誰よりも大きくて、力持ちで、優しい人でした。
あなたの旅立ちが近いと知らされた時、医療に関わる仕事に従事してこなかった自分を悔やみ、泣きました。そして、この世に大好きな人なんていなければいい!と思いました。周りが嫌いな人ばかりなら、こんなに辛くなる事もないから…。
知らせを受けて病院に行くと、お医者さまから、あなたが「早く逝かせてくれ」と言ってますと聞かされました。その時が一番辛かったです。
私にとってあなたは、誰よりも大きく、強くて力持ちで、重たい農作物も軽々と運ぶ、すごい人だったから。
病室には、変わり果てたあなたがいました。それでも、私の前では決して「苦しい」「早く逝かせてくれ」とは言わなかった。きっとあなたは、いつでも私にとって強く大きな存在でいたかったのでしょう。最後まで弱いところを見せず、強く立派な男性でした。
そして、私の呼ぶ声に「あぁ」と返事をしてくれました。その日一番の大きな声でした。嬉しかったです。繋いだ手を、握り返してくれました。
もうダメかもと宣告を受けて、それでもなおあなたは生き続けました。お医者さまからは、「この病の辛さ苦しさは、計り知れません」と聞きました。病床のあなたは「辛い」「苦しい」「早く逝きたい」そんな事を口にしていたと聞きましたが、それでもなお、10日間生き続けました。
それもきっと、あなたの最後の優しさだったのでしょう。残される者に、心の準備をさせる為の期間をくれたのです。その為に、どんなに苦しくても、あなたは最期まで生き続けたのでしょう…。
そんなにも強く優しい人を、私は知りません。そしてそんなあなたに、敬意を表さずにはいられないのです。
おうちに帰ってきたあなたを見た時、そこにあなたはいないような気がしました。魂が抜けたからでしょうか、私の斜め上ぐらいで、笑ってるような気がしました。
そう、あなたはいつも笑顔でした。優しい優しいお日様のような、笑顔でした。
お通夜や告別式の日に棺を見ても、やっぱりあなたはそこにいないような気がしました。それどころか、私と一緒に遺影や祭壇を眺めて、「これは立派じゃのう!」と、笑っている気さえしたのです。
なぜ、悲しみや悔しさに侵されないのでしょうか。それは多分、あなたがいつも笑顔だったからでしょう。遺体のあなたは笑顔ではなかったから、あなたではないように見えたのでしょう。
「笑顔が大事」と言われる理由が、初めてわかりました。あなたがいつも笑顔でいてくれたから、私は笑顔のあなたしか思い出せないのです。だから、遺体のあなたを見ても、悲しくないのです。人の為に何かをする事が好きだったあなた。残される者が悲しまないようにしてくれたのでしょう。亡くなってもなお、思いやりにあふれています。笑顔のあなたが、ずっと心の中にいてくれるのです。
いつも誰かの心配をしていたあなた。
いつも誰かが喜んでくれる事をしていたあなた。いつも笑顔で、優しかったあなた。
この不思議な電波というもの、インターネットというもので、このお手紙があなたに届くような気がして、書いています。
あなたが旅立った事に今でもまだ涙が出る事があります。
けれど、有名な曲で「私のお墓の前で泣かないで下さい。そこに私はいません。眠ってなんかいません。この大きな空を吹き渡っています。」という歌詞があります。その歌詞の意味が、ようやくわかりました。そう、あなたは遺体や骨にいるのではなく、いつもすぐ側にいてくれるのです。私自身の心が映し出すあなたが、すぐ目の前にいてくれるのですね。
だからもう私は、「好きな人なんてこの世にいなければいいのに!」なんて言いません。
昭和8年生まれ。戦中戦後の激動の時代を生きてきたあなた。周りの人の幸せをいつも願っていたあなた。最期まで、強く生き抜いたあなた。
いつの日か私に子供が出来たら、あなたの話をしようと思います。そして男の子なら、おじいちゃんのような立派な男になるんだよと、伝えようと思います。
おじいちゃん、私はあなたの事が大好きです。
おじいちゃん、大好き。
おじいちゃん、ありがとう。
いつの日か、私にも最期の時がきます。それまで、挫ける事なくしっかり生き抜こうと思います。たくましく生きた、あなたのように…。そしたらまた、胸をはって会える気がするのです。
おじいちゃん、大好き、ありがとう。
和美




