かずらの子育て そっとひと息

かずらの子育て そっとひと息

アスペルガーの娘との19年。今も続く宝物探しの日々。
ひとつひとつ、ゆっくりと組み合わせて、
自分らしく生きることを大切にしたいと考えています。

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「自分に気がつく」


今週、月曜日から
ふうちゃんの挑戦が始まった。

これで評価が悪かったら、
2年生にはなれない。

すなわち、
退学せねばならないかもしれない
別れ道となる幼稚園実習。

前回、
手厳しい評価だったので、
もう後がない。

ふうちゃんの緊張は、
かわいそうなぐらい
すさまじかった。

「でも、がんばるんだ。」と
言い聞かせるように
ぼそぼそつぶやく。

今日で3日目。

少し表情が変わってきた。

かたくなにこだわっていた
子どもたちへの接し方。

自分の思い込みもあったと
気付いたのかもしれない。


「やさしいお姉さん」から
「保育者」へ。

「学生」から
「社会人」へ。


思い込みやこだわりは大事。

でも、それだけでは
世の中は回っていないということ。

なにかしら、
納得いかないルール。

どうしても嫌な人、嫌なこと。

働いてお金をいただくことの責任。

それが、自分にとって
楽しいことなのかという確認。

他人や世の中の
あれこれを少し経験して、

「今の自分」に気付く。


もっとこうなりたい。

いや、こうじゃない。

葛藤は繰り返される。


自分が良い評価をもらうため
ばかりを考えるのではなく、

その日一日、
「保育者として」
子どもたちとどう向き合うか。

実際に経験することで、
イメージが現実になっていく。


キジトラ


他人は、自分を映す鏡なのかな。

他人と関わって、
いろいろ心が揺れ動いて

自分も磨かれていくのかな。


逃げずに頑張ってるふうちゃん。

立派だと思う。


自分と違うことは悪いことではない。

自分が違うことも悪いことではない。

素直に受け止めて、自分に気づく。

そんなふうちゃんを
見守りながら、
私も気づかされる。

まず、そこからだよね。

この、1週間は
私たちの宝物になりそうだ。


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「一緒の時間」


『本が好きな子どもにしたいという
お母さんがいるけど、
押し付けるのもどうかと・・・。』
と絵本作家の五味太郎さんが
お話されているのを読んだ。

私は、五味さん絵本が好きで、
よくふうちゃんとせんちゃんに
読んで聞かせた。

絵柄や、色使いも大好きで、
何より自分が楽しんでいた。
「正しい暮らし方絵本」と
「らくがき絵本」が
特にお気に入り。

ふうちゃんとせんちゃんは、
私を真ん中にして両脇から本をのぞく。

お布団2枚に3人で寝ていたから、
毎晩必ず読んでいた。

本を読みながら、
私が寝てしまうことも
たびたびあった。

どうしても、
本を読めない時は
自作の「長いシリーズ」。

「ある日、
小さな女の子が
お空を眺めていると、
雲の間からひょろひょろと
ながーーーい
ながーーーーい
ながーーーーーい

(と長いばかりを繰り返す)

ながーーいひもが
落ちてきました。」

「・・・」

「ママ、そのあとは?」
「ながーーい」

すると、
ふうちゃんもせんちゃんも
ケラケラと
大笑いしはじめる。

「ママ、ながい、ばっかりぃ」
何と言われても
「長い」しか言わない
「長いシリーズ」
大人気だった。

くすくす笑いながら、
いつの間にか眠りに落ちた。


イラスト
(ふうちゃんが描きました)


やがて、
いろんな絵本を読むうちに、
自然と「暗記ごっこ」が始まって、
おじいちゃんの影響もあってか
「般若心経」やら
「雨にも負けず・・・」やらを
すらすら暗唱していた。

