君のいた街
(わたし何でこんな所にいるんだろう)
電車の車窓から景色を見ながらぼんやり考えていた。
次の駅を知らせる車掌のアナウンスが響く。
「おもちゃのまちって・・フフッ、変な名前の駅。」
初めての場所・・ひとりだけの遠出・・・
(おいおい、遠出じゃないでしょ これって「無謀」って言うんだよ。)
私は自分に話しかけた。
私の名前は千夏(ちか)。京都在住・・
昨日Googleマップで何となく見ていた宇都宮って場所に
今、私は来ている。
餃子も有名だし、元彼が宇都宮の人だったから
よく話をしていたのを何となく思い出したのもある。
それと本音を言えば仕事を解雇されたショックから
立ち直る為。
まあいろいろあったから・・
市内で餃子を食べたかったのだけど、ひとりで
店に入るのが恥ずかしくて結局食べずじまい・・
それに関西なまりが此処に来ると妙にはずかしい・・
(ここまで来てあんたバカじゃないの?)
どうやら関西人は一人突っ込みがDNAに染み込んでいるみたい。
気を取り直して、もっとローカルな場所に行く事を
思い立ち、オリオン通りを抜けて、東部鉄道へ・・
どこ行くあても無いのだけれど、とりあえず日光の方へ
行ってみようと思い電車に乗った。
(まあ外は暑いし、電車の旅が一番でしょ。
友達と一緒ならこんな事出来ないしね。)
間もなく発車・・・ドアは閉まった。
「前進あるのみ!」
小さくガッツポーズをする私。
夏の一人旅・・
今日の空は本当に綺麗なスカイブルー・・っていうより
大気のせいかしら、薄い水色って感じ。
麦畑が一面に広がって、少し高い所から見下ろす
この風景は最高!
吹き抜ける風が濃茶色の麦畑に「風の道」を見せてくれる・・・
黄金色にキラキラと揺らめきながら通り過ぎていく。
「風って、こんなに綺麗だったんだ・・」
突然旅に出ようって思った私の判断は、
満更じゃないね。(フフッ、自画自賛)
「そういえば元彼って壬生に住んでたっていってたなあ」
麦畑を見ながら、私はポツリと独り言をつぶやいた。
「あら、そうなの・・・」
何やら隣から声が・・・
「えっ!えっ・・だっ、誰ですか!」
見知らぬオバサンが、いつの間にか
私の横に座っていた。
(なっ・・何なの? この人誰?)
電車の中は人はまばら・・それなのに
そのオバサンは私の横にいつの間にか座っていた。
(確かに何処に座ろうと自由だけど、なんでこんな近くに
座るの?・・・?・・・)
「あなた、何処から来たの?」
「わっ・・私ですか?・・・」
「そう、あなた・・・」
(何、このオバサン・・・)
私の頭の中は混乱していた。もちろん電車の中で
話しかけられた経験位あるけど、
よりによって独り言に質疑応答しなければならないなんて、
こんな経験は初めてだったし、しかも内容が元彼なんて・・
「ごめんなさいね。あなたがとっても寂しそうだったから
つい話しかけてしまったの。あまり気にしないでね。」
私が動転しているのを察したのか、オバサンは
そっとわたしに話しかけた。
旅の途中で出会ったオバサン。突然の出会いだけど
別に悪い人じゃなさそう。
それに今の私、端からみると
傷心している顔に見えるのかなぁ・・・
もっともホントの事なんだけど。
「いえ、別にいいんです。こちらこそ済みません。
突然だったので、びっくりしてしまって・・」
「フフッ・・・よかった。お話してもいい?」
「ええ、もちろん。」
本当にやさしそうなオバサンだ。
それに私は、関東の人に気軽に話しかける勇気も無く、
おまけに傷心していると来たものだから
ますますブルーになっていた所だし、
今日の朝から誰とも話していないし・・・
(旅の道中で出会ったオバサン・・いいかも・・)
「あなた、関西の人?」
「はい、やっぱりわかりますか?」
「そうね、すこし言葉が違うから。」
「標準語話そうと努力してるんですけど
やっぱり訛ってますか?」
(関西人ってすぐにばれちゃうんだろうか・・)
「フフフ・・面白い人ね」
オバサンは私の顔を見ながら楽しそうに
笑った。
「あなた、お名前は?」
「千夏です。」
「そう、千夏ちゃんねっ」
(ちゃん・・て言ってくれて何だか嬉しい。)
