パパ、家に帰ってこれたよ。これからはもうゆっくり休んでね。
パパに手紙を書いて一緒に送ったけど、もう読みましたか?
いくら書いてもパパとの思い出が溢れてきて止まらないよ。
だからメールを送ります。
パパは私の自慢でした。
背が高くて細くてかっこよくて、几帳面で何でもきっちりしてて、物知りで知らないことなんてなくて、私の中ではできないことなんてない完璧な人やのよ。
私の好きになる人も細くて背の高い人ばっかりやったな…それに気づく度に私ってファザコンやなって何度も思ったり。
ママから聞いた話では私が生まれた時は大雪で、急いで車できたモンやから車を田んぼにハマらせて大変やったんでしょ?
パパでもそんなことあるんやーって、聞いた時はびっくりして笑ってしまったよ。
でも小さい時からパパはいなかった。単身赴任で東京にいたから毎週金曜の深夜から日曜新幹線の最終までの時間がパパと過ごす唯一の時間やった。
パパはその短い時間の中でいっぱい遊んでくれたね。
今思えばすっごく疲れてたやろうに、私とお兄ちゃんを連れて色んなとこにも行ってくれた。
買い物行った時はりかちゃんのシンデレラ城だけじゃなくてお姫様りかちゃんも買ってくれて、正直幼いながらも私はすっごく気を遣ってました。
生駒の遊園地行った時私のワガママで3人乗りのウォータースライダー乗ったの覚えてる?
でもやっぱり乗るのが怖くて最後尾に行ったものの、一番前のパパはびしょ濡れになって…面白かったけど男前のパパが濡れて困ってるの見てめっちゃ罪悪感感じてました。あの時は素直に言えなかったけどごめんね。
幼稚園の時は父兄参観にわざわざ来てくれて嬉しかった。でもパパと2人で過ごすのに慣れてなかったし、自分で作ったアクセサリーで変身するなんてのはむっちゃ恥ずかしくてドキドキしてた。
海も万博公園もおばあちゃん家も花博もとにかくいろんなトコへ一緒に連れてってくれた。
時には泣いてわめいてワガママ言ってパパ困らせたね。
ママは「あかん!我慢し!」って言ってもパパは泣いてたら許してくれたり私に甘ちゃんやったでしょ?花博の時やって風車ついてるカチューシャ買ってくれたりさ。
パパが東京に帰る時もいっぱい泣いて離れるのが嫌やった。あんまり長く一緒にいれない分うまくコミュニケーションがとれなくて、いっつも素直になれない付き合いたての中学生みたいなカンジで自分でも戸惑ってはいたんやけどね…
でもそれでもパパのことが大好きで家族4人で出掛けても私はいっつもパパの隣がよかったんよ。
それに甘えて甘えて今まできてしまった。
転勤になって一緒に住んでからはいきなり近くになったからどう接して良いかわかんなかったけど嬉しかったんよ。
私が学校の友達とウマくいかなくて悩んでた時も寝るまでずっと手を握ってくれて。
阪神大震災の日の朝なんて地震直後真っ先に私の無事を確認しにきてくれた。
あの日地震があったって神戸の会社に向かったパパが帰って来なくてめちゃめちゃ不安やったのよ。
そのあとは思春期も相俟ってパパとの関係がギクシャクしだしたね。
反抗もしまくったし、パパが帰ってくると部屋に篭ってみたりパパが寝たのを見計らって帰ってきたりとにかくパパを避けてた。
パパはそんな私に腹が立ってとにかく殴る蹴る引きずり回すってカンジで急に手をあげるようになった。
すごく神経質にもなってた。
真冬の夜に家の外にも出されたし、竹刀でも殴られた。あばらにもヒビ入れられたしまさに「虐待」って感じやった。
あの頃私は自分の言動は棚にあげて、以前の気持ちとは一転、とにかくパパのこと大嫌いやった。
復讐しよう復讐しようって心の中でずっと唱えてきた。
絶対に訴えてやるって思ったし、大学生になったら家を出て、お金だけもらって生きていこうって。
ヒドイ子供やな。
最低やわ。
あの頃はとにかくパパとの関係は最悪やった。
パパから逃げるように逆らうように生きて、そのために嘘もいっぱい着いたしむっちゃ裏切ってきた。
でもパパはこの頃のこと後悔してたんでしょ?
