もし余命何ヶ月と宣告されたら一体どんな気分だろう?
今日、本当に自分がそう言われたらどう感じるかという想像をしてみた。
相当なショックである事はわかるが、完全にはうまくイメージ出来なかった。
むしろ今、そういう宣告を受けていないという事に対する幸運を感じた所でイメージは出口をみつけた。
そしてふとまわりが明るくかんじた。
「俺はまだ死んでいない」
その事に感謝の心が湧く。
人間は皆いつか死ぬ。
自分も間違いなく死ぬだろう。
問題はそれがいつくるかという事だ。
事故で突然、明日やってくるかもしれない。
しかし今はまだ死んでいない。
ならば生きるチャンスがある。
「死んでいない=生きている」という事でもない気がする。
余命がどのくらいあるのかわからないが、生きよう。
死んでいないなら「生きて」みよう。
松田直樹選手が亡くなられた事は、とても悲しい出来事でした。
松田選手は確かに人をひきつける不思議な魅力を持った人間だったと思います。
昔聞いた松田選手の逸話で僕が大好きだったのが、ユース時代にディフェンダーである松田選手が遠目の位置から、ものすごいロングシュートを決めた事があったそうです。
まわりのチームメートがスゲエーって言ってびっくりして盛り上がる中、松田選手は盛り上がりもせず淡々と走りながら自陣に帰って来て、他のディフェンダー(森岡だったかな?)の横を通った時に一言。。。
「出しちまったぜ♪」
と言ってニヤリとしたそうです(笑)
何か素敵な選手だなと思いました。
松田選手のご冥福をお祈りします。
松田選手は確かに人をひきつける不思議な魅力を持った人間だったと思います。
昔聞いた松田選手の逸話で僕が大好きだったのが、ユース時代にディフェンダーである松田選手が遠目の位置から、ものすごいロングシュートを決めた事があったそうです。
まわりのチームメートがスゲエーって言ってびっくりして盛り上がる中、松田選手は盛り上がりもせず淡々と走りながら自陣に帰って来て、他のディフェンダー(森岡だったかな?)の横を通った時に一言。。。
「出しちまったぜ♪」
と言ってニヤリとしたそうです(笑)
何か素敵な選手だなと思いました。
松田選手のご冥福をお祈りします。
宮城県の被災地、南三陸町に再びボランティアに行ってきた。
前回行ったボランティア団体「Present For Children」の芹澤さんをはじめ、また同じメンバーたちと行った。今回は避難所の子供たちも、仮説住宅への移転が進んでいるという事で、児童支援という形ではなく瓦礫撤去などを行う一般ボランティアとして行った。
前回訪れた時からすでに3ヵ月程経過している。
避難所の人々や、街の様子は今どうなっているのか?
東京で過ごしていると既に過去の出来事として、自分も含めて、人々の記憶から段々と薄れつつあるように感じる。
忘却は人間のとても大切な機能だけども、忘れるべきではない事もあるだろう。
東北道を北へと走る車内で、そんな事を考える。
綺麗な三日月がずいぶんと低い位置にあった。
上空にある時よりも大きく見える気がする。
朝方、南三陸町へ到着した。
以前は自衛隊が設置した仮設の橋だったところが、今はちゃんとした橋に作り変えられている。
砂利道も舗装されている。
復興作業を着実に進めている人々の力に敬服。
しかし街中の景色の大半は崩れたままの広大な廃墟がまだまだひろがっていた。
改めて、復興には長い年月が必要なのだとも感じた。
ボランティアセンターに行き、仕事内容を割り振られる。
俺達は仮説住宅のまわりの鬱蒼と茂る草を刈って、運ぶ係となる。
炎天下のなかで草を運び、たまに出没する蜂から逃げつつ(笑)