「オバサンの名前は何て言うんですか?」
「私は和枝って言うのよ」
「和枝さんですねっ」
和枝さんは壬生町に住んでいると言う。
私の元彼と同じ所だ。
さっきの独り言を聞いて、声をかけたのは
和枝さんが住んでいる町が、元彼の住んでいた街と
同じだからだと言う事がわかった。
「不思議な縁ね。千夏ちゃんの彼が壬生町の人じゃ
なかったら、この素敵な縁はなかったのね」
和枝さんは本当に笑顔が素敵な人・・・
「あの・・彼じゃなくて、元彼なんですけど・・・」
「あらあら、ごめんなさい」
又二人で楽しく笑った。
それから和枝さんと色々な話をした。
私が仕事を解雇されたいきさつや
あのいまいましい出来事・・・
同僚からイジメを受けた話・・・
上司のセクハラ・・・
「本当に苦しかったのね、千夏ちゃん・・」
和枝さんは本当に一生懸命私の話を聞いてくれた。
そして、いっぱい涙を流してくれた。
私の悔しさを晴らす様に・・・
「千夏ちゃん、カワイイからきっと嫉妬していたのよ。」
「私、ちっとも可愛くないです。」
「そう、でもあなたは心が優しいのよ・・・」
私は自分の事、優しい人だなんて思えない・・・
あの日・・解雇された日だってみんなに
ありったけの罵声を浴びせて辞めたし、それに
悔しくて、自分の部屋のすべての物に
当り散らしたし・・・
自分の心がすさんでいく事を止める事も出来ず、
自分の本性が見えた感じで死にたいと思う程だった。
逃げたかった・・・とにかく自分から逃げ出したかった・・
「千夏ちゃんはこれからどうしたいの?」
和枝さんは本当の母のように真剣な面持ちで
私に問いかけた。
「私、変わりたいんです。」
そう・・・そっくりそのままこの体と心を
変えてしまいたい位だった。
「千夏ちゃん、何かしたい事があるの?」
和枝さんのこの言葉は本当に私の胸に突き刺さってきた。
だって私はいつだって何をやっても中途半端・・・
これといってやりたいこともないし、特技も無い。
高校の時も成績は中の下位だったし、
短大の時も一応英文科だったけど、英語なんて
中学生以下だし・・
何をやっても本気になれない・・・唯一元彼の一樹、
壬生町出身の一樹とのひと時だけが本気なれた位。
(だからこの場所を旅の目的地に選んだのかもしれない・・・)
「和枝さん・・・私、なにも自信がないんです。」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてきた。
うつむいてしまった私を、和枝さんはぎゅっと抱きしめてくれた。
「大丈夫・・・大丈夫よ・・・千夏ちゃん。」
それからずっと、和枝さんは私のことを抱きしめていてくれた。
「千夏ちゃん・・・この先にあなたの求めているものは何も無いから
もう帰りなさい・・私が宇都宮駅までついていってあげるから。」
「でも和枝さん、壬生駅もうすぐでしょ?」
和枝さんはにっこり微笑んだ。
「壬生駅はもうずっと前に通り過ぎたわよ」
和枝さんは私の頭をなでながらやさしく話してくれた。
「私の降りる場所なんてどうでもいいのよ、
今の私にとってここにいる千夏ちゃんの心が一番大切なの・・」
又、大粒の涙が出てきた・・・
知らない場所で、初めて出会った人に
有り得ない程の愛情をもらって、
わたしの心をやさしく包んでくれて、
精一杯の心で励ましてくれる。
和枝さんに抱きしめられた瞬間、私の中に未来へ歩こうと
する力のようなものが生まれた・・・
「私・・・私・・・もう一度、もう一回
京都に戻って・・自分を見つける。」
和枝さんは又、今まで以上に強く・・私を抱きしめてくれた。
・
和枝さんは本当にJR宇都宮駅まで送ってくれ、
道中もずっと私の手をしっかりと握っていた。
東部宇都宮駅を降りた時に、和枝さんは、ケーキを買って
私に持たせた。
「千夏ちゃん、帰りの新幹線でお腹がすいたら
食べなさいね、甘いもの好きでしょ。」
「こんなに食べれないよ、和枝さん」
「なに言ってんの、おいしいケーキだからいっぱい
食べれるから大丈夫!」
(和枝さん・・・さすがにこの大きさは無理だよ・・)
私達は2人でお腹いっぱい笑いました。
・
宇都宮駅で和枝さんは、わたしにこんな事を
