1965

1965

昭和40年・・・
この時代にタイムスリップしたい。。。。

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3月11日(金)に発生した三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震により、

亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、

そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。

一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます。



女優の 藤原紀香さんが インドで出会った お坊様のお話です。
『紀香魂』(藤原紀香)より、抜粋して ご紹介させて頂きます。


インドで、ある一人のお坊様との出会いがあった。
中村行明さんという、お坊様たちからも 尊敬されている 32年間インドに住んでいる お方。
彼は、スマトラ沖の 地震の時もすぐに 現地に飛んで、お経を読んだり、

困っている人に施しをしたり、世界中を 飛び回っているような人。

故マザー・テレサさんとも交流があった。
偉い方なのに、腰が低くて、いつもニコニコ笑顔で、それでいて、言うことに 説得力がある。
すごく 勉強になったのは、魂のことや スピリチュアルなことだ。


彼にとっては、普通のことなのだろうけど、私は、興味津津でいろいろと 質問を浴びせかけてしまった。
「天国、あ、仏教でいえば、極楽浄土って 本当にあるんでしょうか?」
「ありますよ。でも、ほとんどの人が、行くことができません。本当にこの世で大変な修行をしたり、人のために、いろんなことをしないと 極楽浄土には行けません。」
「え? でも中村さんみたいにすごい 修行をされて、世界のために いろんなことをしてる人だったら行けるのでしょう?」
「僕でも 行けません」 「中村さんで行けないのだったら、ほとんどの人は行けないですね」
彼は笑って「はい」と答え、「じゃあ行けない人たちは、どうなるの?」と聞くと、
「次のお腹を探すんですよ」


人は、生き返るために 死んでから49日以内に 次のお腹を探す。天国ではなくて、また次の肉体を探して 世の中のために生きていくというのだ。まさに目から ウロコだった。
今、出会っている人たちは、来世でも会うものだもおっしゃった。会わない人とは 一生会わない。それが人の ご縁というものだそうだ。もちろん関係性は、今とは違うらしい。友人、両親、恋人、兄弟、師弟、自分を 成長させるためのいい ライバルなど。


また、「人に何かを してあげたことは、必ず返ってくる」とよく言うけれど、その関係性は、プラスマイナスになっているのだという。
例えば、ものすごく 今世であなたのことを 好きだと言ってくれてる人がいて、

でもどうしても その人の気持ちに 応えられず「ごめんね」と何度も断っているとする。

するとそれは、前世で あなたのことが、好きでしょうがなかったのに 何回も振られた人だと。その逆もある。
前世は、1回ではなく、何度もあり、肉体は、滅びても 魂だけはいろんな人生を 生きているという。
でもどこかで プラス、マイナスゼロになっていて、もし前世で悪いことをしていたら、今世で自分も そういう目に 遭うなど”因果応報”全部そんなふうになっているという。


こんな話もあった。
「今この世に必要なのに、なんであの人 こんなに早く死んじゃったの?

っていう人がいますけど、どうしてなんでしょうか?」


私はずっとそれが、分からなかった。今、この世に必要な人なのに、「どうしてあの人が」とか「なんであんないい人が」とか「世界のために これから何かする人が」亡くなってしまうのだろうと。


故ダイアナ妃もそうだ。私は、彼女のことが大好きだったから ニュースを聞いたとき、とても悲しかった。彼女の 笑顔を思い出して「神様って本当は、いないのかな?なんで今、彼女が死んじゃうの?」と。
すると彼の答えはこうだった。


「次の世界にすぐ必要だからですよ」
世紀末が、あると言われていたり、ものすごい戦争が起こったり、

未来に大変なことが起こると言われている世の中だから、

その危機から 人々を救うためや、そのときに、人のために何かをするために。

次の世界に、働き盛りの2、30代に生まれるために、今”死ぬ”のだそうだ。


すでに 今の世界では、他にそれをできる人がいるから、今死んで、すぐ次のお腹を探し当てて、違う人物か 何かになってどこかで生まれているのだいう。だから、故ダイアナ妃も もうどこかで生まれているかもしれない。

肉体は、まったく変わって記憶もなくなるけれど、魂は一緒なんだそうだ。

(ただし、自殺は、いけないと。どんな理由であれ、授かった命を 自分で絶つと、一生魂は、さまよい、生まれ変われないそうだ)。


そして、私達が、まだ天に召されないのは、この世に、他の誰でもない 自分が、やらなければいけないことがあるからなのだ!それが使命だ。世界に かかわる大きなことだけが、使命ではない。隣にいる誰かを 幸せにすることも使命なのだ。


「ああ、だから私達は、生きてるんだ」
インドですばらしい出会いをした私。 インドに呼ばれた意味がわかった気がした。



この出会いに感謝である。



子供のバスケの試合の応援のさなか・・・・・


1本の電話が鳴った。


「Nさんが亡くなった・・・・」


その時、応援で声を張り上げていたが・・・・


絶句してしまった。


交流のあった友達も沢山そばにいて悲しみに包まれた。



頑張ったんだよね・・・・


精一杯生きようとしたんだよね・・・・・


でも少しだけ疲れちゃったんだよね・・・・・


子供たちが、しっかりしているから安心したんだよね・・・・・




あの笑顔をもう一度みたい・・・・


あの歌をもう一度聴きたい・・・・




どうして貴女なの?


なんで早くに行かなければならないの?


そんなに急がなくても良かったのに・・・




天に召されても、暖かい目で家族を見守って上げてください。

安らかにお眠り下さい・・・・



ありがとう・・・・さよならは言いません。


数年後一杯飲みながらカラオケでもしましょう・・・・