汗だくになりながら作業を行った。
開始10分で田んぼにはまり、ひとり泥だらけになったり…(笑)
作業後にはヘトヘトだったが、仮設住宅に住んでいる方が差し入れてくれたペットボトルの水がとてもうまく感じた。
一緒に働いた20名くらいの仲間の中には、大学生などが多かったが、単身で来たおじさんとか、家族連れできた中年夫婦とか、いろいろな想いを抱いた、いろいろな人たちがいた。
少しずつ話したりしたけど、みんな見ている方角が一緒なのもあり、何かいい感じだった。
作業が終わり、次なるミッションに移る。
前回出会った避難所の子供たちに、ギターをプレゼントしたいというメンバーの希望があり、それを果たすために避難所を訪れた。
避難所は歌津中学校という学校だ。
ただ、そこにはもうあまり人はいないという風に聞いていたので、子供たちに会えるのかどうかはわからなかった。
学校に入ると数人の子供たちが校庭で遊んでいる。
顔をみると前回会った子供たちではない。
花壇に植えてあるヒマワリが黄色く輝いて、とても綺麗だった。
体育館に入ると、そこにまだ数名の家族が暮らしていた。
以前はその体育館にびっしりと被災者の方々が暮らしていたが、今は数家族だけ。
テレビが置いてあったり、冷蔵後が置いてあったり、以前より色々と環境は改善されている様子が伺えた。
そして、その中に前回来たときに一緒にギター弾いて歌った男の子がたまたまいるのをみつけた。
彼もとても驚いていたようだが、こっちもびっくり。再会出来てすごく嬉しかった。
握手をし、ギターを手渡し、しばしの歓談。
近くで27時間テレビの収録会場があって、彼はこの後そこへ行くと言っていた。
彼と別れたあと、彼は将来どんな大人になるんだろうなんて色々と想いをはせた。
翌日、俺達は東京に帰ってきた。
ボランティアメンバーたちもそれぞれの日常へと戻っていく。
あるメンバーは沖縄に行き、海の家を作るという。
あるメンバーは仕事を辞め日本全国を、テントを持って、バイクで回るという。
あるメンバーはまた別のボランティアに参加するといい、またあるメンバーはいつか孤児院を建てたいと話していた。
人生はどう生きても良いし、無限の可能性があるはずなんだ。
自分の道を決めるのは、自分の中の特別な自分。
日常の自分に埋没してはいけない。
言い訳なんて聞きたくない。
さあ思い切ってやるだけだ。
ボランティアのリーダー芹澤さんの言葉で印象的な言葉がある。
「ワクワクは未来から来る」
これは、人は過去記憶をどんどん貯めていくが、未来記憶がそれを上回った時に人はワクワクするというもの。
未来記憶というのは、未来に対する夢であったり希望であったり、あれしよう、これしようっていう気持ち。
日曜の夜は憂鬱だけど、金曜の夜はワクワクするって感覚あるだろ?
そう、だからワクワクは未来から来る。
未来の事を考えた時に俺たちは一番ワクワクするんだよ。
前を見つめて行こうぜ!
無限の可能性を感じて、未来に夢をぶつけていこう!
さて今日何やろう?
どんな1ページを刻もう?
そんな風に毎日毎日を大切に生きよう。
一瞬一瞬の自分の人生を輝かせて生きなきゃ。
ああ、難しいよね。
でもそれが人生ってもんじゃないかな。
気合い入れて頑張ろうぜ!
前回行ったボランティア団体「Present For Children」の芹澤さんをはじめ、また同じメンバーたちと行った。今回は避難所の子供たちも、仮説住宅への移転が進んでいるという事で、児童支援という形ではなく瓦礫撤去などを行う一般ボランティアとして行った。
前回訪れた時からすでに3ヵ月程経過している。
避難所の人々や、街の様子は今どうなっているのか?
