バスケットボール男子日本代表

トム・ホーバスHCインタビュー

 東京オリンピックで女子日本代表チームの銀メダル獲得に導いた名将が、ついに「史上最強」の呼び声の高い男子日本代表チームを引き連れて、パリオリンピックの大舞台に挑む。

 トム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)は日本バスケの歴史を塗り替えるべく、各ポジションに最高のプレーヤーを揃えてきた。

 八村塁(ロサンゼルス・レイカーズ/SF)、渡邊雄太(千葉ジェッツ/SF)、河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ/PG)、ジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷/C)、比江島慎(宇都宮ブレックス/SG)、富永啓生(前・ネブラスカ大/SG)、富樫勇樹(千葉ジェッツ/PG)......。

 

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。※前季Bリーグ所属選手で来季の所属先が公表されていない場合は前所属チームを表記。

 彼らはオリンピックのコートに、どんな絵を描くのか──。ホーバスHCの頭のなかを知るべく、彼の言葉にじっくり耳を傾けた。

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史上最強チームを率いるトム・ホーバスHC photo by Hosono Shinji

史上最強チームを率いるトム・ホーバスHC photo by Hosono Shinji© Sportiva 提供

── 昨年のFIBAワールドカップでは「アジア1位を取ってパリオリンピック出場」という目標を掲げて見事に達成。そして今回のパリオリンピックでは「ベスト8」という目標を掲げました。このベスト8という目標は、今のバスケットボール男子日本代表チームにとってどれだけ大きなチャレンジですか?

「ベスト8はほかの国、たとえばアメリカやオーストラリアならそんなに大きい目標じゃないけど、日本にとっては大きなチャレンジ。今回、48年ぶりにオリンピックの切符を自力で取ったので、これは本当にすごく大きなチャレンジだと思います」

── 東京オリンピックでトムさんは女子日本代表HCとして金メダルの目標を掲げて、最終的に銀メダルを獲っています。いろんな条件を考えると、今回はそれと同じぐらい大変なチャレンジだと思うのですが。

「女子チームは金メダルのチャンス、すごくあったと思う。難しかったけど、銀メダルを獲った。男子チームもこの3年間で、すごくレベルが上がったなと思っています。この目標も難しい。絶対に難しいけど、チャンスはあると思います。このチームのレベルを上げたいんだったら、ベスト8が必要だと思います。ステップ・バイ・ステップのプロセスです」ウォッチで表示

【すごくうれしかった八村の言葉】

── どんな道を通ればベスト8を達成できると思いますか。トムさんは頭のなかにどんな計画を思い描いていますか?

「いろいろあります。バスケットのことだけを考えたら、リバウンディングはちょっとがんばらないと。あと、3ポイントシュートのパーセンテージも上がらないと難しいと思います。今回はNBA組が入ってくる。新しいメンバーが入るんだったら、新しいチームを作れないと勝つのは難しいでしょう。チームワークのいいチームを作れたら、絶対にチャンスはあると思います」

── トムさんは4月に八村塁選手(ロサンゼルス・レイカーズ)に会いに行った時、どんな話をしたのですか?

「この2、3年の間、ルイとは直接あまり話してないんですよ。だから、彼が絶対にやりたい(オリンピックに出たい)のかどうか、彼の考え方と気持ちが聞きたかった」

── 八村選手が言ったことで印象に残っていることはありますか?

「彼は『日本のためにやりたい。そういう強い気持ちがある』と言った。それ聞いたら、すごいうれしいじゃないですか」

── 八村選手の強みを、どんなところで生かしていきたいですか。

「ロサンゼルス・レイカーズでの彼の役割と、日本のチームの役割は似ていると思います。ジョシュ(・ホーキンソン)が5番(C)、(八村)ルイが4番(PF)、(渡邊)雄太が3番(SF)......そういうラインナップを考えたら、ルイの強みはリバウンド。3ポイントシューティングのパーセンテージもすごい。彼が入ることで日本の弱いところのレベルがすごく上がると思います」

── 八村選手が入ることによって、周りの選手の役割も少し変わってくると思います。何が一番、変わりそうでしょうか?

