退職代行モームリのキャンペーン。正社員22000円、アルバイト12000円で、家に居ながらにして退職できる。





近年、日本で急速に利用者を増やしている退職代行サービス。その代表格である《モームリ》のシステムを入り口に、日本、アメリカ、そしてヨーロッパの雇用形態や退職と解雇にまつわる仕組みの違いについて考察してみました。国ごとの法律や文化の違いを知ることで、私たちが当たり前だと思っている働き方の特徴が浮き彫りになってきます。



日本の退職代行《モームリ》の手軽さと、その背景にある労働法の仕組み

日本では、会社を辞めたくても「人手不足で引き止められる」「上司が怖くて言い出せない」という悩みを抱える人が少なくありません。そうした労働者のニーズに応える形で登場したのが、退職代行サービスの《モームリ》です。


モームリの最大の強みは、正社員や契約社員であれば22,000円(税込)という一律料金で、追加費用なく退職までを完結できるシステムにあります。LINEやメール、電話を通じて24時間いつでも相談が可能で、万が一退職できなかった場合の全額返金保証までついています。


これほどの手軽さと低価格を実現できている理由は、業務の徹底的なデジタル化と、弁護士監修のもとでマニュアル化された定型業務を少人数で効率的に処理しているためです。


また、モームリは民間の合同労働組合(ユニオン)と提携する形をとっています。日本の法律では、単なる民間業者が会社と退職日や有給消化の交渉を行うと、弁護士法違反(非弁活動)になるリスクがあります。しかし、依頼者がこの合同労働組合に一時的に加入することで、法律で守られた団体交渉権を行使できるようになります。どんなに小さな個人経営の店舗や中小企業であっても、会社側はこの労働組合からの交渉を無視することはできないのです。


日本の民法(第627条)では、期間の定めのない雇用(正社員など)の場合、退職の意思を伝えてから2週間が経過すれば、会社の承諾がなくても自動的に退職が成立すると定められています。退職代行サービスは、労働者には辞める自由があるという日本の強力な法律を背景に、心理的な障壁を取り除く役割を果たしています。



アメリカの随意雇用の原則と、驚くほど簡単な即日解雇の実態

日本の退職代行のようなサービスについて、海外に目を向けると、アメリカには同様のビジネスはほとんど存在しません。その理由は、アメリカの雇用システムが日本とは180度異なる随意雇用(At-will Employment)という原則に基づいているからです。


アメリカでは、全米50州のうち49州でこの随意雇用原則がデフォルトの法律となっています。これは「会社側も労働者側も、いつでも、理由がなくても、事前の予告なしに雇用関係を終了してよい」というルールです。そのため、労働者が辞めたい時は、上司に口頭で伝えるかメールを1本送るだけで、その日のうちに退職が成立します。気まずくて辞められない、という状況が起こりにくいため、代行業者に頼む必要性がありません。


しかし、このルールは会社側にとっても同様に働きます。アメリカでのクビ切りは、文字通り一瞬で行われます。朝出社した職員が突然上司に呼ばれ、《君の雇用は今日で終わりだ。20分以内に私物をまとめて退去してほしい》と告げられ、警備員に見守られながら書類箱を抱えて会社を去るという光景は、映画の中だけでなく日常です。法律上の解雇予告期間や、それに代わる手当の支払い義務も原則としてありません。


唯一の制限は、人種、性別、年齢(40歳以上)、宗教、障害などによる差別的な解雇や、企業の不正を内部告発したことに対する報復的な解雇を行ってはならないという点です。これらは法律で厳しく禁止されているため、会社側は後々の裁判リスクを避けるために、あえて理由を一切告げずにクビにするか、あるいは数ヶ月分の給与を上乗せした退職パッケージを提示して「のちに訴訟を起こさない」という合意書にサインをさせるのが一般的になっています。



