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📝ミー…中学3年、定型、ホルン吹き
📝ハル…小学6年、重症筋無力症全身型、軽度知的障害、自閉症スペクトラム(広汎性発達障害、LD、ADHDあり)
ミーの吹奏楽部での頑張りを書きます。
中学入学
地元の中学には行かず、選択制を利用してバス通学の隣の中学へ。
友人から『有名な先生がその中学に赴任した!』との情報を得て、区役所に用紙提出。
中学一年
ホルンに決まってすぐの7月に購入。
全部のコンクールが無くなり、先生が『三年生の為に』と、コンクール同様の選抜をし、ホールを借りてDVDに残して下さいました。
ミーはコンクール、マーチング共にレギュラーに選ばれました。
年明けに、コロナで録画審査になったソロコンデビューしようという時に、旦那がコロナなり、録画できず不参加
落ち込みがひどくて、旦那と話さなくなりました。
このあとすぐ別居です。
3月の定期演奏会も頑張りました。
中学二年
定期演奏会終了後からマーチング開始。
【成績】
☆コンクール
府大会(フェニーチェ堺)ゴールド金賞。
関西大会(和歌山)ダメ金
☆マーチング
府大会(中央体育館)ゴールド金賞
関西大会(中央体育館)ゴールド金賞
全国大会(大阪城ホール)ゴールドオール金賞
☆金8 アンサンブル ダメ金
☆ソロコン(狭山)
予選 ゴールド金賞 当日会場内一位抜け
本選 ダメ金
良すぎですね😅
別居したことで足枷がなくなり、のびのびと笑顔で取り組んでくれたように思います。
本人も『家を出て良かった』と。
ものすごい部費がかかりましたがね(笑)
部費というか、写真&ディスク代か。
しかしそんなの、彼女の得た経験にはかえられません。
マーチングの全国大会前は地獄のような練習でした😢
あれはもういいわ~って、私が言う😅
次のコンクール自由曲が決まってすぐ、先生と少し話ができました。
ホルンのソロからのスタートの曲になり、ミーのテンション爆上がり↑
できない子にはさせないであろうことがわかるハードルの高さだったので、嬉しかったです。
先生『頑張ってもらいたい』と一言。
…重いわ


定期演奏会で初演奏でしたが、ま、最初だからね。
先月にはシンフォニーホールで、吹かせて頂ける機会がありました。
いや~、めっちゃ響きますやん🎵
すっごい上手に聴こえました
何とか止まらず吹ききりましたが…
私『あれで関西行けるん?』
ミー『…何とかする。』
せめて姫路まで行きたいな。
そして今回のマーチングは『アルメ』。
…む…難しすぎない?
吹きながら歩けるん?
イケイケパレードは、できたら、ものすごいカッコいいと思う!
普通に歩いてても、ガンガンぶつかってるんですが…
恐ろしくてmy楽器を持たせられません
去年もリアで転んでぼこぼこになったし。
しばらく学校の楽器を貸してもらうことにします。
全国に行くことが夢でしたが、生半可な練習では行けないことを痛感しました。
昨年はコロナ禍で出場校が激減している中でのことでしたので、今年はそう甘くはないと思います。
マーチングをしなくなった学校も多いと聞きます。
良いこともありました!
体育の成績が上がった❗
柔軟やら、持久力やら、肺活量やら…
基礎体力が昨年よりかなり上がりました。
中1の頃は、土日のマーチング練習でいっぱいいっぱいで、水曜日に学校を休んで点滴を打って、土日マーチングで、木曜日休んで…
みたいのを繰り返していて(笑)
中2ではトータル
4回くらいしか点滴に行かず、しかも、全国大会前は一回も学校を休まずだったので、逆に顧問の先生が
『ゾーンに入ってる?大丈夫か?』と、心配してくださるほどでした。
確実に体力がついてきていますが、今年の暑さは堪えそうですね
今日は、いつぶりかな?っていうくらいと土曜日オフ🎵
仲間と遊びに行くようです。
楽しんできてね😉
す📝ミー…中学3年、定型、ホルン吹き。
📝ハル…小学6年、重症筋無力症全身型、軽度知的障害、自閉症スペクトラム(広汎性発達障害、LD、ADHDあり)
弁護士さんにあいだに入ってもらい、話し合い?(になってない)しだしてから、かれこれ一年三ヶ月。
な~にも進みません。
もちろん弁護士さんが居ないと、婚費ももらえなかったですし、すごく助かりましたが、その分、請求が恐ろしいです
私も悪かったところも、沢山あります。
料理下手やし、整理整頓できひんし。
私が旦那に書いた意見書(嫌だったところ?)に、旦那は
『倍返し』
で反論してきました
まあ、そうですよね。本人は普通に生活してるだけですから。
ひとつ、めちゃくちゃ腹立つ文面がありました。
長女の名前(漢字)を八割以上、間違って、返事を送ってきた!
自分の子供の名前ですよ?
変換を間違えますか?
びっくりしました。
もちろんミーに見せたら愕然としてました。
そりゃそうです。愛情の欠片もない。
あんたがつけた名前でしょうが?
…想像するに、怒りに我を忘れて、文章を打っていたんだろうなと思うんですよ。
で、その文章の返事を私も書いたわけです。
長女の漢字が間違ってましたが?
我が子ですよ?
