数日前までは蕾だった里桜が今日は花開いていました。
コヘレトは言う。
空の空
空の空、一切は空である。
太陽の下、なされるあらゆる労苦は
人に何の益をもたらすのか。
一代が過ぎ、また一代が起る。
地はとこしえに変わらない。
日は昇り、日は沈む。
元の所に急ぎゆき、再び昇る。
南へ向かい、北を巡り
巡り巡って風は吹く。
風は巡り続けて、また帰りゆく。
すべての川は海に注ぐが
海は満ちることがない。どの川も行くべき所へ向かい絶えることなく流れゆく。
すべてのことが人を疲れさせる。
語り尽くすことはできず
目は見ても飽き足らず
耳は聞いても満たされない。
すでにあったことはこれからもありすでに行われたことはこれからも行われる。
太陽の下、新しいことは何一つない。
見よ、これこそは新しい、と言われることも
はるか昔、すでにあったことである。
昔の人々が思い起こされることはない。
後の世の人々もさらに後の世の人々によって
思い起こされることはない。
(コヘレト1:2-11)
旧約聖書の中の『コヘレト』という書の一文です。
「空」という言葉が36回も出てくる不思議で難解な書です。
「空」という言葉から、『般若心経』の「色即是空」に通じていると勘違いする人も多いそうです。
しかし、何故か理解はできなくても日本人にはなじみやすい雰囲気の文章です。
「空」とはヘブライ語で「アベル」といい「時間的な短さ」「儚さ」を意味する言葉だそうです。
人生は短く、儚い
だからこそ
生きよ
とコヘレトは教えているのだそうです。