私が家出てからママに言ってたんでしょ?
「ツライ思いさせた」って。
私は当時はわかんなかったけど家出て働くようになってからはすっごい悪いことしたなーって思ったんよ。
パパも家に帰る度に私のこと追いかけるように話かけてきてくれて、それに必死で応えようと思ってた。
でも仕事しだしてからはやっぱりサービス業なのもあるしなかなか休みも取れなくてたまの休みがあってもいつでも家には帰れるわーって思って先延ばしにし続けてしまってた。
パパは盆と正月位はゆっくり過ごしたかったのにね…
ごめんね。本当にごめんね。
パパは京都までよく送ってくれたりしたのに、私のために尽くしてくれたのに、私は結局何にもしてあげらんなかったよ。
孝行したい時に親はなしってパパもよく言ってたけど、本当にそうやね。
いまさらながらそう感じる。
パパはずっと永遠にいると思ってたのにな…
悔しい。
何か色々遠回りしたけど、やっぱり私はパパが大好きです。
誰よりも大好きです。
誰よりもパパは私を愛してくれた。守ってくれた。
それを再確認してしまったら、パパっ子炸裂で自分でも制御が効かないよ。
恥ずかしいことじゃないからこのままでいるけど。
世界一のファザコン目指します。
パパが目を背けたくなる位、パパを愛しつづけるよ。
そして今回のことでパパとママの素敵な夫婦愛を感じることもできた。
気づけてなかった絆を見ることができた。
だから私はパパとママみたいな夫婦を目指すね。
パパは絶対に見守っててね。
そっちは寒くないですか?パパの会いたかった人はいますか?
いつでも帰ってきてね。
待ってるからね。
パパ、色んなこと教えてくれてありがとう。
いっぱい助けてくれてありがとう。
パパの子にしてくれてありがとう。
いっぱいいっぱいありがとう。
パパに手紙を書いて一緒に送ったけど、もう読みましたか?
いくら書いてもパパとの思い出が溢れてきて止まらないよ。
だからメールを送ります。
パパは私の自慢でした。
背が高くて細くてかっこよくて、几帳面で何でもきっちりしてて、物知りで知らないことなんてなくて、私の中ではできないことなんてない完璧な人やのよ。
私の好きになる人も細くて背の高い人ばっかりやったな…それに気づく度に私ってファザコンやなって何度も思ったり。
ママから聞いた話では私が生まれた時は大雪で、急いで車できたモンやから車を田んぼにハマらせて大変やったんでしょ?
パパでもそんなことあるんやーって、聞いた時はびっくりして笑ってしまったよ。
でも小さい時からパパはいなかった。単身赴任で東京にいたから毎週金曜の深夜から日曜新幹線の最終までの時間がパパと過ごす唯一の時間やった。
パパはその短い時間の中でいっぱい遊んでくれたね。
今思えばすっごく疲れてたやろうに、私とお兄ちゃんを連れて色んなとこにも行ってくれた。
買い物行った時はりかちゃんのシンデレラ城だけじゃなくてお姫様りかちゃんも買ってくれて、正直幼いながらも私はすっごく気を遣ってました。
生駒の遊園地行った時私のワガママで3人乗りのウォータースライダー乗ったの覚えてる?