が、…その文面の返事はありませんでした。
それはそうです。
あの人にとっては、我が子の名前の漢字変換なんて、どーでもいいんですから、謝る事案に匹敵しません。
びっくりするわ…。
謝られたこと…
結婚して14年、一度もないけど、そこまでもプライドが高すぎるのか、ただ人の心を持ち合わせていないのか。
この名前間違いに返信がないことで、弁護士さんに、
『もう相手に何を言っても無駄なので、早く終わらせて下さい。』
と、お願いしました。
アホらしい…。
話にならん。
何を言っても『俺は悪くない』『お前らが悪い』と、責められ続け、精神的に病みます
弁護士さんも頭打ちです。
裁判したところで勝機はありませんし。
もう気力が失せました
早く名前を変えて、身分証を作り替えたい!
子達も『まだ終わらんの?名前変わらんの?』と言う
引っ越しまでに何とかしたい!
📝ミー…中学3年、定型、ホルン吹き。
📝ハル…小学6年、重症筋無力症全身型、軽度知的障害、自閉症スペクトラム(広汎性発達障害、LD、ADHDあり)
引っ越し当日もミーは部活(笑)。
朝からバタバタ用意して、夜逃げが完了したのは午前4時
中学も小学校も転校させることは考えておらず、ミーが高校、ハルが中学に上がるタイミングで実家に帰る予定です。
ので、旦那の住んでいるマンションから近くに引っ越し。
会うリスクも十分ありますが、二年間の我慢です。
ミーの顧問にも家庭事情をすぐに話しました。
ハルの小学校には、引っ越しをする前に話しをしました。
新しい家にウキウキのハル
ミーにも笑顔が少しずつ増えてきました。
今までずっとワンオペ育児だったので、特にしんどさは変わらず。
旦那がいないストレスフリーが何よりも楽しいです
ハルはしばらくは
『パパに殴られた
』
『パパに追いかけられた
』
と、夢を見ては、朝に号泣することが続きましたが、10か月ほど経ったら、夢を見なくなりました。
ミーも同じく…。
時間が必要ですね。
ほんと、トラウマになるまで気づかなかったことに猛省しました
二人が『毎日楽しいね~🎵』という。
ミーがお風呂で鼻歌を歌う🎵
ハルが前向きに学校に行ってくれる。
ミーが部活を頑張ってくれる。
こんな些細なことが、すごく嬉しいです。
そんな成長の喜びも感じることができないほど、毎日恐怖でした。
殴られる、罵声を浴びせられる…
とかではなく、ただそこに居るだけで威圧感が半端なく、怯えて生活していました。
旦那は『そんなことしてない!』と、言いますが、そう、してないんです。
そのものが…存在が恐怖なんです。
パワハラではなくモラハラ。
立証できるはずもありません
別居当初は、怒りが先にきていて、我を見失うほど精神的に病んでました。
今はかなり冷静になり、あの人に勝てる筈がない…と諦めました。
弁護士さんに入ってもらっても!です。
頭にきますけどね。
プライドの塊だからな~。折れたとこを見たことないし。
続く…
📝ミー…中学三年、定型、ホルン吹き。
📝ハル…小学6年、重症筋無力症全身型、軽度知的障害、自閉症スペクトラム(広汎性発達障害、LD、ADHDあり)
軽く一年以上が過ぎました。
決着が思ったよりつかないので、ぼちぼちこの一年間の話をしたいと思います。
アメンバー限定にした方がいいと思われる内容ですが、あえてリスク(旦那に読まれる)覚悟で書きます。
ハルがコロナから退院後、ミーが学校復帰。その後旦那が復帰。私はまたバイト先の検査を受け、陰性後に復帰。
結局2ヶ月バイトを休みました。
3月に入り、ミーも定期演奏会に向けて毎日練習。
コロナ後、クラスメイトにバレるのが怖いと学校に行けないハル。
普通に仕事に行く旦那。
私は着々と『別居』に向けて、バイトに行きつつ、動き始めました。
ミーが高校に上がるタイミングで、離婚しようとは考えていました。
愚痴しか出てこないので話しませんが、
『モラハラ』『性格不一致』
です。この理由で慰謝料なんか取れる訳はないのですが、段取りは弁護士さんにお願いしました。
子達にも確認しました。
『家を出てもいいですか?』
二人は
『早く出て行きたい。ここは嫌だ。あの人嫌い。怖い。』
ミーはコロナ以降(以前から反抗期もあり)、旦那と目を合わすことも、話すことも笑顔もなくなりました。
お通夜みたいな夕御飯が苦痛でした。
ハルはもともと懐いていませんでしたが、怯えているのはわかりました。
一番は
『旦那がミーの応援をしてくれないこと』
が、ミーの気持ちが離れる原因でした。
ホルン代も払ってくれませんでした。
(払う必要が無いと思ったそうです。後日談)
吹奏楽(ホルン)応援とは、勿論金銭面もですが、サポートもです。
高校も、ミーが行きたい私立には行かせてくれない感じでした。(金銭面で。)
旦那は『そんなこと言ってない💢』と、反論してきましたが、我々にはそう感じました。
で、高校進学のお金は払ってくれないそうです。(ほら、やっぱり。)
ので、
『私がやらねば、誰がやる。』
と、家を探して、弁護士さんに相談して、いざ別居へ。
旦那と話すことすら嫌だった私は、
夜逃げ
を慣行しました。
旦那が夜勤の日にです。
プライドの塊で生きてきた彼は、それはそれは激昂したと思います。
(か、ヤッターと歓喜したか)
そうでなくても、着々と、家財を捨てていたので、気づいていたと思います。
続く…。