患者どんどん死ぬ…「脳外科医 竹田くん」モデル医師雇う病院の言い分

2024年5月20日

ざっくり言うと

  • 「脳外科医 竹田くん」の主人公のモデルとされる医師を巡る報道に言及した
  • 転職した病院の院長は一貫して医師を庇っており、雇い続ける方針だという
  • 「われわれには彼を教育する使命があります」などと語ったそう

高確率で患者は死に、後遺症に苦しむ…トンデモ外科医"竹田くん"をクビにせず雇用し続ける病院の言い分

2024年5月20日 10時15分 

プレジデントオンライン

医療マンガ「脳外科医 竹田くん」の主人公のモデル医師とされる人物を巡る報道が世間を賑わしている。現在勤務する名門病院の関係者が「こんなひどい医者は初めて。力量不足とデタラメな処置で命の危機にさらされることが度重なっている」と週刊誌で告発したのだ。なぜ、“ダメ医師”がクビにならないのか。現役の医師である筒井冨美さんが病院の内部事情を明かした――。

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写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

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■患者がどんどん死ぬ『脳外科医 竹田くん』の“実在モデル”

医療マンガ『脳外科医 竹田くん』をご存じだろうか。

2023年にはてなブログでWeb連載された匿名作者による作品で、架空の病院である「赤池市民病院脳神経外科」を舞台にしている。

「あり得ない脳神経外科医 竹田くんの物語」という副題が示すように、「手術テクニックがド下手にもかかわらず、手術が大好きな脳外科医の竹田くん」が主人公で、患者は高確率で死亡もしくは後遺症に苦しむというブラックなストーリーである。

さらに怖いのは、マンガの内容が兵庫県赤穂市に実在するA病院で2019~20年に多発した医療事故に類似していると指摘されていることだ。描かれる手術や後遺症の詳しいエピソードも同病院関係者が協力しているとしか思えないほどリアルだからである。

SNS上では、「内容怖すぎ」、神の手ならぬ「死神の手」、人気医療マンガの『K2』をもじって「逆K2」などと評判になり、一般メディアでも紹介されるようになった。

こうして知る人ぞ知る実録作品として人気を博していたが、2023年7月、142話「霧」を公開した後、Web連載は休止した。「人々が完全に忘れる時、事件も完全に消える。このまま闇に葬られるのだろうか……」というフレーズで物語は終結したように思われていた。

ところが、半年後……。

■大阪府の病院に転職するも5000万円訴訟

2024年2月、竹田くんのモデルと思われる外科医(以下、“竹田くん”)は再びメディアの注目を浴びた。A病院を2021年8月に依願退職後、救命救急医として転職した大阪府内のB病院で、「必要な透析治療を行わずに患者を死亡させた」として、遺族から慰謝料など約4960万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こされたからである。

この“竹田くん”は、すでにA病院の患者から民事と刑事の両方で訴えられている一方、自身は専門医試験の受験を妨害されたなどとして、赤穂市と前院長などを相手取り、2023年10月に損害賠償請求訴訟を起こしている。

同じ医師である筆者としては「あんなに有名になったし、複数の訴訟を抱えた医師ならば訴訟に忙殺されるので、予防接種などで地味な職場で働いているだろう」と予想していたので、「救急医」というポジションで雇う病院が存在したことに驚かされた。

■竹田くん三度リターンズ!

そして2024年5月、漫画のモデルとなった外科医は三度メディアに登場する。

〈私は長年この病院に勤めていますが、こんなにひどい医者は初めてです。彼の力量不足とデタラメな処置で、治るはずの患者さんが、命の危機にさらされることが度重なっています。今すぐ医者を辞めてほしい。多くのスタッフが、心の底からそう思っています〉

B病院を辞めた“竹田くん”は、救急医としてC病院へ転職していたのだが、このC病院のスタッフによる上記のような内部告発が週刊誌に掲載されたのだ(『週刊現代』2024年5月11日号)。

週刊誌にはC病院院長のインタビューも掲載されているが「患者さんへの謝罪の気持ちと、手術への熱意が感じられました」「ご指摘のミスは、医師なら誰でも判断に迷うようなもの」「竹田くんは今、一人前に成長しつつあります。われわれには彼を教育する使命があります」と一貫して彼を庇っており、雇い続ける方針のようである。この発言や報道が真実であれば、この病院には絶望するしかない。

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写真=iStock.com/tomasworks

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■ゼークトが警鐘した「無能な働き者」

ドイツの軍人ハンス・フォン・ゼークトが提唱したとされる「組織論」では、人材を「有能/無能」「働き者/怠け者」の指標を用いて4つに分類している(図表1)。

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ゼークトによれば、最後の「無能な働き者」は「銃殺」という強い言葉で組織からの排除を奨めている。

医師で言えば、順に「有能な怠け者」タイプは「ワークライフバランス医師」として開業やフリーランスなどで働くケースが多い。「有能な働き者」タイプは「スーパードクター」として崇められるが、近年では減少の一途をたどっている。あるいは、古臭い日本の医療界を見限って海外転職するケースが目立つ。

