私の恩師である天児慧先生は、青山学院大学や早稲田大学で長年にわたり教鞭をとり、多くの弟子を育てた「中国研究」「アジア国際関係論」の大家です。その天児先生が早稲田大学を定年退職されたのは2018年でした。その際、教えを受けた天児組の「弟子」たちが、先生への感謝の気持ちを込めた論文集を刊行しました。早稲田大学アジア太平洋研究センター『アジア太平洋討究』(天児慧教授退職記念号)第30号、2018年1月です。編集の労は、平川幸子氏がとってくださいました。ありがとうございました。
本号に、私は拙稿「中国の安全保障政策におけるパワーと覇権追求―攻撃的リアリズムからのアプローチ―」を寄稿しました。この年の夏季休暇を使い、天児先生の学恩に報いようとの気持ちで、ヘロヘロになりながらも一所懸命に執筆しました。
それから早いもので7年も経ちました。
天児先生との出会いは、「野球」でした。先生の野球愛は有名です。約30年も前になります。青山学院大学のグラウンドでナイターの草野球をやるというので、私は当時、非常勤講師を務めていた群馬の私立大学で講義を終え、そのまま東京の青山まで野球のために駆け付けました。その後、われわれはチーム"Blue Mets"を結成しました。その際、天児監督は何とポケットマネーで全員のユニフォームを支給してくださったのです。太っ腹です。このチームで私は、天児大投手の「へぼ」キャッチャーとして、バッテリーを組ませていただきました。天児投手の決め球は、「スライダー」。右打者の外角低めに決まったときは、まず打たれませんでした。
閑話休題。
天児先生は、ご自身の研究の集大成として、『中国政治の社会態制』岩波書店、2018年を出版されました。実に、25冊めの単著です!
本書の主な主張の1つは、欧米でつくられた社会科学の分析枠組みによる中国政治の説明に対する警鐘です。他方、拙稿は米国の学者が構築した理論による中国の戦略行動の分析です。つまり、「師匠」の主張に真っ向から対立する「論文」を恩師の退職記念の論集に寄せたことになります。
そもそも私が天児先生の指導のもとで執筆した博士論文の1つの狙いは、アメリカの政治学界を中心に構築された「理論」がアジアの出来事も説明できるというものでした(拙著『パワー・シフトと戦争』東海大学出版会、2018年参照)。したがって、私は天児先生が研究で依拠する方法に異議を申し立てたことになります。それこそ生意気な弟子でしょう。それにもかかわらず、先生は私の博士論文の主査を引き受けてくださり、厳しいながらも温かく完成まで導いてくださいました。このような懐の広い先生は、おそらく稀にしかいないでしょう。そんな恩師に巡り会えた私は、幸せ者であると言わなければなりません。
「私はそもそも若者と語り合い、議論することが大好き」(前掲書、291ページ)な先生だからこそ、論争的な研究を許してくださったと私は信じています。
最後に、天児先生の人柄をあらわす言葉を紹介させてください。
「人を育てる」ということは、多感な青年期の人間の心にどれだけ寄り添って、彼らの研究や将来についてサポートしていけるかということだろう(290-291ページ)。
至言です。天児先生のサポートがなければ、今の私はなかったといっても過言ではありません。そして、これらの教育方針は、私も多かれ少なかれ授業やゼミなどの指導で受け継いでいるつもりです。
私という「青」は、天児先生という「藍」より青くなれそうにありませんが、藍に近づく努力は惜しまないつもりです。天児先生から「こいつはバカだから」と笑いながら言われたこともありましたが、不思議と嫌な気持ちにはなりませんでした。そもそも25冊も単著を書く学者からすれば、ほとんど全ての「弟子」はバカでしょうね。
公私にわたり、いつも温かなご支援を私に与えてくださった天児先生に、この場を借りて、あらためて心から感謝申し上げます。