医師・和田秀樹が警鐘「あなたの調子が悪いのは、スマホのせいかもしれない」 2022/11/26
© PRESIDENT Online 医師 和田秀樹氏
「考えることが面倒だ」「話についていけない」「文章の意味がわからない」「集中できない」……あなたの頭の調子が悪いのは「スマホ」のせいかもしれない。「スマートフォンは子どもだけではなく、大人の“脳”にも悪影響をもたらしている」と、医師・和田秀樹氏が警鐘を鳴らす。11月25日(金)発売の「プレジデント」(2022年12/16号)の特集「頭がいい思考、バカの思考」より、記事の一部をお届けします――。
あなたの不調はスマホのせいかも
睡眠時間が削られる、眼が悪くなる、集中力が低下する――。いずれもよく知られたスマホの悪影響です。とりわけメディアでは若者のスマホ依存が言及されがちですが、大人やシニア層にとっても、スマホは同じように危険なものです。
私が特に問題だと思うのは、スマホが人間の思考回路を変えてしまう点です。たとえば、スマホの小さい画面で文章を読むのが当たり前になると、文字情報の読解力が弱くなります。目につく見出し部分のみを流し読みするか、短い文章しか読まなくなり、情報処理力が下がっていくのです。ツイッターが流行したのも、140字という文字制限によるところが大きいでしょう。PCの広いスクリーンで読むと140字では物足りなく感じますが、スマホの画面だと140字はちょうどいい字数です。
情報処理力が弱いと、物事を多面的に見ることができなくなります。私は、このダイバーシティの時代においては、ひとつの物事に対し多面的に答えを引き出せることが、頭のよさを測る物差しになると考えています。たとえば「コロナで一日○人の死者が出た」という情報にふれたら、「はたしてその死者数はインフルエンザと比べて多いのか、それとも少ないのか」「死亡者数全体は増えているのか、減っているのか」など、さまざまな角度から深掘りして考えることが大切です。しかし、スマホをだらだらいじっている人は、提示された情報を鵜呑みにするだけで終わってしまいます。
日本人の「シゾフレ化」を、スマホが加速させる
また、かねて私が懸念していた日本人の「シゾフレ化」を、スマホが加速させる危険性も感じています。人間の性格は大きくメランコ型(うつ病気質)とシゾフレ型(統合失調症気質)の2タイプにわかれます。心の世界の主役が他人であるか、自分であるかが両者の大きな違いです。自分が主役のメランコ型に対し、他人が主役のシゾフレ型は「主体性がなくなり人の意見に流されやすくなる」「濃い人間関係を回避する」という特徴があります。
スマホを使ってSNSを利用する人は多いと思いますが、そこでよく見られる、みんなが「いいね」と認めるものを優先するコミュニケーションは、いかにもシゾフレ的です。いつでも「みんなと同じ」であろうとするあまり、人間関係も「広く浅く」の形式的な付き合いに終始します。結果的に、SNS上でたくさんの「いいね」を集めても、本音を誰にも明かせない寂しさを抱えてしまう。特に象徴的なのが、インスタグラムです。投稿するのは明るい自分の写真に限られ、暗い自分など存在しないかのように誰もが振るまっています。
LINEも同様です。LINEは1対1の深いコミュニケーションをしようと思えばできる設計になっているにもかかわらず、実際には人に嫌われたくないという考えに支配されて、当たり障りのないコミュニケーションになりがちです。またLINEにおけるコミュニケーションによって、不安が増幅することも少なくありません。メッセージを読んだか否かが既読マークによって相手にも伝わるため、「すぐに返事をしなくては」と急(せ)き立てられ、ゆっくりと言葉を練る時間の余裕がありません。グループ間のLINEも、やはり他人の視線が気になり、他人に合わせようとする心理が強く働きます。
だからこそLINEは、みんなとつながっている安心感を得られやすいツールだともいえるのですが、この安心感は危ういものです。少しでも返事が遅れたり、既読スルーされようものなら、たちまち揺らいでしまう安心感なのですから。コミュニケーションは本来、人間どうしがわかりあい、安心を得るためのもの。しかしLINEはどれだけ続けても不安が消えることはありません。わずかな安心感を手放すまいとアプリを開く頻度が増え、スマホ依存が進行していくのです。
スマホ依存が行き着くのは「自分病」です。これは心理学や精神医学の正式な用語ではなく、「自分」というものが希薄になる現象を私が命名したものです。リアルでの人間関係において、1対1でコミュニケーションをしているうちは、相手と向き合っている現実の自分を否応なく意識させられます。「自分が薄くなる」という感覚はピンとこないでしょう。