もちろん
意味なんかわかっていない。

ただ、
リズムがおもしろくって
遊んでいた。

たしかに、
「本を好きになって」と
言ったことはない。

でも、
ふうちゃんとせんちゃんは
今でもそれぞれに
読書を楽しんでいる。

ふうちゃんが
復学した時に
逃げ込んだ場所も
図書館だった。

漫画も大好き。
今は3人で同じ漫画を読み、
同じに涙したり
笑ったりしている。

絵本も、本も
道場人物やストーリーの続きを
想像したりして、
盛り上がる。

この、「想像力」は
他人の気持ちを思いやったり、
自分のことを
振り返ったりする
「肥やし」になる。

自分探しには
きっと
とてもよい道しるべになる。

今でも、
ほんとに時々だけれど、
「ママ、一緒に読もうよ」と
絵本を持ってくる娘たち。


なんだっていい。

一緒の時間が何よりなんだな。


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「お母さんって呼んでみる」


お母さん。
何もわからなくなってしまったと
思っていたお母さん。

でも、ちがった。

認知症とくくられてしまうけれど、
その原因はいろいろ言われるけれど

ちゃんと見てる。
聴いてる。
感じている。
わかっている。


キジトラ


自分の心をじっと閉じ込めて

言いたいこと
やりたいこと
伝えたいこと
心の中に閉じ込めすぎて

いつのまにか、
石のように
硬くなってしまったみたい


現実を何も変えられず、
助けてとも言えなかったら

私だったらどうするだろう


誰も傷つけたくなくて
迷惑かけたくなくて
困らせたくなくて
でも、だんだん
自分が何の役にもたたないと知って

居場所がなくなって

どこにも
安心できるところがなくなったら

私はどうするだろう


子どもたちのこと、
暮らしのこと
心配で、

でも、

これ以上一緒に居られないと
思いこんで
さみしくて
不安で
誰にも相談できなかったら

私だったらどうするだろう


生きていたいと望むだろうか


いっそ狂ってしまいたいと願うだろうか


お母さん。

大好きなお母さん。


ウソをついてはいけない。
人をだましてはいけない。
やさしい気持ちには
必ずやさしい気持ちが
帰ってくるよ。

ありがとうって
いつも微笑んで

朝日に向かって
毎日手をあわせていたお母さん。


お母さん。

私のこと、
娘だってわからなくなって、
もう3年目。

「ごめんねぇ ありがとうねぇ」って
泣くお母さん。

悪くなった足をさすると、
喜んでくれるから
今夜も冷えるから
まがった足を
ゆっくりさするんだ。

「お母さん」って
心の中で呼んでみるんだ。

私の自己満足だってかまわない。

少しでも、
あたたかくなってくれたら。

今はただ、
それだけで、いい。


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「信じる」


自分のことを信じるって
ほんとに勇気がいる。

とにかく、
経験して、失敗して
繰り返して、
磨かれていく。

人との関わりの中で。

遊びや仕事や
勉強や暮らしの中で。

泣き笑いしながら、
繰り返し繰り返し。

子どもたちが、
寝返りをうったら
見える世界もグルンと回る。

ハイハイしたら、
景色がどんどん変わっていく。

立ち上がったら、
目線が変わって
見える世界がぱぁっと広がる。

これだって経験。

転んだらこわい。
でも、見たい。
何度も立とうとして、
どすんと座る。

周りに支えられ、
あるいは自分で
何かにつかまって

しっかり立ちあがる。

やがてよちよちと歩き出す。

言葉にはしないけれど、
うまくいくと嬉しそうに笑う。

失敗すると、
顔を真っ赤にしたり、
妙に真剣な顔つきで
一点をじっと
見つめていたりする。

言葉がないから、
こちらが勝手に想像する。

でも、
たぶん、

信じるも信じないもなく、

ただひたすら立とうとした。


キジトラ


経験を重ねると
いろんな引き出しを
持つことになる。

繰り返して得るものは
「自信」と同じだけの
「自信のなさ」。


マイナスなものは、
捨ててしまえなんて
言われても

早々簡単に捨てられない。

つきまとう。

「裏切られて傷ついた」とか

「また、同じ失敗をした」とか

「また、騙された」。

そんな辛いのは嫌なのに、
忘れたいのに、
つきまとう。


だってね、強がりだよね。

