池波正太郎「雲霧仁左衛門」感想 | S blog  -えすぶろ-

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池波正太郎(1923-1990)
東京・浅草生れ。下谷・西町小学校を卒業後、茅場町の株式仲買店に勤める。戦後、東京都の職員となり、下谷区役所等に勤務。長谷川伸の門下に入り、新国劇の脚本・演出を担当。1960(昭和35)年、「錯乱」で直木賞受賞。「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」の3大シリーズをはじめとする膨大な作品群が絶大な人気を博しているなか、急性白血病で永眠。

 

神出鬼没・変幻自在の怪盗・雲霧仁左衛門。政争渦巻く八代将軍・吉宗の治世、江戸市中で、一人の殺傷もなく一万両を盗み出すという離れ業を成し遂げた雲霧一味は、次の狙いを尾張・名古屋の豪商・松屋吉兵衛方に定める。雲霧の命により、七化けのお千代は、四年前に妻を亡くした吉兵衛に近づく。金蔵をめざして、江戸から名古屋へ盗賊一味の影が走り、火付盗賊改方の一団が追う。

尾張・名古屋城下で、五千両余を盗み出し、一人も負傷することなく逃亡した雲霧一味は、再び江戸で、数年後の盗みばたらきに備えて暗躍をはじめる。一方、何度も雲霧一味に煮え湯をのまされた火付盗賊改方と町奉行所は、一味の探索に執念を燃やし、肉薄する……。雲霧仁左衛門は、胸に秘めた最後の盗(つと)めばたらきを成し遂げられるか? 稀代の大盗賊・雲霧一代の神出鬼没の大活躍。

 

あぁ、面白かった!!

前後編合わせて約1,300頁の長編にもかかわらず、中だるみすることなく、最後の最後までハラハラドキドキで一気に読み進められる傑作エンターテインメント時代小説!

とにかく、ストーリーが秀逸過ぎる。そして魅力的キャラのオンパレード。「雲霧仁左衛門」というタイトルではあっても、決して仁左衛門側の活躍だけを描くいわゆる「ピカレスクロマン」ではなく、後編ではむしろ、敵側である火付盗賊改側の活躍にフォーカスした内容、善悪・正邪を超越した視点から描かれているのが本当に魅力的。

 

先日、崗田屋愉一の漫画「雲霧仁左衛門」を読み、とても面白かったので、次巻が出る前に原作を、と思って読みました。

崗田屋愉一「雲霧仁左衛門」1~3巻 感想 原作:池波正太郎

 

どうやったらこんな面白いストーリーとこんなに「立った」キャラを創り出せるのか?と感嘆する内容、原作を先に読んで本当に良かったと思いました。

チャンバラあり、お色気あり。

”イケショウ”こと池波正太郎の歯切れの良い文体と、お江戸言葉の粋な会話の数々。イケショウワールドにどっぷりとはまってしまいそうで怖い・・・

 

前編は何といっても雲霧仁左衛門一党の引き込み役、七化けのお千代が主役級ですが、この、お千代の匂いたつような艶っぽさの表現が秀逸で、まぁ、吉兵衛ならずとも、世のおっさんはほぼほぼハマっちゃいますなぁ(笑) 

このお千代にしても「剣客商売」のおはるにしても、イケショウが女性の返事に

「あい、あい」

を使うのはもう、反則技ですね。可愛すぎてやられます(笑)

 

豊満な、お千代の胸乳の間へ顔を埋め、荒い呼吸をしずめながら松屋吉兵衛が満足げに、

「これでもう大丈夫。すっかり大丈夫。わしの躰も元どおりになりましたなあ」

五十二歳の吉兵衛が妙な甘え声で、

「千代どの。口うつしに、水のませて下され」

おくめんもなくいう。

「あい、あい」

やわらかい、お千代のくちびるを吉兵衛は音をたてて吸った。

「ま、こんなに汗が・・・・・・」

と、吉兵衛からはなれたお千代が掛布団から裸の半身をのばし、枕もとの手ぬぐいを取った。

背骨の両側へみごとにもりあがった白い背中の肉置きを見ていて、吉兵衛は眼がくらむようなおもいがした。

白い背中が、汗と女のあぶらに光っているのである。

お千代は、毛髪がのびかけているので、いつも紫の頭巾をかむっていた。

それが、

(なんともいえずに、なまめかしい。たまらぬ、たまらぬ)

 

 

松屋の離れ屋では、またも吉兵衛がやって来て、お千代と寝物語をしている。

「十日後に、いよいよ、わしとお千代さんが夫婦の盃をかわすことにしましたぞ」

「すりゃ、まことでござりますのか?」

「なんで、わしが嘘いおう」

「ま、うれしいこと・・・・・・」

「前にもいうたとおり、その折に、御城下の親類たちをまねき、披露をしてしまいたいのじゃが、よいかな?」

「うれしい、うれしい・・・・・・」

「これ、そのように強く、わしのくびを巻きしめては、く、苦しい。苦しい・・・・・・」

「あれ、申しわけ・・・・・・」

「なに、苦しいが、うれしかった」

なぞと、名古屋城下で屈指の富商・松屋吉兵衛も、こうなると、たわいのないこと、おびただしいのである。

「それでな、お千代さん・・・・・・」

「あれ、もう、これからはお千代とよび捨てて下さりませ」

「ほんとうに、かまいませぬか」

「そのほうが、うれしゅうござりまする」

「では・・・・・・では、お千代・・・・・・」

「あい、あい・・・・・・」

「おお、可愛い声じゃ」

「だんな、さま・・・・・・」