私は高校卒業後、一番最初に就職した職場に
約1年半勤めて、20歳の時に
産婦人科の医療事務に転職しました。













医療事務の資格も持っていなかったし、
正直、前の仕事がサービス業で、
休みが不規則で残業もかなりあって、
それが嫌すぎて、とりあえず休みが
きちんと決まっていて残業があまりない仕事なら
なんでも良かったです。













ハローワークで求人を見つけた時も
絶対ここで働きたいという訳ではなく、
同時進行で3つぐらい受けていましたが、
縁あって、産婦人科で働くこととなりました。













でも、今思えば、本当に産婦人科で
働けて良かったなと思っています。
多少なりとも、薬の知識や、
産婦人科系の疾患などの知識もついたし。










何より、病院にかかる時って、
怪我をしたり、調子が悪かったりして
診察に行くことがほとんどなのに、
産婦人科は唯一『新しい命が生まれる場所』
そんな素敵な職場で働けて幸せでした。












でも、そんな中で、一つ勘違い
していたことがあります。













私の働いていた職場は個人病院。
もちろん、多胎妊娠や、
単胎でも妊婦検診で何か異常が見つかれば
大学病院や総合病院に転院になるし、
赤ちゃんの体重も想定2500g以上なければ
産むことができませんでした。












だから、最初から院長が
あまり、リスクのないと判断した
患者さんのみ分娩できたので、
私が働いている4年間の間で
分娩中に赤ちゃんが亡くなってしまったり、
産まれてから亡くなるとゆうことは
全くなかったです。











だからこそ、妊娠して、無事に出産すると
いうことが、
"あたりまえのこと"だとどこか勘違いしていたし
流産の患者さんももちろんいたけど、
私としては少ないイメージで
あまり起こらないことだと思っていました。














流産だとわかって、待合で
泣いている患者さんを見ても、
『次また頑張ればいいじゃん。』
『1人いるんだから、そんな泣かなくても。』とほんっとに今思えば
ありえないほど、ひどいことを
思いながら仕事していました。
本当に反省しています。












だからきっと、私の元に来てくれて
流産してしまった子は、
『命の大切さ』『命のすばらしさ』
今自分が健康に何不自由なく生きているだけで、
素晴らしい奇跡だということを
命に変えて教えてくれたと思っています。













まだまだ、母になるには早すぎた私の所に
宿ってくれてありがとうと
たくさん、人として成長させてくれて
ありがとうと
今では悲しいではなく、ありがとうと
いう気持ちがたくさん湧いてきます🕊