仕事が終わって部屋に戻る。玄関を開けた途端奥から甘い香りが漂ってくる。
「お帰りジョンミン。」
エプロンをつけた彼女が玄関まで笑顔で迎えてくれる。
僕は「ただいま」も忘れてエプロン姿の彼女を抱きしめた。
「早く会いたかった。」
「うん。私も・・・。」
暫らくは何も言わず僕は彼女を抱きしめていた。部屋だけじゃなく、髪の毛からも頬からも甘い香りが漂ってくる。
「ねえそろそろ離してくれないかな・・・。」
「僕がこうしてて離して欲しいなんて言うのは君くらいだよ。」
僕は苦笑いをしながら彼女からそっと体を離す。
髪を整えながら進んで行く彼女の後姿を見るとやっとうちに戻ってきたってホッとした気持になる。
「食事まだでしょ?今日はあまりゆっくり出来ないから早く食事しましょ。」
「今日泊まっていかないの?」
「明日早いし・・・パパが最近うるさくて。ごめんね。」
バレンタインって騒ぎすぎるのもどうかと思うけど、彼女みたいにイベントごとに無関心なのも考え物。そんな彼女が突然に・・・。
「ジョンミン・・・今日はバレンタインね。もう愛の告白する必要も無いけど、ちゃんと伝えておくね。私ジョンミンの『ただいま』って声を聞くときが1番幸せなの。」
彼女の口からバレンタインだなんて言葉が出てきた事に驚きと感動。
「じゃあさ、今日は帰るなんて言うなよ。」
困った顔の彼女もまたたまらなく僕の気持ちを甘くさせる。
本当はすぐにでも彼女と甘い時間を過ごしたいところだけど、僕の目の前に並ぶ料理を見ていたら、そんな僕の邪な気持ちも薄らいでいく。
だってそうでしょ?
イベント事には無関心だけど、僕がこうしてうちに戻るときは必ず沢山の料理を作って待っててくれる。
そんな彼女の気持を考えたら、100回のキスをするより抱きしめて愛を囁くより彼女の作る料理を「美味しい」って言う方が僕がどんなに彼女を愛してるかって気持ちがちゃんと伝わる気がする。
「食べよっか。」
「うん。」
ほら・・・幸せそうに微笑む彼女。
向かい合わせに頂く食事。
「本当に美味しいね。僕はこうして君の作るご飯を食べてる時が1番幸せ。それでもって君の作るごはんが世界で1番美味しい。」
「いやだ・・・うそばっかり。」
嬉しいくせに照れ隠しする彼女は耳まで赤くしてる。そんな彼女を見てたらやっぱり帰したくないって男の本能が騒ぎ出す。
「ドラマでさ、こんなシーンがあるんだ。ちょっと来て。」
僕は彼女の手首を掴みベッドへと連れて行く。
ベッドに腰を掛ける彼女は不思議そうな顔で僕を見つめる。
「今日はバレンタインデーなんだ。」
「うん。」
「彼女の事をたまらなく愛してる男が主人公ね。」
「うん。」
「主人公の男は早く帰りたいって言う彼女をどうしても帰したくないって思ってる。」
僕は膝をつき彼女の両手を包み込むように握り締める。
「僕は毎日だって君に告白したいって思ってる。君に思いがちゃんと伝わるようにね。」
演技を続ける僕に彼女は少し戸惑いながら、それでも僕の艶やかな演技にゆっくりと合わせる様に頷く。
かわいい・・・。
「何度愛してるって言ったら何度キスしたら僕の気持ちがちゃんと伝わるんだろう・・・。」
握り締めた手を解きゆっくりと彼女を抱きしめる。甘い香りの漂う彼女の髪に顔を埋め耳元で囁く。
「たまらなく君を愛してるんだ。」
どこまでが演技なのか彼女もだんだんとわからなくなってきた。そりゃ当然だよね。
演技なんかじゃなくて僕の本当の気持ちだから。
「どこに、どんな風にキスしたら僕の気持ちがちゃんと伝わる?ねえ教えて・・・。」
戸惑う彼女が少し考えて小さな声で恥ずかしそうに答える。
「唇・・・に」
「どんな風に?」
「優しく・・・」
彼女がどこにどんな風にキスして欲しいか言葉にしてから僕は「こう?」「それともこう?」
そう言って何度も何度も唇を重ねる。何度もキスをするうちに彼女の体の力がどんどん抜けていくのがわかる。
ベッドに腰掛けていた彼女をゆっくりと倒し僕はじっと上から彼女を見つめる。
「今日泊まってかないの?」
彼女は唇の端を少しあげて小さな声で言う。
「帰らない。」
「よく・・・聞こえない。」
「もう、ジョンミン。だから・・・帰えら・・・ない。」
何度も彼女にそんな事を言わせる僕はちょっと変かもしれないけれど、一緒にいたいって思う僕の気持ちがそうさせるんだ。
だって今日はバレンタイン。僕から彼女へ愛の告白の日。
「愛してる。」
今日だけは彼女の作る料理は後にして僕は彼女と甘い時間を過ごす。この時もほら・・・やっぱり幸せそうに微笑む彼女の笑顔が目の前にあった。