こんにちは、令明です。
さて、私が15才の夏に夢みた2つのうち、「クライフさんに直接お会いする」は、16年後に達成出来ました。
そして、もう一つの夢である、「死ぬまでにワールドカップの仕事に携わる」も26年後の2000年に達成出来ました。
これは、それから更に12年後の時の写真です。
なので、成功する事は間違いないでしょう。
私が、2002大会の日本組織委員会(JAWOC)の事業部のスタッフとして、2000年の10月からお仕事出来たのも、「Kodakオールスターサッカー」のお仕事を続けていたからです。
オールスターサッカーのお仕事をしていた広告代理店で、よくお見受けしていた方からJAWOCでのお仕事のお話を頂きました。
その方とは、仕事場である広告代理店さんでお会いしても挨拶をする程度の関係で、ゆっくり2人だけでお話した事はありませんでした。
それが、2000年の春頃に私を探しているとその広告代理店の人から伺い、初めて2人だけでお話する事となりました。
私の一回りくらい歳上の方でしたが、開口一番『ワールドカップの仕事に興味はありますか?』という、私の夢のどストライクのお話から会話が始まりました。
興味もなにも、「私の夢です」というのは、ある意味初対面の方にはドン引きされても困るので、「勿論、サッカーをやっていた人間なら当然興味あります」とお答えしました。
結局、その方も去年初めて一緒にお仕事された方(仮にAさんとして)からのお願いで「誰かサッカーの詳しい人で日本組織委員会に出向出来る人を知らないか?」と聞かれ、Aさんに後日お会いすると、Aさんも組織委員会のBさんに頼まれた、という事で、私は全く初対面の方々のご縁で、夢であるワールドカップの仕事を約2年弱やらせて頂けました。
仕事自体は、やはり主体がヨーロッパなので、仕事のやり方とかでぶつかる事も多々ありましたが、それも含めて、私には夢の時間でした。
こうして、私の2つの夢は41才で叶えられました。
なので、2002年後、私は何を目的に生きていくべきなのか迷っていました。
一人娘の三人家族でしたので、家族を幸せにするのは当然として、私に何が出来るのか?
何の縁故も無い私でさえ、思い続ければ、夢は叶いました。
なので、これからの私の人生は、私に関わって頂く方々が少しでも幸せを感じて貰えるお手伝いをしていこう、との思いに至るまでに数ヶ月を要しました。
つまり、このブログのタイトルは、私が今まで関わって頂いた方々とこれから関わって頂く方々への感謝の意を込めて決めさせて頂いたものです。
次回からは、感謝の持つ不思議な力のエピソードをご紹介していきたいと思っています。
