今日は、父の誕生日です。

父親が要介護になってしまい、家族の苦労は確かに続いておりますが、この人がいなかったら、今の僕もいないワケですよ。それだけ、重要な人なんですよ。


昨日、あちこちのイベントを渡り歩き、最後に少しだけ、大新公園にも行ったけど、昔の仲間が子供連れて来てました。サッカーボールを転がして遊んでいましたが、僕は、少しだけ、自分の子供時代を思い出してました。父は、よく遊んでくれたよなあ。色々な思い出は、今も残っておりますよ。それは、死んではいない。いつでも、取り出せるところにある。


父との会話は減った。

けど、絆はそのままだ。こーゆー事をやってる人間って、



昔は、親子関係が悪かったりするのが普通なんだろうけど、僕は、そうじゃなかったのね。まあ、父が、パンクロックに理解があったワケぢゃないよ。缶バッジだらけのバッグを持っていた時は、そんなもんを持って出かけるな!と言われたし、首に、南京錠の鎖を巻いていた時は、お前は囚人か?と言って来た事もある。それでも、パンクを続ける息子を諦めたのかも知れない(爆笑) ライブやる前に、のど飴をくれた事もあった。極悪パンクバンド、ダンビラビラビラ時代は、ライブに向かう息子を見送ってくれた事もある(爆笑) 僕は、家族には不満がないんだ。僕のパンク人生を、支えてくれた一人なんだろうな、父は。


こんな息子やけど、



これからも、父の支えとなりますよ。だけど、僕は、父のようにはならない。自分のやりたい事をどんどんやるよ。世間には、反抗精神を貫き通します。自分のために我慢はしても、世の中のために、我慢はしないぜ。なめんなよ。