更年期障害の一症状と思われる、自律神経失調症を発症してから4年。
眩暈や息苦しさ、頭痛、怠さといった身体の症状がきつかったのは最初の一年でしたが、
東日本大震災を挟み、今考えればあれが「鬱」や「引きこもり」だったのだろうと思われる
精神的な症状にどっぷり嵌まってしまっていたのが、三年目であるこの一年間でした。
自分の苦しさが被災者の方たちの苦しみにリンクするような気がして、
新選組や山本耕史を追いかけるのが何か不謹慎な気がして、
追いかけたいのに追いかけられない、というジレンマを抱え込んでおりました。
格差の拡がる社会、先の見えない福島第一原発の作業、
関東以北に住んでいるとどうしても気になる放射性物質の飛来や内部被曝。
今の政権が隠そうとすればするほど、触れないようにすればするほど、
事態は悪化していくような気がして、追っていく情報は自然と政治や外交・社会問題になっていきました。
経済だけではなく安全保障の面でもこの国はどうなってしまうのだろう。
また同じような無謀な戦争を起こし、今度は息子たちが徴兵されるのか。
と絶望的に感じてきたとき、私の気持ちを引っ張り上げてくれたのは、10代後半から20代の若者たちでした。
集団的自衛権行使や秘密保護法の導入で今後一番影響を受けるのは自分たちの世代だと感じ取った彼らは、
「SASPL」の名のもとにインターネットや各種メディアで、渋谷や官邸前の抗議行動で、声を上げ始めました。
“日本の民主主義が終わったっていうなら、自分たちがまた始めればいいじゃないか。”
その、若者らしい自由で新鮮で力強いアピールに、すごく力づけられたし希望が持てた。
そうか。幕末の世の中を若き志士たちが動かしていったのは、こういうことか。
香港で民主的な選挙を求めて街を占拠した学生たちとも連帯したり、
既に反原発や反レイシストを掲げて行動を起こしていた大人たちとも繋がりつつ、
だけど自分たち独自の抗議の形を模索していく。
悲観的ではない、けれど遊びでもない。
若者ならではのその距離の取り方が、絶妙だと思った。
そうか。私たち大人も「こうでなければいけない」的な凝り固まった向き合い方をせずに、
もっと柔軟に考えて行動していけばいいのか。
子供たちの将来のために必死になるのもよいけれど、いっそのこと若者たちに任せて、
大人はそのフォローに回ったっていいんだし。
そんな考え方ができるようになったとき、
ようやく自分の生活とか趣味とか余暇に気持ちを向ける余裕が出てきました。
この3年、父の死の影響も大きかったと思いますが、ブログもツイッターも放置。
情報入手は友の好意に甘え、不義理のし放題。
本当にごめんなさい。申し訳なかったです。
でも夏に「オーシャンズ11」を観に行ったとき、友たちが以前と同じように接してくれて、
私の身体を心配してくれつつも、昔と変わらぬ態度で、
私が見ることのできなかった山本さんの話をいっぱいしてくれた。
それが本当に嬉しかった。ありがとうございました。
ずいぶんと遠回りをしてしまったけれど、また土方さんファン・山本さんファンに戻ってもいいかな。
身体はまだまだ、一日出かけると1~2日くらい休養が必要な状態だけど。
その前にこの4年で増えてしまった体重25kg(!)を落とさなきゃ。
このブログも引っ越ししてきた状態のままだから、きちんと手入れをしなきゃ。
そんな訳で、すぐに昔と同じ状態には戻れないけど、ぼちぼちと帰還します。
ご挨拶・・・というより、自分の決心を固める楔として。