「無能な怠け者」タイプは窓際医師として公立病院の閑職ポストなどで定年までしがみ付くパターンが目立つ。そして件の“竹田くん”のような「無能な働き者」タイプは、数は少なくても患者への被害が甚大である。

「無能な働き者」外科医で有名になったのは、この“竹田くん”だけではない。2014年に群馬大学医学部附属病院で同一外科医に腹腔鏡での肝臓手術を受けた患者8人が死亡した事件はよく知られている。

海外では、英国のブリストル王立小児病院事件が有名だ。1990年代に同病院での小児心臓手術で53人中29人が死亡したが、同地域には小児心臓手術の可能な病院が1カ所しかなく、公立病院のため競争原理も働かず、麻酔科医が内部告発することで社会に知られる問題となった。

■医師の「働き方改革」で救急医不足

不可解なのは、C病院がこの“竹田くん”をなぜ採用したのかということだ。当然、それまでの彼の実績は情報として知っていたはずだ。

実はこの背景にあるのが、2024年4月から施行されている医師の「働き方改革」だ。医師という職業においても、時間外労働の上限は年間960時間となった。歓迎されるべき改革だが、これは「月5回当直」すれば突破してしまう厳しい水準。さらに違反が判明した場合は、医療機関には「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という罰則が科せられる。

残念ながら、「働き方改革」が始まってからSNSを検索しても、「仕事が楽になった」という医師の意見は全く見られない。むしろ「月80時間以上は違法」と制限されたことによって、「80時間以上残業しても、“自己研鑽”という名のサービス残業になる」「労働時間は不変なのに収入が減った」などの恨み節が目立つ。

ゆえに現状では、生死に関わり、時間を問わず患者が運び込まれる救急救命科は常に深刻な医師不足に悩んでいる。“竹田くん”のように「手術意欲の高い40代男性医師」ともなれば「引く手あまた」だったことが推測される。「悪い噂」を耳にしても「ちゃんと監督すれば何とかなるだろう」と過信して採用しかねない。そんな空気に後押しされて、“竹田くん”は転職を繰り返し、結果的に患者への死を含む被害を続出させたということのだろう。

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写真=iStock.com/kuppa_rock

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■医師の働き方改革には解雇規制緩和が不可欠

筆者は麻酔科医という仕事の中で「神の手」クラスから、“竹田くん”クラスまで、さまざまなレベルの外科医とチームを組んで手術をしているが、「無能な働き者は組織から排除すべき」という点ではゼークトに同意している。

特にA病院のような公立病院医師は、地方公務員の立場だ。そして、現在の法律では「オペが下手」という理由で公務員医師を解雇することは事実上不可能である。窓際ポストに追いやって“飼い殺し”にするのがせいぜいだろう。

そういう問題医師は定年までしがみ付くケースが多く、年功序列で高給が発生してしまい、真面目な同僚医師の過労や若手医師の離職にもつながりやすい。

また、多くの日本型企業と同様に、大学病院や公立病院ではスーパードクターも“竹田くん”のような医師でも同年齢ならば給料に大差はない。それでも昨年度までは時間外手当金などで若干の調整が可能だったが、「働き方改革」によって消失しかかっている。

ゆえに、「有能で働き者」のスーパードクターは日本では減少の一途である。「報われない長時間労働」に嫌気がさして早期に開業したり、開き直って窓際医師になったり、優秀な外科医の国外流出も絶えない。

近年の日本型雇用の勤務医不人気と表裏をなして、近年では「有能なら年収は億超え」の美容外科への就職が大人気である。大手美容外科の医師就職者数は、東大京大病院の研修医数を超える時代となり、若手のみならず大学教授/准教授クラスの転職者も目立つ。

結局のところ「有能で働き者」を惹きつけるのは規制強化ではなく、米国や美容外科のような「有能なら収入青天井/無能は契約解除」「年功序列文化が無く、結果を出せば若くても昇進可能」という雇用制度である。

日本では医師免許は最強の国家資格であり、「予防接種:日給8万円」のようなアルバイト仕事は簡単に見つかる。もし、問題医師が病院をクビになっても路頭に迷うことはない。問題医師を解雇することで浮いた人件費で「有能で働き者」医師に報いれば、有能医師の早期離職や窓際化の予防にもなる。

つまり、「ダメ医師は速攻クビに」することが患者や同僚を守る最善策なのである。問題医師にとっても、窓際でダラダラと飼われ続けるよりも「さっさとクビにして、スキルに見合った新職場を探してもらう」ほうが、本人のためだろう。“竹田くん”もそうした判断を下されたほうが患者は死ななくてすむし、本人も見切りがつくに違いない。

ダメ医師はクビになり、有能医師は高評価を得る……病院というプロ集団の職場を健全化するのは、「労働時間制限」などの規制強化ではなく、「フェアな競争」と「結果に応じた報酬」と私は信じている。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

 

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