お互いの事、お互いの家族の事を少しずつ理解しながら、「結婚」という人生一大事を決心した香港人夫と私。

当時26歳の私は、結婚に関してできうる限りの可能性を妄想してみた。


妄想音譜

・私も彼も互いに自身の留学で使ってしまっていて、貯金はほぼ無し⇒貧乏スタート

・私は一人っ子だけど、彼は3人兄弟の次男⇒義両親の介護必要なし(かも)。

・将来または(近いうちにでも)、香港人夫が病気や寝たきりとか介護が必要になったら⇒私は面倒を見れる

・日本あるいは香港じゃない国でも⇒香港人夫とだったら生きていける

・結婚後、なにかあっても⇒私主権でいけそう


少し子供っぽさもありつつ母性もある香港人夫とだったら、結婚してこれからの人生2倍ハッピーになれると(今から思えば大正解の答えを)出したのが2004年。


風水を信じる香港では、黄大仙(ウォンタイシン)という有名なお寺に占い横丁があり、香港人夫行きつけの先生がいるというので、結婚の時期を占いに行った。


私たちは年内にも入籍をしたかった。


先生は、今じゃ「るるぶ」にも載ってる有名人?で、日本語も堪能なので、日本人観光客に大人気。

占い横丁の先生方は扇風機で香港の暑さを凌いでいるけど、その先生だけはクーラー完備されている。

おまけに占いも、ノートパソコンでちょいちょいっと出してくれる、ハイテクさ。


その先生曰く、「年内には結婚できないね。来年早々に出来るから、安心してニコニコ。」


先生はああ言ったけど・・・私たちは待ちきれず(占いを信じて待つのもおかしいし)、入籍をする所に下見に行った。

役所の中は、ピンクの大量の紙が壁に貼りうけられている。

用紙とか提出するだけの日本と違い、「私たちは結婚します」という事をピンクの紙に書いてこの役所に2週間ほど貼りだしてその間に反意を示す人間が現れなかった時点で初めて入籍の儀を行えるそう。


しかも入籍は第3者の保証人が必要で、書類にサインしてもらうだけでなく、入籍当日にも立ち会ってもらわないといけない。


張り紙を出して2週間待ってたら・・・結局早くても2005年1月になってしまうという結果。

これが黄大仙の先生の当りの始まりで、それから行幾度と当ててもらってます。今でもお世話になってます。




私たちの結婚に反対の現れず(笑ドンッ)、無事に2005年1月吉日、入籍を果たしました。



・・・保証人の第3者は?



私たちには共通の友人が居なかったので、香港人夫の弟の友人に保証人となってもらったのですにひひ

「初めましてひらめき電球」って言いながら、結婚の保証人になってもらうのってなんか変!


香港人夫の家族が集合し、香港政府の役所の人の前で、「私は貧しい時も病気の時も香港人夫を愛し続け・・・・入籍いたします!」宣言をしたのだけど、それが広東語あるいは英語しかなくって、広東語を選んだ私は大変。

カタコトどころか、結婚や法律に関する広東語など知らないからめちゃ難しく・・・しょぼん

文章は当日にもらうので、練習なんかも出来ず、子供以下の発音でなんとか読み通した。


・・・義父、号泣汗汗


ビデオもまわしてくれててDVDに焼いてくれたけど、私の広東語部分、恐ろしいからまだ一度も見たことがありません叫び



結婚証明書には「百年好合!」って書いてある通り、結婚6年目の現在、この年以上にラブラブですドキドキ