お世話になります。
IBDのみなさんも、そうじゃない皆さんも、いかがお過ごしですか?
最近、奥蓮は、夢の中で、いや、日常生活の中でも、その時の風景、交わした言葉、感触を残存の様に思い出します。
生前の母の鬱が酷かった時、私も潰瘍性大腸炎を再燃していて、せめて、せめて私の言う事を聞いて行動してくれたらという思いの時でした。
肉体的にも精神的にも限界だった私は、母に手をあげそうになりました。怒って泣きじゃくって、物に当たる(破壊すると片付けるのは自分なので、破壊はしない程度に)事はあっても、母を叩くなんて...
叩かれると思った母は、目をぎゅっと閉じました。
私は、叩かれる覚悟をして目を閉じている母を見て、父や兄のDVに耐えてきた母を、私まで叩くのか?大好きな母を叩くのか?それで気が済むなら叩いてくれと頬を差し出す母の左頬に、そっと、右手を添えました。母の頬は柔らかくて、ぱっと目を開けた母は、とても純粋な目をしていて、叩かれる事よりも、叩かれなかった事にびっくりした様な顔で、私を見つめていました。
私は、泣いて泣いて、母を抱きしめて泣いて、怒ってごめんなさいをしました。
今も、私の右手は、母の左頬の感触を忘れていません。
時々、自分の左頬に右手を当てて目を瞑ると、母の純粋な目と、匂いを感じます。
最近は、このシーンばかり思い出すのです。そして、いつの間にか涙が出ているのです。
気持ちの沈みが原因なのかもしれないけど、「母が傍にいてくれてるのかな?」と、逆に心強く思わなくちゃと、マイナス思考にならない様にとらえています。だって、あの時、こうしていれば、あーしていればと後悔ばかりだから。
夜中に(11時頃)黙って、買い物に行った母を探して、最初は徒歩で近所を探し、徒歩じゃ逆に自分が危険だから車に乗り換えて、河原や母の散歩コースを探し、玄関で途方にくれていると、買い物袋をぶら下げて母が帰って来た事がありました。多分、スーパーで誰かとお喋りでもしていたのかな?近所なのに、凄く時間がかかったから。それとも、私には、その時間が長く長く感じたのかも知れません。
果物やおやつを買って、上機嫌で帰って来た母を、私は突き飛ばしてしまいました。もう、その頃には痩せていた母は、尻もちを付いてしまい、私は、ハッとして頭でも打ったら大変、足でも怪我したら大変、そして心配し過ぎて、もう色んな感情で、泣いて泣いて、母が突然居なくなってしまうのではないかと、胸が詰まる思いでした。
近所なんだから、そんなに心配しなくても、と、私の心配を分からないみたいな顔をしていた母も、「黙って居なくならないで」と、泣く私の気持ちを分かってくれたと思っていたのに、何故、何で黙って居なくなっちゃったの?
お買い物の時は気が付いたのに、何で、本当に居なくなっちゃった時には気が付かなかったのか、あの時みたく気が付いて、お母さんを追いかけて、追いかけて抱きしめたかった。守るから、傍にいなよ。傍にいてよ。と言いたかった。
猫に癒されて、笑って明るく生活しようとしていても、私の心は、あの日からずっと締め付けられたままです。喉が胸が締め付けられる。ずっと、止まったまま。
母の仕事用の靴は、ずっと、同じ場所に置いてあって、この前は、何となく洗ってみました。
今だに、遺品の整理も何も出来なくて、前に進むには、それしかないんだろうけど、進まなくてもよいかなと。母の使っていた化粧品を見て、そう思いました。
お母さん、守ってあげられなくて、ごめんなさい。
あと、お母さんの子に産んでくれて、ありがとう。
誰よりも大好きです。
