瀬尾まいこ「そして、バトンは渡された」感想 | S blog  -えすぶろ-

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-人は年をとるから走るのをやめるのではない、走るのをやめるから年をとるのだ- 『BORN TO RUN』より
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困った。全然不幸ではないのだ。少しでも厄介なことや困難を抱えていればいいのだけど、適当なものは見当たらない。いつものことながら、この状況に申し訳なくなってしまう。

 

 

「森宮さん、次に結婚するとしたら、意地悪な人としてくれないかな」

「どうして?」

「いつもいい人に囲まれてるっていうのも、たいへんなんだよね。次の母親はちょっとぐらい悪い人のほうが何かと便利かなって」

「いい人に囲まれてるって、相当いいことじゃないか」

「そうなんだけど、保護者が次々替わってるのに、苦労の一つもしょいこんでないっていうのもどうかなって。ほら、若いころの苦労は買ってでもしろって言うし」

 

●文春HP作品紹介文

私には五人の父と母がいる。その全員を大好きだ。
高校二年生の森宮優子。
生まれた時は水戸優子だった。その後、田中優子となり、泉ヶ原優子を経て、現在は森宮を名乗っている。
名付けた人物は近くにいないから、どういう思いでつけられた名前かはわからない。
継父継母がころころ変わるが、血の繋がっていない人ばかり。
「バトン」のようにして様々な両親の元を渡り歩いた優子だが、親との関係に悩むこともグレることもなく、どこでも幸せだった。

 

主人公、森宮優子の一人称小説ですが、エピローグとプロローグだけ、他の登場人物の一人称という構成になっていて、これがかなり上手く効いています。

極めてハートウォーミングな内容・平易な文体・特に大事件が起こるわけでもないストーリーの小説ですが、血の繋がらない親子を描くことで、逆に、血の繋がった「家族」「親子」について深く考えさせられる内容になっていました。「子」側・「親」側どちらの視点から読んでも、色々なことに気付かせてくれて、考えさせてくれる小説。

そして、プロローグから何度も何度も繰り返し出てくる食事や料理のシーンに「やっぱり人と人の繋がりには食事って大事だよね」と思わされました。

読後はとても温かい気持ちに浸れる、さすが2019年本屋大賞受賞作!

そういえば以前感想を書いた2019年本屋大賞2位の「ひと」もハートウォーミング小説でした。

小野寺史宜「ひと」感想 2019年本屋大賞ノミネート作

 

瀬尾まいこ作品初読でしたが、著者のインタビュー記事を読み、母であり、学校の教師経験者でもあることが、この「血は繋がっていないけどお互いを深く思い合える親子」という設定に説得力を与えていることが分かりました。 そして悪人が出てこない理由も・・・

「生徒がすごいかわいくて、でも、『自分の子供はもっとかわいいよ』と言われて。子供ができて思うのは、どっちも一緒だなあ、っていうことです。同じようにすごく大事で、かわいい。血のつながりは関係ないなと感じます。 

教員になる前、人生がすごくつまらなかった。若かっただけかもしれませんけど、自分の存在意義って何だろうとかモヤモヤしてたのが、教員になって綺麗に晴れ上がった。自分を満たすのは難しいけど、人に何かするのは、もっと単純でやりやすいんですよ」

 

「本屋大賞受賞で、大勢に読まれたら『お気楽な話書きやがって』って怒られそうだ‥‥(笑い)。けど、そんな悪い人っていなくないですか?
 私は別に、『善意を書くぞ』って思っているわけではないんです。周りにいそうな人の日常を書いているとこうなるだけ。もちろんひどい人もたくさんいると思うけど、でも、現実の方が小説よりももっと、たくさんいい人もいるし、いいこともあるでしょう?」

 

「今回の話は珍しく、書いているうちに、ああ、私はこういうことが書きたかったんだなとわかってきました。はじめは優子の側から、血はつながっていなくても愛情を注がれるのはすごく幸せだと思って書いていたんですけど、だんだん、愛情を注ぐ側に寄り添うようになって。自分が親になったこともあるかもしれません。愛情を注ぐあてがあるのは、もっともっと幸せなことだなあと思いながら書いていました」

 

こんな著者の思いが詰まった名セリフ。

「梨花が言ってた。優子ちゃんの母親になってから明日が二つになったって」

「明日が二つ?」

「そう。自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。」

「梨花さん、口がうまいから」

「いや。梨花の言うとおりだった。優子ちゃんと暮らし始めて、明日はちゃんと二つになったよ。自分のと、自分のよりずっと大事な明日が、毎日やってくる。すごいよな」

「すごいかな」

「うん。すごい。どんな厄介なことが付いて回ったとしても、自分以外の未来に手が触れられる毎日を手放すなんて、俺は考えられない」

 

 

本当に幸せなのは、誰かと共に喜びを紡いでいる時じゃない、自分の知らない大きな未来へとバトンを渡す時だ。