要し!おい!其処の金庫の中に一億円あると言ったな、其処に座っている大河原の妾!金庫から有るだけの金を袋に入れて俺の前に持って来い!此の金は母親の慰謝料として全部息子の俺が貰って行く、文句あるか、どうなんだ、俺の母親は手前から病院にかかった費用は貰ったが慰謝料としては何も貰ってないんだ!そうだろう、直ぐ答えろ!おい!早く答えろ、糞!』
『分かった』
『分かった!おう、物分かりがいいじゃないか、じゃ、此処で一筆書いて貰うか、慰謝料として支払ったという書類を、金額は金庫の中にある金、そっくり一億円だ!肝心な事は名前の下に認印を押すのを忘れちゃ困るぜ、国会議員さんよ、分かったか!分かったら、早速金庫の開け方を側に居るお前の妾に教えろ!便箋と認印のあり場所も一緒にな、手前は此処から一歩も動くな!いいか!早く教えろ!おい、妾!開け方を間違うな!』 その場にじっと座っていた絹子は直ぐ大河原から金庫の開け方と認印、便箋のある所を聞いて教わると直ぐに金庫を開けて大金を大きな黒いゴミ袋に詰め込んだ、其の後に便箋とボールペン、認印を持って来て仲杉の指示通りに大河原の前に置くと直ぐに又、仲杉の側に座ったのである。
眉間に皺を寄せて大河原はボールペンを持って便箋に書き始めた、そして書き終ると認印を押して仲杉に手渡したのだ。受け取った、慰謝料と書き記してある其の書証を仲杉は顔を顰めて注意深く見ていた其の時だった。
大河原は其の隙を見て畳に突き刺さっているジヤックナイフを素早く抜き取り、外へ逃げ様としたのだ、絹子は「あ!」と大きく声を出して何故か?それは一体どうしてなのかは解らぬが仲杉に知らせたのである。
其の為に大河原は玄関口のドアーに手が掛かったと同時に仲杉の右手が大河原の襟首に届いていたのだった、大河原は振り返えるなり『くそ!』と声を出して力任せに仲杉の右手を振り払い『此れは正当防衛だ』と吐き捨て強力な武器と成ったジャクナイフを右手に握りしめると大河原の本来持っている本性が此処でむき出しに成って現れて来たのである。
鬼の様な形相をして先ず絹子に噛み付いた。
『絹子!貴様は!出て行け、もういらん!』
と怒鳴り、直ぐに刃先を仲杉に向け勢い良く向かって来たのである、仲杉は素早く身体を交わして大河原の右手を強く蹴り上げてジャックナイフを真下へ落として取り上げる事が出来たのだった。すると大河原は怯んでズルズルと後退をしだしたのだ、仲杉はじわじわと追いかけて行き虫けらを刺し殺す様に無表情で心臓を目掛けて思い切り突き刺したのである。玄関口のドアーの前は大河原の血で見る見る内に真っ赤に染まった、やがて大河原はその場で悶え死にしたのだ。
仲杉はゆっくりと立ち上がり棒立ちの儘『此の次は東恒夫だ!』と呟いた。
そして此の有様を始めから目の前でじっと見ていた、絹子に問うたのである。
『おい、声を出して俺に知らしてくれたな、どうしてだ?妾!お前に借りをつくったな』
『そうかい、そう思うのかい、ふん、お兄さん、今はそんな事より此処を早く何とかしなくては見苦しいじゃないか、私の事は其れからでも遅くはないよ、早く此処を綺麗にして此の下らない男を何処かに移動しない事にはどう仕様もないわね、一時の間は押し入れの中にでも放り込んで置いとくしかないわ』
『無言』
『お兄さん!私の事も少しは考えてよ、私は未だ此処に寝泊まりしている女なんだよ、此れじゃどう仕様も無いじゃないか』
『今更じたばたしたって始まらないんだ』
『取り敢えずだよ』
『だけど、どうして俺をそんなに庇うのだ』
『そんな事は後でと云った筈よ』
『然し、俺に手を貸す様な事をしたらな、お前も一緒の仲間と見られるぞ、そう成ったらどうするんだ、馬鹿らしいだろう』
『ふん、いいのよ、どうせ私もお兄さんと同じね、どう仕様もない身の上なんだよ、私が死んだって泣いてくれる様な、そんな気のきいた人間は誰も居ない、どう生きようと、例え死のうとさ、一人ぽっちさ、だから此処はね、私の好きにさせて貰いますよ、お兄さんが私に恩を着る事は何もないんだ、私がね、どう云う風の吹き回しか知らないが、風の吹き様うが一寸変っただけだよ、それだけの事さ、私の事なんかを、お兄さん、何も心配しなくたっていいんだよ、そんな事を、だからね、安心しな』
絹子はそう云うと、涙がこぼれ落ちて来るのを上を向いて隠す様なそぶりをして己を嘲笑うのであった。
第5話へ続く