いろいろすっ飛ばして書いてたので一から書いていきます。文章は書き慣れていないのでいろいろと御容赦下さい。
2018年6月に大阪北部地震が起きた。
その当時、京都で同棲したての妻と柴犬(アミ)で家にいました。たまにしか無かった休みをゆっくり過ごし、私はトイレにいました。(すみません)
突然、揺れを感じました
トイレットペーパーが上から降る中、突然の事だったので何も履かずトイレから出て、妻とアミの安否確認をしました。
妻はびっくりした様子で、アミはベランダから外に出ようとしてました。
私が冷静を保てたのも、小学生の時に起きた阪神大震災の経験があったからでした。
当時の家の壁にヒビが入り、新築に近かった物件であったはずの階段にもヒビが入りました。
仕事が建設関係だった事もあり、「あと一回地震来たら、この家すまれへんようになるな」と判断しました。
そこから、妻と話が始まりました。
プロセスで言うと。
1引っ越しの話
2京都にずっとおらなあかんって事は無い
3仕事の話
4本当にこのまま社会の歯車でいいのか
5本当にしたい事は何か?
6二人と犬一匹いれば幸せやからどこでもいい。
7建設で手に職がついているから、どこでも仕事できる、
8じゃあ田舎に移住してゆっくりしたい!!!
多分こういう順番で考えていたと思います。
そして、移住先を探そう!!!
と心が一致団結した瞬間、ポツンと一軒家という番組で岡山県の松島が紹介されました。
夫婦二人で小さい島に暮らしている。
青天の霹靂、空前絶後。
そこからの行動は早かったです。
次の日、松島の管轄の役場に連絡をとり、行き方等を聞きました。
電話を切ったあとすぐに妻とアミで車に乗り岡山県の南の方にいき、そこから5分間船にのります。
船と言っても、釣り船についでに乗せてもらうスタイルです。
島につき、テレビに出てたお母さんと話をしました。
藤原純友さんが祀られる、小さい社に案内されました。http://kurashikibunka.blog106.fc2.com/blog-entry-1733.html
そこの景色は口では表せ無いぐらい"澄んで"いました。
「よっしゃ!もう移住するぞ!移住先探そ!」
そしてガイアの法則にしたがい135度線付近を散策しました。
島がいい!と思った二人は小豆島を目指しますが、間違えて船に乗りアートの島、直島につきました。
車を置き、レンタサイクルをかりて島を一周しました。やく2時間で一周できその間アートのオブジェやアートな家などを見ました。その時は観光客でいっぱいで、しかも外国人だらけでした。
異邦感あってええやん!
海まですぐやし!
よし!ここら辺の建設会社探して働こう!
直島を後にし、家につくとすぐに求人を調べて応募!
住居の対応も会社がしてくれた!
後は引っ越すだけ!
いろんな事がトントン拍子に決まり二週間後大急ぎで引っ越しました!
香川県まで行く途中淡路島に入ったところでスピード違反で止められました。
「これは自分自身のスピードも出しすぎてたかも。」
と思いました。後にこのスピード違反で止められた事が淡路島につながるメッセージになってくるのですがそれはまた、別のおはなし。