出産の時の話を、覚えてる限り綴っています。
誤字脱字、稚拙な文章ですがお許し下さい…
通院3か月目…
酸素補助チューブも外してる事が増えてきて、まだミルクの時は少し乱れたりしますが、退院にむけてのお話がありました。
「まだ授乳が不安でしょうから、ミルクをあげる練習を一日2回にして行きましょう
」
と言う事で昼と夜、1日2回病院へ通うことになりました。
家の用事もありますが、2回も会えるという事に私は喜んでいました

しかしまだ呼吸も乱れる事があるのでやっぱり授乳は怖かったし、直接母乳の練習も始めたのですがうまくあげれず、赤ちゃんをギャン泣きさせたりしてました

そして3か月目の半ば、とうとうGCUへお引越しとなりました


GCU(回復治療室)とは、NICUで治療を受け急性期を脱し、状態が安定してきた赤ちゃんが、退院に向けて引き続き治療を受ける施設です。
ここまで来ると退院の日も目前に思えましたが、まだ数値を見ながらでないと授乳が怖かったので、引き続き心電図を付けたまま移動にしてもらいました。
GCUはNICUのように心電図や保育器などもなく、皆コットで授乳やオムツのお世話を受けてるので普通の新生児室と変わらないかな?といった感じです
機械の音や暗い感じのNICUとは違い、暖かな暖色系のライトで、ほんわかしました
(病院によると思いますが)
入院生活の終わりも見えてきて、気が楽になったのでGCUへ通う足取りは軽かったです
引き続き練習の為昼夜通うつもりでしたが、この移動の頃にコロナによって病院での面会も厳しくなり、週に一度だけ、しかも時間制限もあって1時間のみとなりました

もう少しで退院だからミルクあげる練習したかったのに〜
しかも一週間に一度しか会えないなんて…

母乳は届けないと足りなくなるので2日に一度病院の時間外出入口で看護婦さんに渡し、面会する事もなく帰ってました

会えなくて辛かった日々…
でもそれもGCUにいる約2週間だけだったので、この時期にNICUへ入院された方は生まれてすぐに会えなくなったり、大変だったんだろうなぁ…
そう、GCUで約2週間過ごし、退院となったんです



沐浴はNICUにいる頃からさせてもらってたので、まぁなんとかなるかな?という感じでした。
問題の授乳が不安だったのですが毎日練習も出来なくなったので、最後の面会でミルクを上手く飲めるのか確認をし、大丈夫そうだったので退院の日を決めました

あと少しで毎日一緒にいれる…

3か月の長い入院生活を振り返りながら、その日を待ち焦がれていました。。
赤ちゃん退院後は実家に帰る予定だったので、荷物を準備し、迎えに来てもらう手配をすませ、毎日その日を心待ちにして過ごしました

ところが…退院前になり、旦那の職場の方がクラスターの発生した施設へ出入りしてた事が発覚

退院まであと2日…実家と病院へ連絡しその旨を伝え、次の日にわかるその方のPCR検査の結果次第では旦那が感染してる可能性も考え、退院出来ないかも知れない…と伝えました

病院側は「では分かり次第連絡下さい
」との事だったのでとりあえず一旦保留ということに。
やっと退院って時に❗️
なんでこんなことに…

次の日の結果を待つしかないので、不安になりながら一日を過ごしました
念のため旦那とは接点を持たず、各自部屋で過ごしました。
そして次の日、ハラハラしながら旦那からの連絡を待ち、午後に陰性だった
との連絡が入りました

すぐに病院と実家に連絡して迎えに来てもらい、赤ちゃんの待つ病院へ向かいました

続く