不安とは焦りからくると思います

では焦りはどこからくるのか

大抵の場合は「時間」が関係しています。

学校の課題は締切期間が定められているから期限に間に合わなさそうになると焦る。不安になる

祖父母や両親はいつ死んでしまうかわからない。寿命という時間的制約が人間には設定されているから。

自分も同じ。現在わたしは大学一年生だが、ついこの間入学したばかりなのに、もう一年が経ってしまっている。あまりにも早すぎる。

浅い言葉だが人生は一瞬だとつくづく思う。

一瞬で人生は終わってしまう。そうだその通りなのだ。人生が終わりに近づく前に、体が動かなくなる前に、自由な時間があるうちに。全部これ。多分人間が「時間」という概念を意識している限り、焦らない日など来ないのだろう。だったら焦ったって仕方がない。のんびり生きよう。

 

そんな考えがすんなりと受け入れられる人は多分相当な楽観主義者かもしくはそこまで焦りを感じていないのだろう。

言ったって仕方がない。

 

 

このブログは初投稿だ。

誰かに伝えたいというよりも、自分の気持ちを殴り書きしたいがために書いている。

 

生きている限り、生きるしかないんだ。

どうせい今年みたいな1年をあと60回ぐらい繰り返したら死ぬ。

そう考えたらもう好きに生きようと思えるはずだ。なのにいますぐ現状の不満の原因である環境に対してなんのアプローチもしないのはなぜだろうか。

勇気がないからか、果たして本当に人生を変えてやろうという熱意と覚悟がないからか、自分の場合はこうだ。

 

まだ挑戦してもいないのに、失敗した時のことばっか考えて、行動も起こさない。これで失敗したら何もかも失うかもしれない。

ポイントはここだ。「失うかもしれない」「かもしれない」「かも」そう。可能性の話なのだ。誰にもどうなるかはわからないのに、自分で勝手に結果を決めつけて、自分の欲求を丸め込む。悪い癖だ。

 

例えば自分がお金持ちになりたいから起業をしようと思ったとして、行動に移せば、考えられる結果は、「成功してお金持ちになる」「失敗して経験を積み、成功するまで続けて成功する」「失敗して経験をえて、自分には向いて無かったのだと笑い話にする」「失敗してお金も色々失い、どん底に落ちる」

 

では起業しようとして、思い立ったはいいがx行動も何も起こさず口だけで終わった場合に得られるものはなんだろうか。

「老いて病院のベットの上で、「あの時起業してれば今頃はフェラーリの中で死んでるかもな」と後悔する」「何もしていないので、結果、起業をしようという挑戦の志すら持たなかった普通の人と同じように普通に就職をする。」

 

行動したかしてないかでこんなに差が出るのだ。

 

思い立ったら行動とは良くいったものだ。

思い立つだけじゃ意味がない。

 

 

 

どっちがマシよ

 

わかり切っている。

 

やっちゃおうよ俺。

 

俺ならできる

 

俺にしかできない。