昔々、ある都に、鏡の番をする夫婦がいた


鏡は都の高貴な身分の女性の持ち物で、

神事にも使い異界にも繋がる鏡

鏡は富と権力の象徴でもあり、

門外不出として預かる番人がいた


鏡の持ち主は都で一番の権力者の奥方様

奥方様は誰にも分け隔てなく優しく、

困った人がいれば金品や食べ物を分け与え、

服も髪飾りもきらびやかでなく、

権力とは遠く離れた質素な生活を送っていた


正直者で働き者、公平な意見を口にできる番人夫婦は

奥方様からとても気に入られた

奥方様は、番人夫婦に困ったことがあれば話を聞き、

できる限りの力で悩みを解決した

お陰で夫婦は誰からも信頼の厚い人望を得ることができ、

鏡の番人だけでなく、

権力者の側に近い、位の高い役職につくこともできた

暮らしぶりは裕福になった


そんな折、

時の権力者の力は失墜していた

治安が乱れ、

奥方様の命が狙われることが度々あった


奥方様は自分の持ち物から財産を出し、

これで世の中を平定してくれと懇願した

初めはなんとかまわっていたものを

何度も繰り返されると私財も底をつきてくる

奥方様は番人夫婦に頼んだ


「その鏡を返して貰えないか」


元々その鏡は奥方様の持ち物

鏡を返せば権力は奥方様に移り変わり、

世の中も平定され、

治安も落ち着く

番人夫婦は言った


「無理です」


その度奥方様は自分の私財を投げ払った

病に倒れ死のふちにありながらも

なんとかしようと尽力した


とうとうどうにもならなくなった時

何度目かの最後の頼み事をした


「その鏡がなければ全てが滅んでしまいます

あなたからその鏡を取り上げればあなた達夫婦が大変になることはわかっています

でも誰も滅んでしまうことはありません

どうか鏡を返して貰えませんか」


番人夫婦は言った


「ここにはありません

ですのでお返しするのは無理です」


番人夫婦は最後は嘘をついて奥方様を追い返した

権力を持った番人夫婦は変わってしまった

初めの正直者で働き者の夫婦ではなくなった

鏡があれば誰が滅んでも自分の権力はなくならない


時の権力は滅んでゆき、

奥方様はそのまま追われて命を落としてしまった


その後、

鏡の番人だった夫婦は権力者に台頭し、のしあがった

世の中を意のままに操り、欲しいものを手にし、

一族ではないものは人間ではない

と言われるほどに権力を掴んだ


それも束の間

違う勢力に滅ぼされ、

番人夫婦一族はそのまま滅亡していった


鏡の行方はわからなくなった






そんな昔々の物語


鏡さえ元に返していれば

知恵のある奥方様に富と権力は戻って

誰もが不幸になることもなく、

滅びることもなく、

番人夫婦もそのまま人望を持って、

一時の苦しみにあうだけで何も変わらなかったのに


一時の苦しみを味わうことも嫌で、

全てを奥方様のせいにして、

自分だけは生き残りたいととった行動の結果、

自分が身を沈めなければならなくなったという話


因果応報






これを読んで私は思った



奥方様はバカじゃないのか

知恵のある奥方様だったら途中で、

この番人夫婦はダメだ

どうしようもない と、わかったはずだ

なぜまだ番人夫婦に肩入れしていたのだろう


奥方様にも守りたい大事なものがあったはずだ

旦那様は何をしていたのだろうとも思うが、

きっと奥方様は旦那様と一緒にいたかったはずだ

それもなくして尽くしたことに何の価値があったのだろう


鏡が戻れば旦那様とも安泰だったからか

治安も良くなったからか

全てが丸くおさまるから、

自分の望みを捨ててまで、夫婦に肩入れしていたのだろうか


夫婦ごと世の中も全てをバッサリ切り捨てていたら、

きっと旦那様と2人どこかで暮らせていたのではないのか


いや、待て


もしかしたら、

鏡をあの夫婦が持っていたら先には滅亡するとわかっていたから

奥方様は元に戻したかったのかもしれない


そしたら誰も滅亡することもなく

幸せに丸くおさまると思ったからなのかもしれない



そんなにあの夫婦を信頼していたのか?

あの夫婦に幸せになって欲しいと願っていたのか?

滅亡すれば良いじゃないか



それなら、奥方様の人生ってなんだったんだろう

旦那様だけが奥方様の幸せだったように私は思う


大事なものを失ってまで守りたかったものは、

本当は何もなかったんじゃないだろうか



と、思った






物語の話だが、


奥方様には幸せになって欲しい


と、勝手に妄想した