ところがSNSを介して、みんなからどう思われているかばかりを気にするようになると、だんだんみんなの目に映るバーチャルな自分の存在が大きくなってしまう。みんなに合わせ続けることでしか自分を保てなくなり、リアルの自分よりネットの自分を大事にするようになります。やがては「歩きスマホ」「ながらスマホ」が示すように、自分が今いる現実世界よりも、スマホの中の世界を優先し、周囲への迷惑も顧みなくなる。自分病の末路です。
8割の日本人がスマホ依存
スマホに依存してしまうのは、肌身離さず持ち歩きができることが大きな原因です。家でも会社でも、食事中も仕事中も、ベッドの中でもスマホを手にしている。むしろスマホを手放している時間のほうが少ないぐらいではないでしょうか。2018年、WHO(世界保健機関)が新たな依存症として認めた「ゲーム障害」も、スマホの普及と切り離しては考えられません。
ほかに依存性が高いものといえばギャンブルがありますが、街中にパチンコ店があるといっても移動する労力や、費やすお金を考えれば、ある程度自制するようになります。しかし、スマホは常にそこにあるのです。電話やメールができてネットにもつながり、人付き合いもできる。さまざまな欲求がすぐに満たせるのです。そんな便利なツールが手元にあって24時間使えたら、依存症になるのも無理はありません。
これほど依存性が高いスマホなのに、アルコールやタバコのような各種規制がないところがまた厄介です。これは日本特有の依存症への認識の甘さを示しています。WHOが10年にアルコールの危険性を減らすための世界戦略を承認して以来、ほとんどの国ではテレビCMなどでアルコールを飲んでいる映像を使えなくなりました。ところが日本では、有名タレントが美味しそうにビールを飲み干すCMがいまだに定番です。パチンコのCMも地方局ではひっきりなし。そして今、スマホゲームのCMがどんどん増えていることにも危うさを感じずにはいられません。
「タバコやお酒の依存とスマホ依存を、同列に並べるなんて大げさだ」と感じる人もいることでしょう。事実、ほとんどの日本人は自分を依存症とは認めません。しかし、集中力の低下など目立った自覚症状はなくとも「やめようと思ってもやめられない」段階にきているなら、すでに立派な依存症と考えるべきです。「日本人の約8割がスマホ依存に該当する」という調査結果もあります(図)。誰にとってもスマホ依存は人ごとではないのです。
あらゆる依存症は自然治癒しない
そしてもう1つ大事な事実があります。それは「あらゆる依存症は自然治癒しない」のです。タバコでさえ禁煙外来での治療が常識になりつつある時代、スマホ依存にも対策が必要です。
ここでは各種依存症の治療法が、スマホ依存から脱却するためのヒントになります。「自助グループ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。同じ悩みを抱えた人たちが同じ場所に集まり、自らの体験を語り合いながら依存症を乗り越えることを目的とした集まりです。「酒さえ飲めればあとは何もいらない」「ギャンブルのために人に嘘をついてまで金を借りた」──。そのようなネットでも明かせない「ダメな自分」をさらけ出し、他人と経験をシェアしていきます。そうすることで、かけがえのない仲間ができるのです。
依存症は「孤立の病」ともいわれます。お酒にしても、歯止めをかけてくれる誰かと飲んでいるうちは依存症になるリスクは低い。しかし孤立していると、酔いつぶれるまで飲んでしまう。やめたくてもやめられない不安を相談できる相手もなく、現実逃避のためにまた飲むことになります。
何かに依存すること自体が悪いわけではありません。現に、私もあなたもさまざまなものに頼って、支えられながら生きています。問題は、依存する対象です。自助グループに関わる人は、「モノや行為への依存から、人への依存に移行することが大切だ」と言います。要は、頼れる仲間がいる人は、依存症に陥るリスクが低いということです。
スマホ依存を克服するため、自助グループに参加している人もいます。自助グループまでいかなくても、本音を語り合い1対1の関係を深められる仲間をつくれるなら、それで十分です。新型コロナの感染リスクが気になる人も、たまにはリアルで人と会い、普段は胸のうちにおさめている不満をこぼしてみてはどうでしょう。
SNS上でも、明るい自分ばかりでなく、ダメな自分を思い切ってさらけ出してみてもいいかもしれません。シゾフレ型の「広く浅く」の人間関係に慣れていると「そんなことして嫌われたらどうしよう」と心配になるでしょうが、案外「実は私も同じ」と言い合える仲間が見つかることもあります。ネットの世界とは本来、多種多様な出会いに溢れた場所であったことを、ぜひ思い出してください。
