日杜朔夜(ひなもりさくや)☆風の杜通信

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カードリーディングやフラワーエッセンス、各種エネルギーワークの伝授をしていますが基本食いしん坊のお散歩(迷子)大王、きっと日々雑多なお散歩だより(笑)

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友人と3人で映画に行って来た。

福岡市にある高取保育園の食育の取組みを描いたドキュメンタリー「いただきます  みそをつくるこどもたち」。



食べることは、生きること。


映画の中で何度も語られるメッセージ。
天地(あめつち)の恵みに感謝して食べよう。
永きに渡り日本人が食して来た和食のポテンシャルを見直そう。
体は食べたもので出来ている。
本物を食べよう。
幼児期の食は大人になっても忘れない。

画面の中で動き回るこども達の溢れんばかりの輝く生命力は毎日の食から
来ているのだと想像に難く無い。

残さずきれいに食べるこども達。
美味しいとにっこり笑うこども達。
食を通じて健やかに育つこども達。
それを目の当たりにしながら学ぶ彼らの親。

そして高取保育園の食を支える農家の方、味噌作りに使う糀を育てる
麹屋さん、そして給食のおばちゃん。
目の前の園児達は勿論、まだ見ぬ先の世代に届くようにと自分の仕事に
信念と誇りを持っていてみんな素敵でカッコいい。

昨今のチャラい承認欲求丸出しのスピ系や、スピごっこの何か言えば愛だの、
地球防衛だの、平和がどーたらの薄っぺらいこと。
日本人の食があるべき姿に還れば愛も平和も地球防衛だって出来る。

ラピュタのシータだって「土に根をおろし、風と共に生きよう。
種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう。」と言ってる。

地に足をつけて、在るべき場所で出来る事から。そう思った映画だった。
友人が引っ越すため、不要になったキャットタワーを頂いた。

置き場を確保する前に組み立ててしまったので、部屋の掃除と模様替えせなあかんね😅

さくにゃん探検中ー😆


今日はお弁当を持って、以前同じ団地に住んでいたイケメン男子に会いに行って来た。

その子が小学生の頃にネグレクトではないかと近所でずっと噂があって
ある日、団地の階段下でグズグズして学校に行こうとしないその子に声をかけたら、
今日は遠足だけどお弁当を作ってもらえなかったから学校に行きたくないのだという。

5分待てと言って、おむすび作って持たせたのが縁で彼が高校を卒業するまで
朝ごはんのおむすびと、昼のお弁当を作って渡してた。

お弁当箱を自宅に持って帰れないから、保健室で洗って返してくれてそれに添えられた、
ノートの切れ端にごちそうさまでしたと書かれたメモが嬉しかったな。

何かね、子どもが飢えるというのが堪らんかったのね。
世界の飢えてる子どもが!とか、日本の飢えてる子どもが!とかそんなのはどうでもいいの。
そんなグローバルな視野の人ではないし。
見知った顔の子が飢えるというのが堪らんかった。

でも、その子には生まれた環境は選べなかっただろうが迎合するな、抗えと。
風呂くらい自分で沸かせ、飯の支度くらい出来るようになれと。

高校を卒業する年には自分で朝ごはんにパンを焼いて、週の半分は自分でお弁当を
詰められるようになってたキミ。

高校を卒業して何処かへ引っ越してしまったけれど、10年くらい前に小学校の
栄養教諭(給食を通じての食育)になりましたと会いに来てくれて嬉しかった。

あの頃の自分の命を繋いだのは学校の給食とあなたのおむすびでしたと言われて何だか泣けた。
お風呂に入れてもらえない、ご飯を作ってもらえないと、どこかで自分を可愛そうだと
思っていたんだなと今なら分かりますと笑う彼。

そして今日。
久しぶりに連絡が来て会うことに。
某所展望台でお互いが作ったお弁当を交換して食べた。

写真を撮り忘れたのは痛恨の極み。orz
桜でんぶのごはん、うぐいす豆の甘煮、出汁巻玉子、ピーマンの焼き浸し、鮭の浸け焼き。
お弁当は春の景色だった。