でもやっぱり乗るのが怖くて最後尾に行ったものの、一番前のパパはびしょ濡れになって…面白かったけど男前のパパが濡れて困ってるの見てめっちゃ罪悪感感じてました。あの時は素直に言えなかったけどごめんね。
幼稚園の時は父兄参観にわざわざ来てくれて嬉しかった。でもパパと2人で過ごすのに慣れてなかったし、自分で作ったアクセサリーで変身するなんてのはむっちゃ恥ずかしくてドキドキしてた。
海も万博公園もおばあちゃん家も花博もとにかくいろんなトコへ一緒に連れてってくれた。
時には泣いてわめいてワガママ言ってパパ困らせたね。
ママは「あかん!我慢し!」って言ってもパパは泣いてたら許してくれたり私に甘ちゃんやったでしょ?花博の時やって風車ついてるカチューシャ買ってくれたりさ。
パパが東京に帰る時もいっぱい泣いて離れるのが嫌やった。あんまり長く一緒にいれない分うまくコミュニケーションがとれなくて、いっつも素直になれない付き合いたての中学生みたいなカンジで自分でも戸惑ってはいたんやけどね…
でもそれでもパパのことが大好きで家族4人で出掛けても私はいっつもパパの隣がよかったんよ。
それに甘えて甘えて今まできてしまった。
転勤になって一緒に住んでからはいきなり近くになったからどう接して良いかわかんなかったけど嬉しかったんよ。
私が学校の友達とウマくいかなくて悩んでた時も寝るまでずっと手を握ってくれて。
阪神大震災の日の朝なんて地震直後真っ先に私の無事を確認しにきてくれた。
あの日地震があったって神戸の会社に向かったパパが帰って来なくてめちゃめちゃ不安やったのよ。
そのあとは思春期も相俟ってパパとの関係がギクシャクしだしたね。
反抗もしまくったし、パパが帰ってくると部屋に篭ってみたりパパが寝たのを見計らって帰ってきたりとにかくパパを避けてた。
パパはそんな私に腹が立ってとにかく殴る蹴る引きずり回すってカンジで急に手をあげるようになった。
すごく神経質にもなってた。
真冬の夜に家の外にも出されたし、竹刀でも殴られた。あばらにもヒビ入れられたしまさに「虐待」って感じやった。
あの頃私は自分の言動は棚にあげて、以前の気持ちとは一転、とにかくパパのこと大嫌いやった。
復讐しよう復讐しようって心の中でずっと唱えてきた。
絶対に訴えてやるって思ったし、大学生になったら家を出て、お金だけもらって生きていこうって。
ヒドイ子供やな。
最低やわ。
あの頃はとにかくパパとの関係は最悪やった。
パパから逃げるように逆らうように生きて、そのために嘘もいっぱい着いたしむっちゃ裏切ってきた。
でもパパはこの頃のこと後悔してたんでしょ?
私が家出てからママに言ってたんでしょ?
「ツライ思いさせた」って。
私は当時はわかんなかったけど家出て働くようになってからはすっごい悪いことしたなーって思ったんよ。
パパも家に帰る度に私のこと追いかけるように話かけてきてくれて、それに必死で応えようと思ってた。
でも仕事しだしてからはやっぱりサービス業なのもあるしなかなか休みも取れなくてたまの休みがあってもいつでも家には帰れるわーって思って先延ばしにし続けてしまってた。
パパは盆と正月位はゆっくり過ごしたかったのにね…
ごめんね。本当にごめんね。
パパは京都までよく送ってくれたりしたのに、私のために尽くしてくれたのに、私は結局何にもしてあげらんなかったよ。
孝行したい時に親はなしってパパもよく言ってたけど、本当にそうやね。
いまさらながらそう感じる。
パパはずっと永遠にいると思ってたのにな…
悔しい。
何か色々遠回りしたけど、やっぱり私はパパが大好きです。
誰よりも大好きです。
誰よりもパパは私を愛してくれた。守ってくれた。
それを再確認してしまったら、パパっ子炸裂で自分でも制御が効かないよ。
恥ずかしいことじゃないからこのままでいるけど。
世界一のファザコン目指します。
パパが目を背けたくなる位、パパを愛しつづけるよ。
そして今回のことでパパとママの素敵な夫婦愛を感じることもできた。
気づけてなかった絆を見ることができた。
だから私はパパとママみたいな夫婦を目指すね。
パパは絶対に見守っててね。
そっちは寒くないですか?パパの会いたかった人はいますか?
いつでも帰ってきてね。
待ってるからね。
パパ、色んなこと教えてくれてありがとう。
いっぱい助けてくれてありがとう。
パパの子にしてくれてありがとう。
いっぱいいっぱいありがとう。