その一方で、スマホ関連のビジネスをしている企業にも対応を求めたいところです。これほど依存性が高いスマホを野放図に広めておいて、「スマホ依存は持ち主の責任」という主張は通用しません。販売する際にも広告規制や危険性の警告が必要ではないでしょうか。
さらに一歩踏み込み、スマホ依存者を治療するための基金や施設が設けられることも望みます。かつて自動車メーカーが呼びかけ人となり、交通遺児を支援する基金を立ち上げたことがありました。スティーブ・ジョブズが初代iPhoneを発表してから15年、大手メーカーやキャリアはスマホを通じて多大な利益をあげてきたはずです。スマホ依存に悩む顧客をケアすることも、スマホ関連企業の社会的役割のひとつだとは私は考えます。
テキストチャットより通話機能を使おう
ここまでスマホ批判が続きましたが、いうまでもなくスマホは非常に便利な道具であり、私自身手放す予定はありません。大部分の人は同じ思いでいることでしょう。ならば大切なのは、スマホ断ちというより、スマホの有効な使い方を身につけることです。
そのためには改めて、スマホの持つさまざまな機能に目を向ける必要があります。
まず改めて意識したいのは、スマホの通話機能です。今では、人と連絡をとり合うときはメールやSNSなどテキスト主体のコミュニケーションが増え、人が電話する姿を見かけることが少なくなりました。しかし短い文章のやりとりのみで、本当に大事な話が伝わるでしょうか。電話はかつて、親密なコミュニケーション手段のひとつでした。他愛もない話題で何時間も長電話を続けた記憶を、多くのシニア層は持っているはずです。
指でテキストを入力するより、声に出して話すほうがよほど簡単ですし、自分の気持ちも相手の気持ちもすぐに伝わる感覚があります。かつて私たちは、そうした1対1の濃厚な人間関係の中で、自分は孤独ではないことや、悩みや不安が自分だけのものではないことを確認していました。そんな過去を思い出しながら、あらためてスマホを電話として使ってみる。LINEの無料通話などを利用すれば、電話代がかからないのも好都合です。電話文化の復活を私は期待しています。
情報収集の手段としても、スマホは力を発揮します。しかし残念なことに、ネットニュースをなんとなく読み流しておしまいにしている人が大半である気がします。大切なのは、気になるニュースを見つけたら立ち止まり、「ちょっと調べてみよう」と考えられることです。
「この初めて聞く国は、どこにあるんだろう?」「この経済用語、うまく説明できないな」……。そう思ったときにすぐ検索して深掘りできるのがスマホのよさです。認知心理学では、情報(知識)は思考の材料であり、知識なくしてものを考えることはできないとされています。脳に一定以上の知識のストックがなければ思考はできないのです。スマホですぐ情報にアクセスできる現代は、それを脳に入力することで誰でも知識人になれる時代の到来を意味します。スマホとは「知のツール」でもあるのです。
本当の頭のよさとは何か
ただし、現代はただ知識を集めるだけでは差別化できない時代ともいえます。そうした意味では、単なる知識人ではもう古い。これからの時代に評価されるのは、知識人ではなく、思想家です。AI(人工知能)にも代替しえない思考の深さや多様性を担保できるかどうかが、ビジネスパーソンとして生き抜いていくためのカギとなります。スマホで情報を集めるのはもちろん大事ですが、1つの情報では足りません。思考の材料として考えるならば、1つの事象について10個の情報を集め、それを総合判断して自分だけの答えを出すことをゴールとしたいものです。
検索ですぐにヒットするネットニュースやSNSの投稿の多くは、ごく一般的な多数派の意見です。変化の時代に生きる私たちは、そのような当たり前の答えに安住してはいけません。ネットニュースはあくまで、自分の意見を形成するための材料としてとらえるのがよいでしょう。
また、スマホは私たちにとって、なければ困るものだという前提も疑うべきです。現実問題として、スマホなしの暮らしが成立するとは思えません。ですが、私たちの生活や行動がスマホに支配されている現状に疑問を感じるなら、思い切って遠ざける覚悟も必要です。
たとえば、スマホのない時間を意図的につくってみる。歩く、食べる、飲む、話す、聞く。こうした人間の日々の活動に本来スマホは必要ありません。こうした行動すべてが「スマホをしながら」になっている人もいますが、それこそスマホ依存の典型的な姿です。どれもスマホがなくてもできるどころか、スマホがないほうがより楽しく、よりパフォーマンスが高くなります。
