哲也は、一日中「鼻の傷」が気に成って何も手に付かず過ごしていた。

熱湯をタオルに浸し温めてみたり、冷蔵庫の氷で冷やしてみたが一向に

鼻の周りに付いた傷跡は薄くもならなかった。

多分、寝ぼけて寝室の何処かにぶつけたに違いないと思ったが、こんな

痕が残る程なら気が付いて良いはずだった。

妻の佳子には「そんな傷が残る程なのに、気が付かないの?」と、

なじられる始末だった。

湿疹で通っていた皮膚科に、明日は行って診てもらう事にした。

哲也には寝る前の決まりが有った。まず、メールの点検と返信、脳トレの

カードゲームのソリティア、ついで筋トレを約1時間とカッコ良く生きる努力

だけはしている。

寝付くのは午前2時か3時に成ってしまうのが毎日だった。

何時も即眠れない為に睡眠薬を常用して、自分でも薬中だと思っている。

今日は寝る前に入浴、何時もの筋トレを止めて早めに布団に付いた。

寝付いて何時間たったのか(哲也さん、哲也さん)の、呼び声で目が覚めた。

真っ暗ななか上体を起き上がったが誰も居ない。また、(哲也さん)と呼ばれて

あたりを見回したが呼んでいる人などいなかった。

居間で佳子が呼んだのかもと起き上がろうとした時、急に身体が硬直そして

足元に誰かが立って居るのが闇の中でも感じられた。

(哲也さん)

その呼び声は足元の暗闇から聞こえてきた。

(哲也さん、お鼻はどうなりましたか?)

哲也は、また悪夢を見ているのかと思った。

(哲也さん、夢を見ているのでは有りませんよ。私はあなたと一緒にこの世に

生まれて来たあなたの生霊であなたの守り神です。)

哲也は、いまの状態が理解出来ずただ驚きの中でもがいていた。

少し落着いてきて、足元の方を見て誰かが立って居るのが実感として

感じられた。確実に誰かがいる。

(哲也さん、なぜ私が現れたか分かりますか。私はあなたの生霊であなたの

守り神だからです。一生、現れないで役目を終える生霊が大半ですが今回の

自殺計画は許せません。)

哲也は、確かに区切りの良い年齢とか何月頃ならと、また場所なら何処が

良いかとか「自殺」を具体的に考え出していた。

(哲也さん、まだ夢を見て居ると思っているのね。初めてあなたの前に現れ

たのだから驚きは分かりますが自死、自殺の警告だけは忘れないで下さい。

あなたはまだまだカッコ良く生き続けてください。私もお手伝いします。

その証にあなたに付けた鼻の傷跡だけは消しておきましょう。もし、今後も

無謀な考えを始めた時は、もっと怖ろしい事になる事を忘れないで下さい。)

                                         つづく