今朝この第一報を目にしてから、一日ドキドキわくわくが止まりませんでした。

https://x.com/Rent2024Japan/status/1778135864062980247

いや、だって、夢にまで見た山本さんのマークだよ?

オファーがあったとき、山本さん、どんなに嬉しかっただろうとか
きっと、絶対、健さんと吉川さんが喜んでくれてるだろうなあとか

あ~~、考えてると思わず鼻の奥がツンとしてきちゃうんですけど。

とりあえず、定年迎えて毎日が日曜日になったダンナに「2回観に行かせてね」って約束を取り付けました。
そう、その昔"平日マチネの女”だったワタシは、いつのまにか"毎日が日曜日の女”になってしまっていたのです。
案の定「なんで2回?」って訊かれたけど。

さぁ、8月までに少しでもお肉を減らさねば!!!
2021年11月1日。
千葉県幕張でのラストライブをもって、V6が丸25年の活動に幕を閉じました。

ジャニーズのタレントに嵌ったことのなかった私がV6というグループを知ったのは、息子と一緒に見始めた番組『ウルトラマンティガ』で主役をつとめる長野博くんと出会ったときでした。
当時はまだSNSはもちろんblogも無かった時代で、ティガのファンサイトの掲示板でダイゴファンと出会い、そこからV6ファンサイトの掲示板で長野くんやV6のファンと知り合いました。
ぼちぼちとコンサートやオフ会に通ううち、友人もでき、彼らのデビュー前やデビューしてからのエピソードや映像に触れることができて。

私がV6のどこに惹かれたかといえば、トニ兄さんたち(20th Century)の長い下積みに裏打ちされた実力と、弟たち(Coming Century)と醸し出す兄弟のような家族のような空気感でした。

それから2004年までおよそ8年間、ファンクラブに入りコンサートに通い、出演番組や掲載雑誌をチェックする、それなりに濃いファンでいたけれど。
大河ドラマ『新選組!』で山本耕史氏に出会ってからは、時間的にも経済的にも脳のキャパ的にもとても両方を追いかけきれず、長野くんからもV6からも遠のいてしまっていました。

数年前、妹と姪っ子がARASHIに嵌り、その縁から彼らの休止前のライブ映像を見たこと。
もともとソウル(ブラックミュージック)ファンだったので、Bruno MarsがARASHIに曲提供した『Whenever You Call』にすっかり魅了されてしまったことから、
なんとなくジャニーズへの興味が戻りつつあった頃、V6の解散発表がありました。

私がファンクラブを抜けた少し前辺りから、6人がそれぞれ個人の活動を模索し始めた印象があったので、その報道には特に驚くこともなく、逆にあれからよく頑張ったよな〜という感想の方が私には強いのです。
当時、既に個人活動が順調に増えてきていたメンバーがいる一方で、自分を活かせる道探しに苦労していたメンバーはあれから本当に大変だったと思います。
心折れずによくここまで来たなぁと称賛してあげたい気持ちです。

よく喩えられるように、V6というグループの関係性は、同僚やライバルというより家族や兄弟に近いと私も感じています。
そしてARASHIのような活動休止ではなくはっきりと解散を選んだところにも、彼ららしさが表れているような気がします。
それは、解散しても6人の関係は変わらないという自信というか、会えばまたいつでもわちゃわちゃ出来るという確信というか、そんなものがあるんじゃないのかな。
だから事務所を出るという剛くんに対しても、「じゃぁ、行ってこいよ」みたいな感覚があるんじゃないのかな。
特に兄さんたちには。

ARASHIファンの妹には「寂しくなるよね。ARASHIは活動休止だけど、V6は解散だもの」と言われました。
うーん、それほどでもないんだな。
っていうか妹には言えなかったけど、私だったら無期限活動休止の方が生殺しみたいで辛いと思うんですよね。だから
「なんかね、息子が独立していく気分なのよ。寂しくない訳じゃないけど、『いってらっしゃい。頑張れよ!』って感じなの」
と感じているままにそう答えました。

でも、これはあくまでも私ひとりの気持ちです。
昔ずいぶんお世話になった先輩剛くんファンは、やっぱり寂しくて泣いてるって言っていました。
ファン歴によっても、彼らがどういう存在だったかによっても、また年齢によっても、感じ方は違うんでしょうね。

