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まめかぁさんの棒人間日記

ベビ待ちしながら、のほ~んと趣味のパン作りやつまみ細工のことを棒人間の絵と共に綴ります。

こんばんは。まめかぁさんですニコ

 

大変お久しぶりです。

ようやく・・・ブログを書こう、書けるという気持ちになりました。

 

昨日、息子が自閉症スペクトラム(ASD)の診断を受けました。

ここまで長くつらい道のりでした。

 

このブログは、死産をきっかけに書き始めたものでした。

なので、このブログには死産した方、流産した方、不妊の方など、望んでも子どもを授かれない方もいらっしゃいます。

そんな中、子どもを授かることのできた私が「育児が辛い」と漏らすことなんてできませんでした。

授かれたのは奇跡。今でもその気持ちは変わりません。子どもは愛おしい。大好きです。

でも、診断がつくまで、私とは少し違った感覚を持つ彼を理解できず苦しかったのも事実です。

 

赤ちゃんは抱っこが好きで、抱っこをすれば泣き止むと思っていました。

でも、息子は抱っこするとのけ反って泣き、布団におろしても泣き、どうすれば泣き止むのかわかりませんでした。

 

赤ちゃんは沐浴が好きだと思ってました。最初は泣いても、温かい湯につかればふぅ~とくつろいでくれると思っていました。

でも、息子は沐浴中大泣きで、泣き止みませんでした。呼吸がおかしくなって少し赤黒くなるまで泣いていました。

 

赤ちゃんは寝て起きてを繰り返し、一日のうちほとんど寝ていて、徐々に起きている時間が長くなると育児書に書いてありました。

でも、息子は新生児の頃から8時間程度しか寝ませんでした。起きている時間はほとんどずっと泣いていました。

泣きすぎて毎日嘔吐していました。新生児~1歳までは一日平均3~4回は吐いていました。

嘔吐は3歳3か月まで続きました。息子の不安な気持ちの表出方法が嘔吐だったのです。

台風の日に敷布団を雨ざらしにして干しました。真夜中に泣きながら洗濯しました。

 

ドライヤー、掃除機、噴水、シャワーの音が嫌いで、小さい頃は聞くだけで大泣きでした。

服は綿100%以外は嫌がります。服のタグはすべて切らなくては使えません。

 

変化が苦手で家から外に出られず、一度出たら家に帰れず。

靴のサイズが変わるたびに大騒ぎで、同じデザインのサイズ違いをまとめ買いしました。

電気を消すのを怖がり、クリスマスイルミネーションの電気をつけてみたり、ろうそくをつけてみたり、おやすみナイトシアターを使ってみたり、いろいろするも未だに解決していません。

 

水が首や顔につくのが嫌いでお風呂は毎日大騒ぎ。

頭を洗うたびにパニック。

 

でも、よく笑い、よくしゃべり、ご陽気で私にべったり。

ASDだとは思いもしませんでした。

 

 

息子が2歳半の時、私は仕事を始めました。

息子はそれから保育園に通い始めました。

教室に入るとスッと笑顔が消え、保育園の先生からきく息子の様子は家とはまるで違い、おしゃべりもほとんどせず遊びの輪にも入らないとのことでした。

3歳になり、お話が上手になると「保育園はお友達の声がうるさいから行きたくない。」というようになり、時々どうしても保育園に行けない日もありました。

 

同年代の子どもと一緒に遊ぶと些細なことですぐに癇癪を起し、状況が理解できないことが起こるとパニックを起こし安全の確保も難しくなります。

パニックを起こすと道路に飛び出そうとしたり、コンクリートの道に頭から倒れそうになったりして大変危険です。体が大きくなり、私一人では支えきれないため、一人で面倒を見る時には極力外出を控えるようになりました。

 

「なにか・・・なにか原因があるはずだ。」

 

そう確信したのが、3歳3か月の時でした。

それまでも感覚過敏のために通所していた発達センターに事情を説明し、病院を紹介してもらい診断に至りました。

 

息子は知的な遅れを伴わないASDです。

おしゃべりも上手で笑顔のすてきな、冗談も言うひょうきんな子です。

だから一見ASDだとは思われないでしょう。

 

でも、本人の感じている世界は常に多くの刺激に溢れていて、私がいなくては不安でなかなか一歩が踏み出せません。

息子がどうしたら生きやすく楽しい人生を送れるのか勉強していきながら、同じように悩める方のために、少しでも情報を発信できたらと、またブログを再開しようと思います。