なぜアメリカは契約と自己責任を重視する過酷なシステムになったのか

アメリカがこれほど極端な雇用の流動性を重んじるようになった背景には、歴史的な経緯と、この国独自の経済思想があります。


歴史的には、19世紀末に一人の法学者が「過去の判例から見て、いつでも自由にクビにできるのがアメリカの原則だ」と、根拠のない誤った自説を解説書に書き込んだことが発端です。当時の主流は「簡単にクビにできないルール」でしたが、ビジネスの発展を最優先したい裁判官たちが、この誤った記述を好都合な理論武装として次々と判決に引用したため、結果として「いつでもお互いに雇用を解消できる」という判例法が定着してしまいました。さらに、アメリカ憲法で奴隷制(強制労働)が禁止された際、労働者がいつでも自由に辞められる権利が保障されました。さらに、当時の司法は、この対等原則として雇う側も自由にクビにできなければ不公平である(契約の自由)と解釈したのです。


また、アメリカ経済の根底には雇用の流動性が高いほうが、結果として国全体が豊かになるという市場主義への強い信仰があります。企業は業績が悪化すればすぐに人員を削減して倒産を防ぎ、新しい事業を立ち上げる際にはリスクを恐れずに大量の雇用を生み出すことができます。労働者側も、一つの会社にしがみつくのではなく、自身のスキルを磨いてより条件の良い会社へと自発的に転職していくことがキャリアアップの王道とされています。


このような環境を支えるのが「契約」と「自己責任」の文化です。アメリカにおいて会社は家族ではなく、あくまで労働力と対価を交換するビジネスの場に過ぎません。成果が出なければ契約が解除されるのはプロとして当然であり、失業後の生活保障や医療保険の確保は、会社に依存するものではなく、個人が自力で解決すべき問題であると考えられています。



アメリカにおける労働組合の現状と、低下する組織率

アメリカにも労働組合(ユニオン)は存在しますが、その影響力は日本やヨーロッパに比べて限定的です。現在の全米の労働組合組織率は約10%にまで落ち込んでおり、民間企業に限定すると約6%に過ぎません。


労働組合に加入している職員は、組合が会社と結んでいる団体協約の適用を受けるため、前述した随意雇用(At-will)の対象外となります。彼らを解雇するためには正当な理由が必要となり、厳格な手続きを踏まなければならないため、簡単にはクビにできません。


それにもかかわらず組織率が低い理由の一つに、アメリカの多くの州で導入されているライト・トゥ・ワーク(労働権利法)があります。この法律により、労働組合への強制加入や組合費の自動徴収が制限されています。さらに、巨大IT企業や大手流通チェーンなどによる激しい組合潰し(ユニオン・バッシング)の手法も巧妙化しており、司法や法律も企業側に有利に働くことが多いため、一般の労働者が組合の保護を受けるのは容易ではないのが実情です。



ヨーロッパ(ドイツ・フランス)の厳格な労働者保護と、日本以上の解雇規制

アメリカとは対照的に、ヨーロッパの主要国であるドイツやフランスでは、労働法によって労働者の権利が非常に強く守られています。会社側が職員をすぐに辞めさせようとしても、法的なハードルが極めて高く、即日解雇などは原則として不可能です。


ヨーロッパでは、法律や労働協約によって厳格な解雇告知期間が設けられています。勤続年数に応じて、解雇する数ヶ月前(場合によっては半年以上前)に書面で通知しなければならないルールがあるため、アメリカのような即日にクビという事態は起こり得ません。


さらに、解雇を行うためには、客観的かつ社会的に認められる正当な理由を会社側が証明しなければなりません。


ドイツなどでは、仮に人員削減を行う場合でも、会社が自由に解雇対象者を選ぶことはできません。社会的選択というルールに基づき、勤続年数が短い人、独身で扶養家族がいない人など、解雇されても社会的なダメージが比較的少ないと考えられる人から順番に対象にしなければならないという徹底ぶりです。


もし退職や解雇をめぐってトラブルが発生した場合は、個人で弁護士を雇うか、自らが加入している強力な業界別労働組合に直接相談して解決を図る文化が定着しています。そのため、日本のモームリのような、民間企業が間に入る隙間ビジネスが生まれる余地がほとんどありません。



それぞれの国が持つ歴史、経済思想、そして人間関係に対する価値観が、そのまま雇用の解除や辞め方に反映されていることが分かります。一見すると過酷に思えるアメリカのシステムも、流動的なイノベーションを生む側面があり、手厚く見える欧州のシステムも、雇用の流動性を下げる側面があります。私たちがこれからどのように働き、キャリアを築いていくかを考える上で、これらのグローバルな視点が興味深い示唆を与えてくれます。