尼崎市稲葉町の交差点を左折すると大きな病院が見えてくる。

関西労災病院
「俺もいつかここに運ばれるのかな…」

気分を変えようと車のラジオをつける。中島ヒロトの
ラジオマスターがちょうど始まったところだった。
俺もこんなに面白い話が出来れば客なんて取り放題なのだろう。今日は新規開発の日だった。

新規開発
営業職なら欠かせない重要任務である。客は待っていても増えちゃくれない。自ら増やしていかなければ…

うちの会社では月に3件の新規開発がノルマとして課されていた。自分の売り上げアップにもつながるが
これが本当にキツい…

アポも取らずに飛び込みで行くので100件インターホンを押せば90件は断られる。
救急箱を置いてもらい、使った分だけお金をもらう、
自分の仕事の需要の無さを痛感させられる。

今月も残すところあと5日。今日で新規開発を終わらせ、明日から売り上げのノルマに集中したい。
普段の営業は午前中で切り上げ、午後いっぱいを新規開発に注ぎ込むことにしていた。

目星はだいたいつけていた。
稲葉荘に新しく出来た10階建てのマンション。ここを叩けば3件くらい契約は取れるはずだ…
いや、取らなければ。

インターホンを押す前はいつも緊張する。
(ピンポーン)…(ガチャ)扉が開き住人が出てくる
俺「こんにちは!今回は救急箱のご案内で来たんですけど、、、」
住人「あーうちは結構です。」(バンッ)
扉が勢い良く閉まる。これの繰り返しである。これを1階から一部屋一部屋順番に10階まで続ける。

断られるたびに感情が削られ、感覚がマヒしてくる…
……………………………………………………………

…住人「あーすいません。」(バンッ)
10階の最後の家に断られた。5階くらいからの記憶がほとんど無いが契約は1件しか取れなかった。

その1件というのもかなり強引に印鑑を押させた。
少し認知症の入ってるであろう70歳から80歳くらいの独り暮らしのおばあちゃんに、、、



綺麗事ではない。こっちも生活がかかっている。

帰り車でラジオをつけると土居コマキのイブニングタップが始まっていた。

名前は知らないが、なにか寂しい曲が流れていた。