話してくれた。
「千夏ちゃん・・オバサンの言う事をよく聞いてね。
あなたには今2つの道があるの・・
一つは自分の歩けそうな道・・・もう一つは心が求める道・・・
歩けそうな道は楽に見えるけど、誘惑も多いのよ。
何気ない言葉に傷ついたり、好きな人に心を振り回されたり
本当に色んなことがあって、小さな後悔に振り回されてしまうもの・・
心が求める道はつらい事も多い道だけど、
つらい事の全てがあなたの強さに変わっていくのよ、
そして、その道は人に勇気のお裾分けをもしてくれるのよ。
今すぐじゃなくてもいいから心が求める道を必ず見つけなさい。
オバサンはどんな時でも千夏ちゃんを心から思っているからね・・・」
「和枝さん・・・有難う御座いました。」
「千夏ちゃん、また会いましょうね・・・絶対にね・・・」
・
・
京都への車中で私はケーキの箱をそっと開けてみた。
とてもおいしそうなシフォンケーキだった。
(和枝さん、これ高かったでしょ・・・)
私にはこの丸いケーキが、和枝さんの笑顔に見え、
まるで和枝さんの声が聞こえるような気がした。
(柔らかく、やさしく、たおやかな心で行きなさい)
そんな言葉が聞こえてくるようだ。
和枝さんを思って、又涙が出てきた。
(わたし・・・パティシエになろうかな・・・)
又中途半端な感情に浸っているのかもしれないけど、
誰かの心が喜ぶような仕事がしたい。
今からでも遅くないから、何年かかっても
おいしいって喜ばれるケーキが作りたいな・・・
そして一樹・・・
君のいた街に・・・あの素敵な人がいた事に・・・
・
感謝・・・・
(参考) 手作りシフォンケーキ (本当においしかったので今回のストーリーにぴったりだと思いました。)
この本は結構きますよ・・
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穏やかな場所
「雄太、 この水おいしいー! 早くおいでよぉ」
沙希は僕の彼女・・付き合って4年目だ。
「ここの水、本当においしいんだから・・ほらっ、こんなに甘い・・
ひゃっ 冷たい・・」
いつもそう・・沙希は自然の中を散策していると、本当に楽しそうだ。
だが僕は、大のアウトドア嫌い・・・しかも山を分け入って清流探索なんて
たまらなく嫌いだ・・・
「なんでおまえなんかと付き合ってるんだ・・」
僕は少し愚痴めいたことを小声で言った。
どうせ聞こえないし、聞こえたっていつも知らん振りだ。
今日もきっと聞こえてるはず・・でも案の定 聞こえない振り。
(それになんだよ、その格好・・ピンクの運動靴にハイソックスって、
今時そんな格好小学生でもしてないぞ・・
とにかくおまえといると恥ずかしいんだよ。
まあ、さすがにこんな事面と向かって言えないが・・)
それでも沙希は嬉しそうだ。
「雄太、なんでもいいからとにかく飲んでみてよ、ほんとおいしいから・・ほら・・」
楽しそうに話しかけて来る。
沙希は両手いっぱいに水を救って僕に差し出した。
(こんなおせっかいな所が本当にいやだ・・)
「だからいつも言ってるだろ、そういうの嫌いなんだって!」
少し苛立たしかった僕はとっさに口走った。
早希は暗い表情でうつむき加減に少し目をそらした・・
(えっ・・おい、ちょっと待てよ、なんでそんな暗い顔するんだよ・・)
沙希はいままで見たことが無い程寂しそうな顔をした。
こんなに悲しい顔をした沙希を見るのは初めてだ・・
「じょ・・冗談だよ、馬鹿だなぁ・・」
僕は岩肌を流れる水を手のひらで掬うと、少し口をつけた。
飲みたい訳じゃない、沙希に少し悪いと思ったからだ。
「ねっ、おいしいでしょ!」
沙希に笑顔が戻り、本当に嬉しそうだ。
だが僕にはどうしたっておいしいと思えなかった。
両手ですくった水の中には岩肌に付着していた苔が
入っていたし、第一水を飲む習慣が僕にはない。
いつもパソコンを睨みながらコーラーを飲むのが
僕の日課・・・というか仕事だからだ。
昨日も仕事で徹夜に近い状態だった。
それに最近は同業者も多くて収益を得るのが大変な事も重なり、
疲労感と苛立ちは否めない状態だった。
「なんかおいしそうじゃないね・・」