東京で過ごしていると既に過去の出来事として、自分も含めて、人々の記憶から段々と薄れつつあるように感じる。
忘却は人間のとても大切な機能だけども、忘れるべきではない事もあるだろう。
東北道を北へと走る車内で、そんな事を考える。
綺麗な三日月がずいぶんと低い位置にあった。
上空にある時よりも大きく見える気がする。
朝方、南三陸町へ到着した。
以前は自衛隊が設置した仮設の橋だったところが、今はちゃんとした橋に作り変えられている。
砂利道も舗装されている。
復興作業を着実に進めている人々の力に敬服。
しかし街中の景色の大半は崩れたままの広大な廃墟がまだまだひろがっていた。
改めて、復興には長い年月が必要なのだとも感じた。
ボランティアセンターに行き、仕事内容を割り振られる。
俺達は仮説住宅のまわりの鬱蒼と茂る草を刈って、運ぶ係となる。
炎天下のなかで草を運び、たまに出没する蜂から逃げつつ(笑)
汗だくになりながら作業を行った。
開始10分で田んぼにはまり、ひとり泥だらけになったり…(笑)
作業後にはヘトヘトだったが、仮設住宅に住んでいる方が差し入れてくれたペットボトルの水がとてもうまく感じた。
一緒に働いた20名くらいの仲間の中には、大学生などが多かったが、単身で来たおじさんとか、家族連れできた中年夫婦とか、いろいろな想いを抱いた、いろいろな人たちがいた。
少しずつ話したりしたけど、みんな見ている方角が一緒なのもあり、何かいい感じだった。
作業が終わり、次なるミッションに移る。
前回出会った避難所の子供たちに、ギターをプレゼントしたいというメンバーの希望があり、それを果たすために避難所を訪れた。
避難所は歌津中学校という学校だ。
ただ、そこにはもうあまり人はいないという風に聞いていたので、子供たちに会えるのかどうかはわからなかった。
学校に入ると数人の子供たちが校庭で遊んでいる。
顔をみると前回会った子供たちではない。
花壇に植えてあるヒマワリが黄色く輝いて、とても綺麗だった。
体育館に入ると、そこにまだ数名の家族が暮らしていた。
以前はその体育館にびっしりと被災者の方々が暮らしていたが、今は数家族だけ。
テレビが置いてあったり、冷蔵後が置いてあったり、以前より色々と環境は改善されている様子が伺えた。
そして、その中に前回来たときに一緒にギター弾いて歌った男の子がたまたまいるのをみつけた。
彼もとても驚いていたようだが、こっちもびっくり。再会出来てすごく嬉しかった。
握手をし、ギターを手渡し、しばしの歓談。
近くで27時間テレビの収録会場があって、彼はこの後そこへ行くと言っていた。
彼と別れたあと、彼は将来どんな大人になるんだろうなんて色々と想いをはせた。
翌日、俺達は東京に帰ってきた。
ボランティアメンバーたちもそれぞれの日常へと戻っていく。
あるメンバーは沖縄に行き、海の家を作るという。
あるメンバーは仕事を辞め日本全国を、テントを持って、バイクで回るという。
あるメンバーはまた別のボランティアに参加するといい、またあるメンバーはいつか孤児院を建てたいと話していた。
人生はどう生きても良いし、無限の可能性があるはずなんだ。
自分の道を決めるのは、自分の中の特別な自分。
日常の自分に埋没してはいけない。
言い訳なんて聞きたくない。
さあ思い切ってやるだけだ。
ボランティアのリーダー芹澤さんの言葉で印象的な言葉がある。
「ワクワクは未来から来る」
これは、人は過去記憶をどんどん貯めていくが、未来記憶がそれを上回った時に人はワクワクするというもの。
未来記憶というのは、未来に対する夢であったり希望であったり、あれしよう、これしようっていう気持ち。
日曜の夜は憂鬱だけど、金曜の夜はワクワクするって感覚あるだろ?
そう、だからワクワクは未来から来る。
未来の事を考えた時に俺たちは一番ワクワクするんだよ。
前を見つめて行こうぜ!
無限の可能性を感じて、未来に夢をぶつけていこう!
さて今日何やろう?
どんな1ページを刻もう?
そんな風に毎日毎日を大切に生きよう。
一瞬一瞬の自分の人生を輝かせて生きなきゃ。
ああ、難しいよね。
でもそれが人生ってもんじゃないかな。
気合い入れて頑張ろうぜ!

