震災から1年。




あの日は、仕事中に揺れを感じて、小さい次女の安否を想い、長女を想い、ひとり暮らしの母を想った。




石巻の友人の安否を数日かけてネットで検索し続け、安否確認に身体的特徴が書いてあったとき、




生きている彼女を探しているのか、そうではないのか・・・




あの衝撃を忘れることができません・・・。








自分の中で何が変わったのかは解らないけど、地震には過敏になり、原発について考え、




そして、何もできない無力感が残りました。









この日常がこんなに脆いことを、




生きていることとそうではないことの境が、こんなにも紙一重なことをTVを見ながら痛感した1年でした。









愛する我が子を抱きしめられる幸せ、




子どもたちにお腹いっぱい食べさせられること




温かい家の中で、笑ったり怒ったりできること




仕事があって、




子どもが元気で、




ありふれた日常がこんなにも素晴らしく、幸せであることを




この一年、被災地を 被災された方を想うたび涙が出るほど全身で感じたような気がします。








何もできかもしれないけど、




仙台で学生時代を過ごした者として、




会津を心から愛する者として、




何ができるかを一生模索したいと思います。




勝手に模索します。すみません。









自分の思いを残しておきたくて、書いてしまいました。




子どもたちには、この痛みをわかる人間に育ってほしいと思います。




日本人として・・・。