ボート競技を続ける上で必ず誰しもが抱く、「たのしい」という気持ち。漢字では「楽しい」と「愉しい」の2種類あります。
「楽しい」と「愉しい」
同じ“たのしい”でも、私はこの二つはまったく別のものだと思っています。
楽しいというのは外から与えられるものです。
勝った、タイムが出た、評価された、クルーの雰囲気が良かった。
結果や状況によって生まれる、一時的な喜びです。
一方で、愉しいというのは内面からじわっと湧き上がってくる感覚です。
納得できた、感覚が噛み合った、自分なりに工夫できた、成長を感じた。
誰かに与えられなくても続いていく、満足感に近い喜びです。
ローイングにおいて、この違いはとても大きいと思います。
楽しいボートは、条件が揃わないと成立しません。
勝てなければ、タイムが出なければ、乗艇できなければ、
簡単に失われてしまいます。
でも、愉しいボートは違います。
結果が出ない時でも、うまく漕げない時でも、
「考える余地」が残っていれば続いていきます。
なぜなら、愉しさは自分の中にあるからです。
どうすれば艇が進むのか。
なぜここで減速するのか。
次はどんな工夫ができるのか。
そうやって考えること自体が、
ボートを続ける一つの理由になっていきます。
私は、ローイングがずっと「愉しいもの」であってほしいと思っています。
結果に左右されすぎず、
環境が変わっても、
クルーが変わっても、
自分の中で続いていく愉しさ。
それがある選手は、簡単にはボートを手放しません。
そしてもう一つ。
ローイングは「おもしろい」ものであってほしい。
おもしろいというのは、正解が一つではないということです。
同じコンディション、同じ距離、同じクルーでも、
漕ぎ方や感覚の正解は一つではありません。
だから考える余白が生まれる。
考えるから、試したくなる。
試すから、失敗もする。
失敗するから、また考える。
この循環がある限り、ローイングは愉しいままでいられます。
逆に、答えが決められすぎたボートは、
一時的には楽しくても、長くは続きません。
言われた通りに漕ぐだけ。
失敗しないことが最優先。
そこには、内側から湧き上がる喜びが育ちにくい。
ローイングを続ける中で、
「楽しいかどうか」だけを基準にしてしまうと、
苦しい時期に続ける理由を見失ってしまいます。
でも、愉しいかどうか。
おもしろいかどうか。
この感覚を持てていれば、
壁にぶつかっても、
また前を向くことができます。
ローイングは、ずっと楽しくなくていい。
でも、ずっと愉しくあってほしい。
自分で考え、工夫し、
昨日の自分より少し前に進めたと感じられること。
その積み重ねが、
ボートを「やめられない理由」になります。
結果のためだけのローイングではなく、
自分の中で続いていくローイング。
愉しくて、
おもしろい。
そんなボートを私は続けて行きたい。