この沙希の何気ない一言は僕の感情のひだにふれ、
抑えていた気持ちが一挙に吹き出した。
「だからいつも言ってるだろっ こういうの嫌いなんだよ!」
瞬間、沙希の顔が引き攣った・・
「ごっ・・ごめんね。そうだよね、雄太寝てないもんね、
当然だよね・・・無理言ってつれて来てくれたのに雄太疲れちゃったね・・
ごめんね、もう帰ろうね。」
「ったく・・何だよ・・」
「ごめんね、ごめんね、帰ろうね・・・」
そして僕たちは一言も会話することなく車に向かった・・・
・
帰り道・・間もなくやって来る豪雨を知らせる重い雲達に、
暮れかけた夕焼け空は、その穏やかな場所から追いやられようとしている。
いろんな意味で空気は重く感じていた・・・
少し震えた声で話しかけてきた沙希は、きっとその時精一杯だったのだろう笑顔で
一言だけ・・そう、たった一言だけ僕に話しかけてきた。
「もう終わりにしようね・・・」
沈黙はしばらく続き、昨日からの疲労の続きに流されていた僕は、
沙希の言葉の意味すら受け止めようとする心も無く、
無意識のうなずきを繰り返していた。
帰り道は果てしなく遠く感じた・・・
1時間程で沙希の住んでいるマンションに到着した。
この辺も雨が降ったのだろう・・路面も濡れ、
マンションの屋外灯がぼうっと光っている・・
地方から出てきた沙希は、5年程前から一人暮らしをしている。
このマンションでずっと一人で過ごしてきた。
無言でうつむいた沙希は、車から降りるまでの少しの時間に、
自らの意思がぶれない事を確かめた後
車のドアをゆっくりと開けた。
「ねえ、雄太・・・」
もちろんこの後の言葉は想像していたし、それなりの覚悟もしていた。
「お水・・・ちゃんと飲んでね。コーラばっか飲んでちゃ体に悪いからね・・」
「何だよ、変な事言うなよ・・」
避けたかった・・・とぼけたかった・・・クスッって笑って欲しかった・・・
(卑怯だ、ほんと卑怯だよ。クズだよ・・俺何逃げてんだよ・・・)
でも沙希はクスッって笑ってくれた・・・
「雄太・・・元気でね・・」
それが沙希の最後の言葉だった。
・
程無く沙希は郷里へ帰ったらしい。
いや、らしいではなく本当はもう一度やり直したくて
別れた1週間後に沙希のマンションを訪ねたのだ。
又いつものように会えると思っていた。
だがマンションにはもう早希はいなかった。
マンションを出て行った事を管理人に聞いて、
郷里の住所すら聞いてなかった自分に始めて気がついた。
管理人さんに長野に帰ると言っていたと聞いた。
長野まで飛んで行った・・・場所すらわからないのに・・・必死だった。
車中で自分を責めながら、色々な事を思い出していた。
あんなにやさしい、世話好きな女の子はいない、いや、絶対いない、
まるで母さんみたいで、嫌だったけど、
服もダサくて、一緒にいて恥ずかしかったけど、
そんなの僕が沢山稼いで、いくらでも買ってあげられたはずだし・・
別に服なんて個人の好みだから、自分が好きだったら良いじゃないか。
それに、自然が好きだなんておおらかな気持ちの表れじゃないか。
気がつけば、あんなに嫌がっていた早希の全てを僕は受け入れていた。
そして、心が折れるまで探し歩いた・・・
「嘘かもしれないな・・・長野って」
よく考えると、別れた1週間後にマンションから引っ越しているなんて、
早希は事前の決意をしていたのだろう。
そして、それ程までに傷つけるような事をきっと僕はしてきたんだろう。
だったら・・・だったらもう追いかけるのは止めよう。
又早希を傷つけてしまいそうだから・・・
・
早希・・・・
・
・
あれから4年の月日が経つが僕の心はまだあの場所に残っている。
さりとて月日が流れた事によって変わったことも少しはある。
もうコーラはやめた。
僕は水がおいしいと感じるようになった。
早希の最後の心配を無駄にしたくなかった。
最後に2人でいった、あの時のあの水を
僕は今でも飲んでいる。
沢山の後悔と、早希なしで生きようともがいている自分との狭間で・・・
この水・・・ほのかに甘い水・・・一生のみ続けよう・・・
早希への懺悔の念と、本当のやさしい思いを忘れない為に・・・
(参考)
今回、モチーフになった場所と素材

