ローマの初代皇帝はアウグストゥス(第6巻)、

二代目ティベリウス、

三代目カリグラ、

四代目クラウディウスと来て、

暴君・キリスト教迫害者として悪名が高い五代目ネロまでを扱う第7巻。

厚いのに面白くて止められない。

最後は15巻。

まだ半分しか終えていない。

まだ一年はかかりそう。

幸せな読書体験が続く

子どもたちの勉強を見るパートタイムを

はじめて12年目になる。

 

自分が子ども時代には、

家庭教師というものがなかった気がする。

また、自分自身は大人に来てもらって勉強を見てもらう

必要を感じなかったので、

なかなか今の子の気持ちに寄り添うのが難しい。

自分なら、誰もいないほうが集中するし。

 

まあ、しかし生活のために家庭教師をするなら、

自分の存在価値を否定することを考えてはいけない。

 

家に出入りする教師がする第一のことは何か?

それは目の前の子どもを知ることだ。

やる気のまったく見られない困ったちゃんから、

今は勉強をしていないが、一旦やる気が出たら

猛烈に伸びる可能性のある子まで千差万別だ。

 

気質も違うし、精神的な病いを持つ子もいる。

学校に行けない子も珍しくはない。

 

この秋は、新しく中学生を2名、高校生を2名

教えることになった。

どの子も個性的で、毎日が新鮮である。

さて、今日もそろそろ出かける時間になった。

自助グループを運営していると

イヤでも集う人々の人柄が見えてくる。

その前に、自分も人柄を見られている。

 

人がらはどこに現れるかと言えば、

さりげない行動に現れる。

 

公民館を借りるには、予約が要る。

時に三ヶ月前、遅くとも一ヶ月前には

電話で予約する。

運営事務局に出かけて書類を書く。

無料で借りる公共の施設は、

掃除をしてくれる人は、使用者の他にいない。

 

机や椅子を並べてくれる人もいない。

代表、世話人、リーダー、主催者は、

ふんぞりかえっていては、何も始まらない。

 

人より早く来て、鍵を開け、

机を並べ、椅子を出し、

お茶菓子を出し、

終わったら、掃除をし、

黒板を消し、机の上のほこりをはらい、床のゴミを拾い、

忘れ物がないか確かめ、

全てを確認し、

所定の書類を記入して、

鍵をかけて、やっと終わる。

 

頼まなくても、それを手伝ってくれる人がいる。

彼は(彼女は)、感謝されたくてするわけではない。

誰かがしなければならないから、手を出すだけである。

 

それを人柄ということばで表すのは

ふさわしいのではないか。

 

誰にでもできるのだが

誰もがするわけではない。