体調を崩して会社を休んでから、一年と二ヶ月の月日が経っていた。外出するのも何週間かに一回だけ。近所のコンビニに行くぐらいのことだった。食品でさえもネット通販で買える便利な世の中だ。

 今日はなんとなくコーラを飲みたくなったので、久しぶりにコンビニに出かける。住宅街から歩いて五分。人通りは少ないはずだった。しかし、なぜか女がイケメンにナンパされているところに遭遇してしまう。

 関わってはいけない。そう思いながらも、僕は素通りすることができなかった。

 女は腰まであるボサボサの黒髪。薄汚れた白装束のようなものを着ていて、誰もが声をかけようと思えるような女ではない。

 それにも関わらず、相手の男は芸能事務所に所属しているようなイケメンだ。黙っていても、女性が近づいて来るような男がなぜ?

 「助けてください。この人、宇宙人なんです」

 ――しまった。もっと早く立ち去ってしまえば良かった。

 女が僕に声をかけたのは明らかだ。でも、まだ間に合うかもしれない。僕は、何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとした。ただの人間ですら関わりたくないのに、宇宙人なんてもっての他だ。

 「ちょっと持ちなさいよ。このヒキコモリングが共鳴しているの。あなたは適合者なのよ」

 「いえ、けっこうですから」

 あまりの素早さに驚きはしたけれど、女が僕の前に立ちふさがっている。イケメンは薄ら笑いを浮かべながら、ツカツカとこちらに歩いて来る。

 「そいつが適合者なのかい?それは都合がいいじゃないか。僕ってツイテいるよね」

 目の前の女が変なブレスレットを僕の手に握らせる。それは、一昔前の玩具みたいにピカピカと安っぽい光を放っていた。

 ――これはひどい。神秘性の欠片も見当たらないな。

 どこかで僕が選ばれし者なのでは?と、期待していたのかもしれない。ブレスレットを見た僕は、自分でも驚くほどにがっかりしている。

 「あの、僕ちょっと忙しいんで失礼します」

 早く帰ってコーラでも飲もう。そう思った時だった。

 「ああ、久しぶりに元の姿に戻れたよ。残念だけど、もう君はコーラを飲めないんだよ」

 イケメンが、耳の大きな怪物に姿を変えていた。僕の体は喜びにうち震えている。

 ――あっちが本物なら、こっちも本物に違いない。

 「さて、これはどうやって使うんでしょう?」

 ブレスレットを身につけながら、白装束の女に尋ねる。僕の心変わりに目を見開いた彼女が慌てて答えてくれる。

 「あ、あの、あなたの気持ちし、次第でブ、ブ、ブ、ブレスレットは答えてくれるの」

 ――曖昧だな。とりあえず、言ってみるか。

 「変身っ」


 光に包まれたかと思うと、僕は青色に統一されたプロテクターを瞬時にまとっていた。

 ――とりあえず、変身はできたみたいだな。あとはこれがどんな能力を持っているかだ。


 これが僕がカオガブルーとしての初戦となった。

続く
昨日から超能力を使い始めた。

どうして今まで使わなかったのか自分でも不思議でならない。いつでもどこでも、好きな時に好きな場所に行ける。

人の心もある程度までなら読めるので、とても便利だ。遠くの友達に簡単にメッセージを飛ばすこともできる。

超能力者同士なら、口に出さなくても頭の中で会話ができる。まさに良いことだらけなのだ。

しかし、それも長くは続かなかった。テレポートはすぐに法律で禁止されるようになったのだ。

半径5メートルの誤差で目的地に到着できるのだが、これが危なくてしょうがない。

私自身も走行中のトラックの目の前に現れてしまったことがあり、危うく命を落としてしまうところだった。

テレパシーもそのうち誰も使わなくなった。心を読まれるとわかっていて、近づいて来てくれる人間などゼロに近い。

遠くにメッセージを飛ばすだけなら携帯電話で十分できる。体力を使うより、携帯のバッテリーを消費した方がよっぽど効率が良いと誰もが気づいてしまったのだ。

結局、一時的な流行りで終わってしまった超能力だけれど一つだけ良いことがある。

一度でも超能力を使った人間は思いやりを持つようになったのだ。人の気持ちを一度でも読んだ人間達が自分の行動を改め始めた。

そういえば、最近戦争が起きているというニュースも聞かなくなった。

ほんの一時期だけ超能力を使ったテロリスト達が現れたのだが、それも一、二度だけに終わった。

彼らは世界中の悲しみを一度に浴びたのだ。テロ行為など続けられるわけがない。

これまでの間、どうして超能力を使わなかったのだろう?

未だに僕は不思議でしょうがない。

「さて、君の分身なんだけど」

紅茶の最後の一口を飲みながら、男は立ち上がった。コツコツと足音を立てながらゆっくりとその辺を行ったり来たりしている。


「能ある鷹は爪を隠すって言うね。つまりは追い詰められたネズミが猫に反撃するという筋書きになっている。わかるね?」

「それは窮鼠、猫を噛むですよね?」


男の足音は全く乱れない。

「ああ、そうとも言うね」

「そうとしか言わないです」


コツコツという足音は常に一定のリズムはを刻んでいる。彼には間違いなんてどうでもいいらしい。

――黙っていればイケメンなのに、この男と話していると疲れるわ。

彼は、悩める顔で窓際にゆっくりと歩を進め始める。古いドラマでこんなシーンをよく見たことがある。なんか色々面倒くさい。


「つまりは窮鼠が牙を隠すと死んでしまうよね?ってことなんだ」

――鷹はどこへ行ったんだ?

そんなことが頭をよぎるが余計に話が長くなりそうなので黙っておいた。もうこの話は断ろう。やっぱり、私の分身を作るなんて端から不可能だったのだ。


私がそんなことを考えている間に、男は私の後ろに立っていた。窓際にいたはずなのに、いつのまに移動したのだろう?


どういう訳か、まぶたが急激に重くなっていく。後ろから男が耳元で囁いた。


「でもね。知らない間に追い詰められると爪も牙も出しようがないんだよね」


丸山社長の薄ら笑いだけが目に浮かぶ。もう何も考えられなくなっていた。意識がどんどん薄らいでいく。


「鷹はね、ここに、いたんだよ」


私はすでに気を失っていた。