仕事の呼び出しが頻繁にあるから、スマホを持ち歩かないといけないという人も、せめて休日ぐらいは、スマホを持たずに家を出てみてはいかがでしょうか。1日に2〜3時間だけでも結構です。休日の街歩きにスマホは必要ありません。スマホの小さい画面を離れ、広々とした現実世界に目を転じてみると、その情報量の豊かさに圧倒されます。驚いたり笑ったり感動したりと、ネット上では得られないみずみずしい心の動きがよみがえります。誰もコンタクトしてこない、誰の視線も気にしないで済む時間に、この上ない自由を感じるはずです。
スマホは持ち主の要求をいろいろ叶えてくれる、『ドラえもん』の秘密道具のようなツールではあります。しかし、その機能の一つひとつが本当に「なければ困る」ものなのか、「あれば便利」というレベルのものなのか、そこは吟味して扱ってもらいたいものです。
仕事先ですばやく情報収集するには、スマホは「なければ困る」かもしれません。でも、よくよく考えてみれば、スマホの小さい画面は大量の情報を扱うには不向きです。であるなら「スマホで検索するのは外で、家で調べものをするときはパソコンで」と使い分けることができるかもしれません。そうしてスマホの出番は困ったときだけ使うと決め、スマホから離れる時間を意図的に増やしていく。スマホは「なければ困る」ものではなく「あれば便利」なもの。脱スマホ依存は、この割り切りから始めてみましょう。
---------- 和田 秀樹(わだ・ひでき) 精神科医 1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。和田秀樹 こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学大学院教授。2022年3月発売の『80歳の壁』がベストセラーに。22年7月から日本大学常務理事に就任。 ----------
あの症状、実は「スマホ認知症」のせいだった? 2022/11/26
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不眠症 (画像=Bits and Splits/stock.adobe.com)
本記事は、奥村歩氏の著書『スマホ脳の処方箋』(あさ出版)の中から一部を抜粋・編集しています
■メラトニンの分泌が減少する「スマホ不眠症」
太陽が昇る時間に起床して、日の光を浴びながら狩猟や農作業をする。そして、日が沈むと帰宅してお酒を飲んで休む。規則正しい生活を送っていた古代では、不眠症やうつ病の問題は非常に少ないものでした。
その後、産業革命や科学の発達によって、人間の生活が便利になるとともに不規則になります。昼間に日光を浴びて、規則正しく身体を動かすことが減少し、夜中でも電灯が点くため、仕事をしたり、娯楽に興じたりする活動をしたりするようになりました。
このような生活の変化が不眠症やうつ病を急増させました。それに拍車をかけているのがスマホです。
私たちは起きて日光を浴びると、元気の素となる脳内エネルギーのセロトニンが活性化して覚醒します。
そして、日光を浴びてから約15時間後に、脳の松しょう果か体たいという部位から睡眠ホルモンと呼ばれるメラトニンが分泌され眠くなります。光と脳内物質の働きで昼夜のリズムが生まれるのです。1日のリズムに当てはめると、午前7時に起きると午後10時には眠くなる計算です。
ところがこのメラトニンは、外部環境が明るいと十分に分泌されなくなります。
ですから、夜にコンビニに行ったりスマホを眺めたりなどすると、目が覚めてしまうわけです。特にスマホにはディスプレイから発せられる「ブルーライト」という青っぽい光が含まれています。
この「ブルーライト」はメラトニンの分泌を減らすだけではなく、交感神経を刺激して脳を覚醒モードにします。
ちなみに、外科手術室もこのブルーの効果を活用しています。皆さんもテレビドラマで手術シーンをご覧になったことがあるでしょう。
手術する医師や助手、看護師が着るガウンは青色が多いです。患者さんを覆うシーツも同様です。それらは強烈な明るさをもたらすルクスの無影灯で照らされます。そうすると、手術スタッフの覚醒レベルと集中力を高める効果が生まれます。
この効果を同じように、寝室でのスマホ利用もブルーライトによって覚醒レベルを高めます。こういったら理由から、深夜にベッドにもぐり込んでスマホを触ると、睡眠に障害が出るのは当然なのです。
「スマホ不眠症」では、次のような症状が出ます。
