メラノーマになった

メラノーマになった

2013年6月に悪性黒色腫(メラノーマ)の治療をはじめました。2015年にステージ4になってからも元気に生きています。病気のことや日々について書いておこうと思います。



Amebaでブログを始めよう!

ステージ4ですが、

元気です。とても。

生きていることに感謝です。

 

オプジーボをやめてから1年半ぐらいが経過しました。

定期検査は半年に1回のCTのみ。

今は体の中にメラノーマはありません。

まるで何事もなかったのように、奇跡のようです。

 

なんで生きていることができているのだろう。

何度も何度も考えました。

 

折角、もらった命をもっと自分が心地よく、

そしてまわりも幸せになるような時間に使いたい。

 

でも現実には、仕事では上からも下からも横からも挟まれて、

大変なことが9割。嬉しいことが1割ぐらいでしょうか。

家族のため、治療費のため、

つらいことも乗り越えてきました。

けれども、そんなこともひと段落して、

もっと自分本位で生きたほうがいいんじゃないだろうか。

 

どこで、だれと、何をするのか。

好きな場所で、好きな人たちと、好きなことをして、生きていきたい。

 

これまでは頼まれたことを、そつなくこなしたり、

目標に向かってがむしゃらに働いてきたけれど、

ふと、それは違うんじゃないかなって...

最近は思うのです。

コロナをきっかけに、在宅ワークになったことで、

自分や家族と向き合う時間が増えたから、もあるかもしれません。

 

残りの人生は、自分で自分の進む方向を決めなくては。というか決めたい。

今さらだけど、今からでも遅くはないよな、と思って。

大学院で、学んでみたり、

植物のことを学んでみたり。

 

そして、植物とデザインとライフスタイルをかけあわせた、

自分らしい事業を創っていきたいと思っています。

 

まだビジネスモデルもスキルも環境も、なにも整ってはいないけれど、

残りの人生を自分らしく生きたいと思って。

 

メラノーマで心身ともに辛いとき、

自分を救ってくれたのは、「自然」「植物」だったから、

それを他の人にも伝えていきたい。

どんな風に伝えていったらいいだろう。

あれこれ考え中です。

 

 

 

 

まだ生きてます。

元気です。

 

2013年に原発手術(ステージ2)

2015年に卵巣へ転移(ステージ4)、手術。オプジーボ開始。

 

2021年現在。

再発・転移なし。

 

オプジーボも今は休薬しました。

卵巣と子宮はないけれど、体調も良く、

仕事は相変わらず忙しいですが、新しいことへのチャレンジもして、

テレワークをしながら

働いています。

 

この情報がどなたかの希望になりますように。

報告でした。

 

今、私はメラノーマのステージ4。

2020年2月の時点で、オプジーボ40回を投与した。

大きな副作用は無し。

投与した日から2~3日は、かなりだるいけれど、1週間くらいたつと抜けてくる感じがある。

血液検査にも異常は見られない。

 

原発は2013年、6月に左大腿部に1cm弱ぐらいのほくろから出血。

拡大切除術の後、センチネルリンパ節生検、鼠蹊部リンパ節郭清をした。

当時の術後療法として、一般的だったインターフェロンを5クール実施した。

 

翌年2014年、原発付近に15箇所くらい再発。

切除術の後、放射線治療。皮膚びらんの副作用で痛みが強く、18回で断念。

その後、左足のむくみが半年ぐらい続いた。

 

翌年2015年、6月卵巣に遠隔転移。

9月に卵巣と子宮を全摘出。

10月よりオプジーボを開始。3週間に1度の投与。

1年過ぎ、1ヶ月に1度の投与。もう半年過ぎて、2ヶ月に1度の投与へ。

そして現在、2020年。2ヶ月に1度の投与を続けている。

 

 

 

私はまだ生きていますよ。

 

そして仕事もまだフルタイムで続けています。

 

 

 

そんな中、先日、現在の主治医から、

一旦、オプジーボをやめてはどうかな?

という提案をもらった。

 

「来月末、PETをとって、病気が何もなければ。

 そこで判断しょう」と。

「ただ、世の中にはまだ、免疫療法が一定期間効果があった人が

途中でやめたからといって、その後効果が持続する、という確かなデータが存在しているわけではない」と。

 

正直、悩んでいた。

 

私がこれまで生きているのは、オプジーボのおかげなのではないか?

病気になってから、毎年、再発・転移を繰り返していたのに、

オプジーボをはじめてから、再発・転移が無いのだから。

 

ここでオプジーボをやめたら、また再発・転移するのではないだろうか?という不安。

 

別の先生にも相談してみた。

穏やかに言葉を選んで話してくださる。

 

「ここまで続けてきて、何も無いのは、まず、喜ばしいこと、

嬉しい悩み、と言えますよね。」

 

続けるのも、続けないのも、私の気持ち次第。

続けても、再発・転移するかもしれないし、

続けなくて、再発・転移する可能性もある。

 

がんは5年がひとつの目安とは言うけれど、

オプジーボの場合は、また違う。

 

「間をとって、

投与の間隔をのばす、という選択肢はどうだろうか。

3~4ヶ月に一度。」

 

「それで、しばらく続けてみて、半年に一度にしてみても

それでも、再発・転移が無いようならば、やめてみるなど。」

 

いきなりやめるのではなく、ソフトランディングしていったら

良いのではないか。

今のところ、その答えがしっくりきた。

 

結果として、医者の判断のせいとか、患者の判断のせいとかではなく、

医師の責任というのは、患者さんと一緒に考えて治療していくということ。だと。

私も患者として、考えていく必要があるということ。

 

来月、主治医にも話しをしてみたいと思う。

今日は、息子の卒業式でした。

 

メラノーマと診断されたのは、彼が小学校1年に上がったばかりの時でした。

 

その頃は、「小学校卒業できるまで生きていられるかな」と考えていましたが、

 

今日、無事に卒業式を迎えることができました。

 

本当に嬉しく思います。

 

奇跡のようなことだと思います。

 

 

 

ここ暫く、ブログを書いていませんでしたが、

 

私は、今、元気に生きています。

 

オプジーボは34回。今は2ヶ月に1度の頻度で投与しています。

 

オプジーボの治療を開始した2015年10月から、

 

再発・転移はなく、

 

こうして今、生かされていることに感謝です。

 

 

 

何のために生きているのか、生かされているのか、

 

毎日毎日、考える日々は続きます。

 

 

 

 

彼女がもうこの世にいないことを、心の底から悲しく思う

みんな、いなくなっていくんだな、と思う


でも、しっかりと死を見つめて、

最後の最後まで想いを伝えてくれた彼女に改めて感謝という気持ちです

こうやって死んでいくんだよって、教えてくれた気がするのです

間際に会えて良かった


私が駆けつけた時は、もう意識が無かったけれど、

きっと、ここに誰が居る、ということは伝わっていたような気がするのです

息と息の間隔がとても長くて、手も、とても冷たくなっていたけれど、

午後、旦那さんが来て、私たちと入れ替わって、会えてから、

それから間もなく息を引き取りました


いつもいつも患者会の仲間のことばかり考えてましたよね

いつの間にやら、スタッフとして巻き込んでいった人、

私たちを勇気づけて、明るくて元気をくれた人、

一緒に勉強してきたこと、山に登ったこと、

病気から逃げずに、いや私は今も逃げることばかりだけれど、


ここまでやってこれたのは、彼女のお陰です

本当に感謝。どうもありがとう



ご冥福をお祈りします