夕べはタイ料理をはしごして、がみくった。というような記録が3年後書けたとしたらどんな脳の持ち主だらふ。私の知人がそうで、重度しょうがい者の部類で苦節50年の記念誕生日に付き合えというのがリクエスト。正否は徹底するほうなので、タイ料理店のどこどこでどのような訳ではしごにイタリアンしてパッタイやでは盛り上がったのかは、2022年ごろの彼の日記に出てくるまでは他者には想像を絶する。だが、楽しかったことは確かで、たぶん、ぜったい、女給さんや店長の地元ではレジェンドのバンドン化石な話で酒類を空けてきたのだった。当夜のご会計の半切れを探せばパッタイやら食って飲んで騒いだ具体性が判明するんだった。
がががが、1年も経たぬうちに胃の腸のメンテナンスで入院中であることから、重度しょうがいしゃの末期的症状なのかは個人差があろうが、彼の場合はやられていることは、吐しゃのはしごもにも日田の夜に学生さんと付き合ったのでかなり確率は高いと、現主治医様に申し上げておきたい。
そして、胃の腸の恢復の暁には、懲りないバカ騒ぎに付き合わされる覚悟はできている。彼の愛する若草通界隈で。
歯科のかかりつけは、霧島町の難波江先生で、受付のソファで山と渓谷などマニアックな蔵書を拡げる愉しみがあって、広い窓から野鳥が飛来する季節も味わえる隠れ家でも、歯カフェでもあった。馴染んだ給水具からちろちろと出てくるうがい水も渓谷の川の水っぽかった。
そんな蜜月もとうとう終わり、不良患者の部類で仮付けのままの前列四歯を使い続け、再診のないままの別れであった。
なので、続きの院を見つけたときは、愛犬との散歩中だったので、でかしたぞよランと快哉を上げた。見上げた診察室の窓辺では助手の技工士が白いエプロン姿でタオルを日に当てていたのだった。
2度目の治療ではレントゲンで親知らずが眠ったままなのが判明。人類の進化の痕跡という人になる象徴プロセスが未完のまま眠る我が口腔。個性の自覚での不釣り合いな性格の意味が判明したわけで意図する未来に通院からリセットすることとなった。
辞めブロ:GAZZO 新規ブロ:LUKUMO 出戻ブロ:canpan 常設ブロ1:so-net 2:アメブロ 3:bloger 4:sns部インスタグラム tumbler 現在不明 Twitter   出向 wordpress
多分未認知どこかに
ブログ残高:壱拾え~んなり
5月10日はリクエストに応えてJR宮崎駅頭で、被祝車を待つ。エレクトリック4輪ドライバーの赤ヘル50歳は巌流島に遅れて小次郎を不審がらす。カーカー。駅のフライヤーを詳しく解読すると現行している貸し切り列車の旅で、日向新富駅まで生ライチ試食旅が往復して、帰着後ディナーでツゥーマンエーセン近日実施と。らくだ號を旧国鉄時代に走らせた従兄弟のマッチ氏の志を回顧する。彼には近年海幸山幸にも乗せられた。
続きは次回へ
平成ラストサマ一生まれの次郎物語。母とはじれても乳吸う決め車は令和へとつながって行く





山山ばかり野山ばかり、人間もムスリム系少女たちが目立った。車両
太秦の孫娘最新版の紗良ちゃんが新デスクに手をつき新年号記者会見にのぞむ写メby次男のとっくん


昭和最期の天誕日生。88パルパル年はソウル五輪と自粛の秋、ワシントンDC帰りの土産はパンプキンスーベニア、4Hセンター売店で記念ハットやらバクガイ。

メメちゃんは隻眼猫。奥歯も弱々で、だからヘレン・ケラーのようにー仲間飼主と共に生き、子どもたちとつながり、この世界を変えていく