殺戮人間
ブログネタ:自分て小さいと思う瞬間 参加中最近
僕と同じ年代の
男子高校生が
その同じ学校の
同級生の男子高校生
を駅のホームで
殺害したってニュースが
よく流れている。
そのニュースが流れるたびに
そのニュースについての
コメントや解説がされている。
そのコメントや解説をしている
のは
ほとんど
その事件に関わりのある
分野の研究家や専門家たち
である。
僕はこの殺害事件のニュースを
見たときの
解説者は心理学の専門家だった。
彼は
このニュースを
『最近の子供達はグループを作り、そして、自分達の基地を作って
そこから、遊びを考えたりすることができていない。
その中でも、自分の意見ばっかり主張してたら上手くいかないしね。
そういう周りを見て行動する
というのを学ばないと。
そして、なにより今の子たちは
傷つきやすい。』
ってみたいな感じで解説していた。
そして、追い討ちを駆けるかの
ように
メッセンジャーの黒田は
『最近のゲームって
上手くいかんかったら
リセットできるでしょう?
だから、自分は何でも
できると思ってるんと
ちゃいます?
僕らの時代なんか100円とか
200円とか
かかりましたからね。』
っと言っていました。
僕は
2つのことを感じました。
1つ目は
認識
たしかに
正しいと思った。
テレビという
公共の場では
専門家はいい仕事をしたと
思った。
2つ目は
反感
僕たち高校生からしたら
専門家の意見は
挑発的な言葉にしか聞こえかった。
最近の子供達という
自分の昔の幼少時代とを
比較して
たまたま現代が昔の幼少時代より悪い状況にあっただけであって
もし昔より現代の方が
良い状況にあったら
『今の子供達は
俺らの子供時代より良い子供達
やわ。』
って言ってくれへんやろと思いました。
僕はそこに少し反感を買った。
でも、そういう風にしか意見を述べられないじゃないかなと思いました。
専門家から目線で見たら
今の親たちや家族環境が
悪いと言ったら
そこにいるニュースキャスターやゲストも共感したりして
コメントを言えなくなるし、
そこにいる大人を敵に回すこと
になる。
そうなったら
目を向けるのは
今の子供達しかいない。
僕は
専門家が社会のルールに
縛られて言いたいことが
言えていないような気がした。
社会のルールという
教科書には載っていない
もうひとつの解決策が…
こんなことを
言ってる僕のとっても小さな人間だなと思った瞬間でした。