、この自分の欠点を克服しようとしてハードルの高い目標を設定してしまっているからである。
これは、自分のヒューモアのなさ、協調性のなさ、という風に認識されてしまうのだ。
なんで自分はこうなのだ?なんであの人みたいにうまくいかないのだ?
という負のスパイラルに陥って、努力によって解決するまで
これはずっと付きまとう。
じゃあ、このように「自分の欠陥を意識して成功ケースに向かって努力する」以外の
解決方法があるのか。
二つ目の解決方法としては、新しい価値尺度を設定することで解決するということ。
今、自分が設定してしまっている「成功ケース」と「失敗ケース」を
新しい価値観に基づく「成功ケース」と「失敗ケース」と取り換える、というものである。
上記の例をこれにあてはめると、、
「成功ケース」を「サークル内でそれなりに2,3人の友達と仲良くやっていく」
と変えたら、どうだろう?
これは、自分の特徴としての「人気者としての素質のなさ」を受け入れることでもあると思う。
確かにそれは自分の欠陥とも言えるが、じゃあ「欠陥」というほど
悲観するものなのか?
無数にある自分という人間の一つの特徴ではないのか?
そう考えることで新しい価値尺度をこの人は手に入れることができる。
それは、「人気者になれるかどうか」はそこまで意味のある価値観ではないという価値観。
それは、「その人の友達の数というものは、その人の価値を測るものではない」という価値観。
選挙にでるわけでもないのに、人気者になる必要がそんなにあるのか?
という風に考えるわけである。
それはつまり、
以前の価値観である「友達の数はとても大事」という価値観を捨てているのである。
この方法でいくと、なんと「成功ケース」=「少数の友達でうまくやる」に
今の自分の状況があてはまっているではないか?
ならこの問題は解決した。
もうこれ以上辛い思いをして努力しなくても自分は「成功」しているのである。
ここで重要なのは、自分の短所を意識しないで済むばかりか、
自分の短所ではない、単なる自分の一つの特徴だ、と思うことができる。
色々な考えがある世の中で絶対的にこっちがいいという
尺度はないと思う。
本当に本当に、考え方次第なのである。
今の考え方は、たとえば、勉強でも自分の容姿でも
自分の境遇でも自分の所得のレベルでもスポーツでも
なんでもあてはまると思う。
仕事上の問題や絶対に①の方法で解決しないといけない問題以外は、
②の解決方法の方をとるべきである。
(ここでは勝手に価値尺度を変えたらだめだ)
②の解決方法の方が幸せに生きることができるし、
重要なのは、自分を肯定的にとらえることができるのである。
人生自分をずっと否定的にとらえて生きるのはつらい、、、、
よく考えてほしいのは、①の解決方法、すなわち自分に今の高いハードルを
越えることを要求して自分の欠点を受け入れない解決法を
すべての分野にあてはめていって
すべて「成功ケース」にもっていけるとしたら
その人は完璧な人間ということになる。
実際そういう人はいなくて、これは①の解決方法の
大部分は失敗するということを意味すると思う。
そんな簡単に成功し続けられたら、人生楽勝じゃん。
つまり、自分が頑張らなきゃいけない分野を広げるのはやめよう。
自分の長所については、どんどん高いハードルを設定していっていいけど、
そのほかの80%の分野については、
中途半端でもいいじゃないか?
そもそも、その中途半端とか完璧とかいう尺度を捨てて、
自分はこう、あいつはこう、だから気にしない!!
よくよく考えると人を縛りつけている尺度はそれほど重要なものでもないのだから。
言葉は悪いけど、英語で言えば、"I don't give a f**k about that!!"
そんなことはどうでもいい!
よく言われるこのような言葉の裏にもアメリカの思想があると思う。
小さいことは気にしない。ワカチコワカチコ。
幸福というのは周りの環境とか、自分の能力の程度で決まるものじゃない。
幸福は、筋肉を鍛えることと同じように、幸福を感じるトレーニングを通して感じられるようになる。
それは、既存の価値観に振り回されないトレーニング。
自分がもっていないものをそんなに欲しがらない。
くだらない価値観は捨てよう!
自分がもっているものに感謝。
自分の価値観を力強く持ち続けることにより、自分に肯定的に生きることができる。