・なかなか寝つくことができない(入眠障害)
・眠りが浅くて夜中に目が覚めてしまう(中途覚醒) ・朝早く目覚めてしまう(早朝覚醒)
なお、最近の研究で、人が熟睡しているときに認知症の最大の原因となるアミロイドβが脳のなかで掃除されることがわかりました。したがって、不眠症は認知症の大きな危険因子でもあります。
■スマホ酷使によるセロトニンの減少で「スマホうつ」に
スマホの酷使によるセロトニンやメラトニンの分泌減少は不眠症のみならず、うつ病とも深く関係しています。
もともと、不眠症とうつ病は鶏と卵の関係です。鶏と卵の関係とは、卵を産むのは鶏だけど、その鶏は卵から生まれるという「どちらが先か」という問題を意味しています。それと同じように、不眠症が続くとうつ病の発症リスクが高まり、またうつ病になるとたいてい不眠症を合併するのです。
『スマホ脳』(新潮社、2020年)の著者として知られるアンデシュ・ハンセン氏の母国スウェーデンでは、「抗うつ剤」の処方を受けている成人が100万人以上います。この数は、スウェーデン人の10人に1人以上がうつ病と診断されていることを意味します。ハンセン氏は、同書のなかでうつ病の急増はスマホの普及に比例していると述べています。
ハンセン氏は、うつ病の危険性を高める生活習慣として、次の項目を挙げています。
(1)睡眠の問題
(2)座っている時間が長いライフスタイル (3)社会的孤立
(4)アルコールや薬物依存 (5)スマホの使用
特に(5)がうつ病の危険因子となるのは、SNSによる自己肯定感の低下・不眠症・運動不足につながるからだと推測しています。SNSから膨大に流れてくる情報によって自分と他人を比較し、自己肯定感が下がる。スマホから発せられるブルーライトによって寝つきが悪くなる。いつでも、どこでも持ち歩けるスマホによって運動不足になる。これらがうつ病を発症する危険を高めているというのです。
ハンセン氏の分析はごもっともです。
ただ、うつ病は心や身体の問題というよりも脳の問題です。うつ病の原因は脳過労による脳の機能低下であると考えられており、もっといえば、セロトニンが枯渇し、脳の前頭葉の機能が低下した状態であると考えられています。
ですから、スマホによる脳過労の状態でうつ病を発症することはおかしくありません。脳内エネルギー物質のセロトニンが著しく枯渇しているからです。
スマホ使用に起因するこのうつ病を「スマホうつ」と私は呼んでいます。
「スマホうつ」になると、以下のような症状が出ます。
・不眠症
・不安症 ・対人恐怖症
・認知機能の低下
「スマホうつ」でも通常のうつでも脳内のセロトニンが著しく枯渇する状態は同じです。
■うつ病と合併しやすい「スマホ認知症」
「スマホ認知症」とは、スマホやパソコンなどのIT機器に頼りすぎることで脳の機能が低下する病態です。日常的に起きる症状は次のとおりです。
・人や物の名前が出てこない
・漢字が書けなくなった ・簡単な計算さえできない
スマホ使用による脳機能の低下をいち早く危惧したのは、ドイツの医師マンフレド・シュピッツァー氏でした。彼はデジタル機器の影響で大人のみならず子供たちの記憶力・コミュニケーション力の低下が起きている実態を報告しています。2012年には、著書『デジタル・デメンケア』のなかで「デジタル認知症」と命名して警鐘を鳴らしています。
日本では、私が最近の「もの忘れ外来」の経験からスマホが多くの人の脳に与える影響を論文で報告しています。著者『その「もの忘れ」はスマホ認知症だった』(青春出版社)にも詳しくまとめています。
「スマホ認知症」では仕事や家事などの生活に支障が出て、そこに自分らしく「考える機能」も錆びつき、人間性にも悪い影響を与える危険性があります。その症状やメカニズムはうつ病や本物の認知症になる危険も高まります。
ただし、認知症は進行・悪化する一方で治らないのに対して、「スマホ認知症」は、スマホの使い方を見直すことで改善できます。
奥村歩(おくむら・あゆみ)
脳神経外科医、おくむらメモリークリニック理事長。1961年生まれ。長野県出身。岐阜大学医学部卒業、同大学大学院医学博士課程修了。アメリカ・ノースカロライナ神経科学センターに留学後、岐阜大学附属病院脳神経外科病棟医長併任講師等を経て、2008 年におくむらメモリークリニックを開設。認知症やうつ病に関する診察を専門とする。日本脳神経外科学会(評議員)・日本認知症学会(専門医・指導医)・日本うつ病学会などの学会で活躍。著書に『その「もの忘れ」はスマホ認知症だった』(青春出版社)、『ねころんで読める認知症診療』(メディカ出版)、『「うちの親、認知症かな?」と思ったら読む本』(あさ出版)などがある。