裏切られて
傷ついたってことは、

それだけ自分に
プライドや自信があったってこと。

そして、言い訳をする。
経験から得た知恵は、
自分が逃げる様々な理由を
並べ立てる。

なにもかも「信じられなくなる」。

自分も。

他人も。

大切に、大切にしていた
自分の何かを
「信じられなくなる」ことと

大切な大切な
自分の何かを
「守りたくなる」ことは
同じだろうか。

一人で歩き出すと、
なかなか抱っこは
してもらえなくなる。

一つ手に入れたら、
一つなくなる。

ただ、「立つ」ことに
夢中になる幼な子のように

夢中になっている時は
その一瞬がきらめいている。


怖がらないで、
素直に
その一瞬を追いかける自分が
いればいいのかもしれない。

幸せも喜びも悲しみも
怒りも後悔も
全部ひっくるめて、
素直にぶつかってしまえば
いいのかもしれない。

時間は確実に
積み重なっていくから。


明日なんてわからないから。


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「がんばれ、ふうちゃん」


アスペルガーのふうちゃんが、ものすごい暗い顔をしている。


先日の10日間の実習は、
長かったにもかかわらず
とても充実した楽しい時間だったようだ。

高齢の方々との関わりの中で、
様々なことを体験できたと
喜んで帰ってきた。

「今回は良かったよ。笑顔でがんばれた!」


安心した。

のもつかの間で・・・。

ふうちゃんのいう「今回は」には、
深い意味がある。


来週から5日間。
幼稚園での2回目の実習。

前回の実習で、
緊張のあまりズタズタになり、
笑顔が消えた。

日誌を書くのに毎晩徹夜。
笑顔が消えるのも当然、
と心配してはいたけれど
それも試練と思い、
見守るしかなかった。

最低の評価をもらい、
それでもなんとか
2回目の実習を
受け入れてもらえることになったのだが・・・。

キジトラ

「がんばる」と
泣きながら決めたこと。

でも、
心が付いて行かないのだろう。

ふうちゃんには
「厳しく指導される」ことは
かえって毒になってしまう。

だから、
不登校になってからこの方、
そのあたりのことは
ずっと避けてきたと言っていい。

でも、今回は避けられない。

「アスペルガー」なんて言い訳も、
当然きかない。

私も助けてあげられない。

「資格をとって
『先生』になって、
私みたいな子を助けてあげたい。」

そんなふうちゃんの願いは、
現実の厳しさの前で、
まさに風前の灯。

できるだけ、応援してあげたい。

でも、でも。

必要以上に緊張してしまうことや
受け入れてもらえないことに対する
異常なまでの敏感さや
心が石のように固まってしまうこと。

打破できない重い空気。

自己否定。

それを、
思い知らされることに対する恐怖。

緊張をほぐしたくてかけた言葉にも
「もう、ほっといて」
とさらにかみついてくる。

たとえ、
乗り切って「先生」になったとしても、
アスペルガーと診断を受けている先生など
保護者に受け入れてもらえないかもしれない。

職場での理解がないと
「先生」になれないかもしれない。

今さらながら、
「幼稚園の先生、いいんじゃない。」
と言った自分に後悔もする。

資格を持っていれば、
何かの時に
きっとふうちゃんの為になると、
妙な欲に駆られた自分が情けない。

「人はね、
人の関わりの中でたくさん学んで、
人として成長していくんだよ」


そういった母の言葉を、
私は信じてる。

だから、ふうちゃん。


今回の実習で、
不可の成績で、
2年生になれなかったとしても、

「資格をとって先生」
になれなくても、
いいじゃない。

ふうちゃんが、
今回の実習を
受ける時に言った言葉。

「今までずっと、
避けてきたけど、
今回は挑戦してみたい。

がんばる。」


その言葉を応援するよ。

あんまり、
「頑張れ」って言わなかった
ママだけど、
今回は
「しっかり頑張れ」って言おう。

実習がダメでも、
専門学校中退でも、
「人として」
ダメなんじゃないからね。

むしろ、
「それがわかってよかった」
って笑いたいね。

だから、
苦しいだろうけど、
つらいだろうけど、
今回は。


「がんばれ、ふうちゃん」


その先の笑顔も涙も、きっとあなたを輝かせるよ。


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