昨夜のラストステージ。
最後まで涙を堪えて、「またね」って感じで、笑顔でステージの向こうに消えていった彼ら。
「頑張って!」と声援を送ると、「頑張れ!」って返してくれるV6。
「ありがとう!」って伝えると、「ありがとう!」って返してくれる6人。
そんな彼らがやっぱり好きです。

私が彼らから離れている間に歌もダンスも上手くなっていて、曲のアレンジも振付もお洒落になっていて、「おっ!!」って思った。
ARASHIにも感じたことだけど、まだまだV6を見ていたい。
ここで解散なんて勿体ないなと思います。

でもきっと、彼らはここから更に成長する。
個々にでも、もっともっと魅力的になる。
そんな6人を、付かず離れずこれからも応援していきたいな、と心から思っています。

更年期障害の一症状と思われる、自律神経失調症を発症してから4年。

眩暈や息苦しさ、頭痛、怠さといった身体の症状がきつかったのは最初の一年でしたが、
東日本大震災を挟み、今考えればあれが「鬱」や「引きこもり」だったのだろうと思われる
精神的な症状にどっぷり嵌まってしまっていたのが、三年目であるこの一年間でした。
 

 
自分の苦しさが被災者の方たちの苦しみにリンクするような気がして、
新選組や山本耕史を追いかけるのが何か不謹慎な気がして、
追いかけたいのに追いかけられない、というジレンマを抱え込んでおりました。

格差の拡がる社会、先の見えない福島第一原発の作業、
関東以北に住んでいるとどうしても気になる放射性物質の飛来や内部被曝。
今の政権が隠そうとすればするほど、触れないようにすればするほど、
事態は悪化していくような気がして、追っていく情報は自然と政治や外交・社会問題になっていきました。



経済だけではなく安全保障の面でもこの国はどうなってしまうのだろう。
また同じような無謀な戦争を起こし、今度は息子たちが徴兵されるのか。
と絶望的に感じてきたとき、私の気持ちを引っ張り上げてくれたのは、10代後半から20代の若者たちでした。

集団的自衛権行使や秘密保護法の導入で今後一番影響を受けるのは自分たちの世代だと感じ取った彼らは、
「SASPL」の名のもとにインターネットや各種メディアで、渋谷や官邸前の抗議行動で、声を上げ始めました。



“日本の民主主義が終わったっていうなら、自分たちがまた始めればいいじゃないか。”

その、若者らしい自由で新鮮で力強いアピールに、すごく力づけられたし希望が持てた。
そうか。幕末の世の中を若き志士たちが動かしていったのは、こういうことか。


香港で民主的な選挙を求めて街を占拠した学生たちとも連帯したり、
既に反原発や反レイシストを掲げて行動を起こしていた大人たちとも繋がりつつ、
だけど自分たち独自の抗議の形を模索していく。

悲観的ではない、けれど遊びでもない。
若者ならではのその距離の取り方が、絶妙だと思った。

そうか。私たち大人も「こうでなければいけない」的な凝り固まった向き合い方をせずに、
もっと柔軟に考えて行動していけばいいのか。

子供たちの将来のために必死になるのもよいけれど、いっそのこと若者たちに任せて、
大人はそのフォローに回ったっていいんだし。



そんな考え方ができるようになったとき、
ようやく自分の生活とか趣味とか余暇に気持ちを向ける余裕が出てきました。

この3年、父の死の影響も大きかったと思いますが、ブログもツイッターも放置。
情報入手は友の好意に甘え、不義理のし放題。
本当にごめんなさい。申し訳なかったです。

でも夏に「オーシャンズ11」を観に行ったとき、友たちが以前と同じように接してくれて、
私の身体を心配してくれつつも、昔と変わらぬ態度で、
私が見ることのできなかった山本さんの話をいっぱいしてくれた。
それが本当に嬉しかった。ありがとうございました。


ずいぶんと遠回りをしてしまったけれど、また土方さんファン・山本さんファンに戻ってもいいかな。
身体はまだまだ、一日出かけると1~2日くらい休養が必要な状態だけど。

その前にこの4年で増えてしまった体重25kg(!)を落とさなきゃ。
このブログも引っ越ししてきた状態のままだから、きちんと手入れをしなきゃ。

そんな訳で、すぐに昔と同じ状態には戻れないけど、ぼちぼちと帰還します。
ご挨拶・・・というより、自分の決心を固める楔として。