人が亡くなられたら、どうぞ天国で安らかに…って送る辞として一般常識っぽく蔓延してるコトバです。
送る側の希望なのですね~。
そうあって欲しいって。いつか自分も重い体を脱ぎ捨て天国に行くのだと。
もちろんその気持ちは理解しますが、ただ…そう簡単には天国のトビラは開いてくれないはず。
生まれてから終わるまでの一生の徳分と業の分を秤にかけられ次の逝き先が決まってきます。
何層にも分かれてる世界。所謂…ピンキリ。
今までの人生を総て観せられ納得してゆくところ。
何か未練があったり、執着があるとその想いにずっと縛られたまま地縛霊になってしまい苦しい想いをしたまま、ずっとそのまま、自分が間違っていたと目覚めるまで。
享楽して、本能のまま男女関係になったり怒ったり、自分が正しいと相手を蔑んだり、恨んだり、妬んだり、愚痴ばっかり…こんなこと繰り返して人生終ると、後がそれはそれは大変重くなる。
上記の羅列したことをしない、やったら素直に反省してやらないように努力、他人の役にたつ歓びを知って生きる。人を悲しませない。失敗しても立ち直って精進
大雑把ですが天国行きの切符を手にするのはこういう方々。
手にできなかった人たちはそれなりの世界へ。ほんとに平等です。
よく身の不幸せを嘆いて神も仏もないって文句いう人がいますが…。(私の母がそうでした)
仏界から観ると一分の狂いもなく平等な世界だそうです。
人は何度も輪廻して、経験して成長して、浄らかな世界へ行くために生まれてきてます。
本能のまま生きるために生まれてきたわけじゃないのです。
楽しんでる人からいわせれば、なんてツンマイって思うでしょうね。
でも所謂…愉しいことって限界ありますよ。どこかで厭きます。
仮になんとか天国に行けても残念ながら永遠に留まることはできない。
積んだ徳がつきりゃまた輪廻。それも何度も。
死んだら…の話じゃなくて、生きてるうちにもうその世界を体験してます。
六道輪廻の世界のうちに天国と地獄の二つの世界ばっかりがクローズアップされてますが、まだあるやん!です。
餓鬼、修羅、畜生、人間と。
毎日毎日いろいろな考え、感情をもちどこかの世界を一瞬でも体験してるんです。
仏界から観て天国に行ける努力をコツコツしてた方が亡くなったら天国に行けるということ…。
自分の好き勝手してかんたんにいける世界ではないのです。
そうそうな言い訳しても通じない世界です。
輪廻から脱出して仏界に転生するのがいちばんですけれど。
もう生まれ変わらなくてよろしいということで。
これはきちんとした教え導く人がいないと…できひんです。
でゎ、長々とありがとうございました。
合掌m(__)m
