p166  

「いや アレは彼女のいいところなんで寧ろ伸ばしていくつもりです」

人には、誰でも得意不得意があるように、長所や短所があるように、生きる上でとても大きな困難にぶつかる時に、初めて実は短所だったところがその人の本来のエネルギーや力に変わっている事に気づきます。
私はよく、皆さんに、自分の変えたい所は、祈ると治りますよ、とお伝えしていますね。
それは、本当の事ですから、本当に変えたい所は祈ると治るように出来ています。
ですが、人間にはどうしても、何処かで能力が飛躍的に開花している場合、他の部分が疎かになって、能力が欠けてしまっているときがあります。
そのように、欠けてしまっている部分を補おうと努力をしすぎると、エネルギーを使いすぎてしまって、心や身体を消耗してしまい、ぐったりと疲れてしまう事があります。
つまり、よく、自分はもしかしたら社会に適合できないのではないか...とか、自分はどうしてこんな簡単なこともできないのだろうか...とか考えることがあるかもしれませんが、こういったことというのは、実は、他に才能が開花しているがゆえに、体のバランスを取るため、敢えて、能力を封印していることがあります。
だから、そのような人がいたら、心で労わり、このような摂理があるよ、と伝えてくださいね。




p181  
「ちょっとォ!!アンタ仮にも魔王と呼ばれてた男でしょ!!」
と主人公の坂田とみ子が発言した後、やりとりがあって、

 男の方の、山本五郎左衛門の発言の
「ピンポンダッシュで
 英雄気分になれる
 小心者だぞ俺は!!」

の発言ですが、

 この坂田とみ子の言葉に対して、このように、自分は本当は小心者だという者には、実は意味があります。

 例えば、自分を犠牲にして食べられる運命を知る家畜動物にとっては、この言葉は理解することはできません。
 本当の英雄、強い人、というのは、本来、子どもたちのような心を持つ人の事だと思っています。


 人と戦ったり、殴ったり蹴ったり、剣を持ったりするような時代はもう終わりを迎えています。
拳銃で人を打ったり、惨殺して野山に葬ったり、海に投げ捨てたりする。そのような人間に、この今の時代を生き延びることは出来ません。

時代はいま、終わりを迎えています。

この世が変わる瞬間に、神が再臨し、時代を今、少しずつ変えています。
己を護る為に、日々祈りながらも、他者の為にも、日々祈りながら、毎日をゆっくりと歩んでいけるようにしていきましょう。


p196 
「全てこの一撃に込めてやる」

このセリフですが、実は、これは呪術や呪いの気持ちを込めて打っている訳ではありません。
この人は少し前の展開で、

「その陰の先にある陽(ひかり)を」

と、あるように実は暗闇の中にいる時のほうが、神の光を身に感じるものだという意味です。

つまり、この男、山本五郎左衛門は、真っ暗闇の中にいるからこそ、希望や光を感じて生きているのです。
皆さんは、このような気持ちまで理解した事はありますか?
このように、実は、呪いを掛けていた山本五郎左衛門の心にあるのは、希望の光であって、呪術で人を殺める道からはとっくり外れている、ということなのです。


因みに皆さんが、このように人を酷く恨んだり憎んだりしたときにはどうすればいいかわかっていますかね? 

それは...