アマノジャク。

やれと言われるとやる気がなくなる。

もっとも、やらなくていいと言われても
やる気は出ないのだが・・・
20日の日曜日に行われた、とあるイベント。

本当は言うまでもなく人にかまってなどいられない
状況なのだが、多少でも功徳を積めば何かのかたちで
返ってくるかと思い、参加。

考えてみれば、最近は暗いネタばかりしか書いていない。

そろそろこのブログも閉じるかなあ・・・
誰かを当てにすると、それがハズレた時悲しさは倍加する。

それなら当てにしない方がよいと、最近つくづく思う・・・
久々の政治ネタ。

今臨時国会で審議予定の法案に、議員定数削減法案はナシ。

どこが身を切る改革じゃー!
最近特に粗食の毎日。

確かに体重は落ちてきているのだが・・・

たまにはモスバーガーでも食いにいくかなあー
伊豆大島である。

かつて三原山の噴火において全島民を
一夜にして避難させた美談は、NHKプロジェクトXの題材
にもなったというのに。
標題、ていねんと読む。
つまりあきらめ。

厭世、こちらは えんせいと読む。
世をはかなむ気持ち。

どちらも似たようなものか・・・

瀬戸内寂聴さんが言ってた。
世の中とは理不尽なものだと。

長く生きてくると、そういう現実を思い知らされる。
イヤと言うほど。

聖職者が理不尽を認めさせ受容させようとすること
自体、とても理不尽なことだと思う。

だがそんな女史でも人気は高い。
これまた理不尽の象徴か。

マジメにコツコツと働いてきた人がしっかりとした
財を築くということは真理だろう。

またそういう人の中には、世渡りがヘタなために
財を放擲(ほうてき)してしまった人だっているだろう。
それもまた珍しくないことと存する。

一方、いわゆる不労所得で悠々自適な暮らしを
続ける人がいることも揺るがしがたい事実であろう。

もっとも、そんな人だって人知れぬ場所で苦労している
のかも知れないが。

と、ウダウダ書き連ねてきてわかった。
諦めたら全ては終わるのだということ。

そしてもう一つ。

生きてさえいれば、終わってもまた何かを始めることが可能
だということ。

ただし、裸一貫になることはとても勇気がいること。

大切な我が子に惨めな醜態をさらしたくないから、
そう思うのだということだ。
人生に無意味なことなどないのだと信じてきたけれど、

苦しさに耐えきれず自ら命を絶つ人が大勢いることは

変えようのない事実だ。
昨夜のNHKニュースウォッチ9で特集された、彼女が歌う
「ママ」という曲。

胸に沁みた。

もう一度子育てしたくなった・・・
そういえば今日は●●記念日。

もちろん独身に戻る前の出来事。

●●は後悔しているけど、なぜかこの日は忘れないなあ。

そうそう、亡くなった逸見政孝ご夫妻の●●記念日も
今日だったんだよなあ・・・

あれは平成元年のことでした