自分がされて嫌だったこと
してもらえなくて寂しかったこと

そんなことはしない育児をと思っていた。

反面教師にしているつもりで。

アドバイスをもらっていた先々、線路を引くなと言う言葉の意味もわかっていなくて。

そして親と同じようなことをしていた。

わざとじゃなくて、よかれと思ってしていた、声かけしていた。

だけど、それが子供の考えると言う力を奪っていた(コミュニケーションも)


ある夢を見た。夢の中で、あせらせないで!と母親に訴えてイラついている私がいた。

たぶん、これは日常の中での我が子の訴えと同じ、心のイラつきと同じだろうと感じた。

日常の中で待つ、ということができていなくて。

お母さん、聞いて、という我が子の言葉。
待っているつもりでも。我が子にとっては私の待つ時間が短いために発せられた言葉だったんだなと。

そう感じた。