「周りの選手たちの役割は変わらないですよ。新しいメンバーが入るんだったら(それが)当たり前。たとえば、吉井(裕鷹/三遠ネオフェニックス)は今、4番と3番のポジションをよくやっているから、ルイが入ったら吉井は3番のほうがいけるかなと思う。ポジションはちょっと変わるけど、役割はみんな変わらないんです」

【河村と富永を成長させたW杯の経験】

── 昨年のワールドカップでは渡邊選手とホーキンソン選手の出場時間が長く、彼らふたりの負担は大きかったと思います。その部分では、かなり大きなヘルプになりますよね。

「すごい助けになりますよ。間違いない。この3年間、ストレッチ4(外からシュートを打てる4番の選手)の選手を探しました。いろいろな選手を使った。谷口(大智/島根スサノオマジック)、井上(宗一郎/越谷アルファーズ)、マシュー・アキノ(群馬クレインサンダーズ)......いろいろな選手を探しました。

 ルイが入ったことで、(それまで)もうちょっと強くなりたかったポジションが一番強いポジションになると思います。ルイがコートに出ると、相手は絶対にルイを見るじゃないですか。だから、ほかの選手たちの仕事はもっと簡単になると思いますよ」

── 八村選手の加入だけでなく、チーム全体としても成長や上積みがありますよね。特に若い富永啓生選手や河村勇輝選手は、昨年のワールドカップからかなり成長したのではないでしょうか。

「間違いないです。ワールドカップの経験がすっごい大きいと思います。あの経験がなかったら、今回のオリンピックの目標(ベスト8)は作れなかったと思う。ワールドカップのドイツ戦、河村はあまりよくなかった。緊張もあったかもしれない。でも、あの経験によって自信もついたので、パリは大丈夫かなと思います」

── 富永選手はNCAAネブラスカ大のエースとして経験を積みました。

「富永選手は自信、もう満タンじゃないですか。そこは問題ないと思う。相手チームがスカウティングをすると、彼には3ポイントシュートの怖さがあるじゃないですか。だから彼は(相手の対策に備えて)ドライブインのプレーがうまくなったと思っています。

 去年まで、ドライブインでのシュートやオフバランスのシュートはよくなかった。けれど、昨シーズンの(ネブラスカ大での)バスケでドライブインの判断もうまくなったと思います」

【ドイツに勝つチャンスは絶対にある】

── そのほかに、この1年でさらに成長・変化した選手はいますか。

「富樫(勇樹)もうまくなりました。たぶん、河村がいて熱いコンペティション(競争)があるから、富樫もうまくなったんだと思います。それからマコ(比江島慎)も落ち着きが増しました。

 そして、馬場(雄大/長崎ヴェルカ)のディフェンスもうまくなった。特にオンボールディフェンス(ボールを保持しているプレーヤーに対するディフェンス)。Bリーグで外国籍選手を相手によくディフェンスをやっているから、オンボールディフェンスがよくなったと思います」

── 昨年のワールドカップでは、始まる前に「目標を達成したいですか?」と選手に直接確認していました。今回も同じようにやるのですか?

 

「毎回、やっていますよ。みんなの口から聞きたい。『目標のベスト8できる?』『自信ある?』と。簡単なことですけど、大事です」

── みんなからは「自信あります」という答えが返ってきましたか。

「はい、そうですよ。新しい選手が入ると、いつもそれをします」

── ワールドカップで目標(オリンピック出場権の獲得)を達成したことによって、トムさんの言葉を心から信じる選手も増えたのではないかと感じています。

「まぁ、でも、去年も信じたと思うよ。僕は自分の口から『信じています』と聞きたい。本当に信じていないんだったら、それは嘘じゃないですか。嘘はないと思います。今回のほうが自信はあるかもしれない。ワールドカップで3勝して、みんなの自信がすごく上がっていると思います」

── 対戦相手について聞きます。ドイツとフランスはどちらも昨年対戦しましたが、それぞれ相手チームのカギとなる選手を教えてもらえますか?

「ドイツはいいチームですよ。キープレイヤーはデニス・シュルーダー(ブルックリン・ネッツ/PG)やフランツ・バグナー(オーランド・マジック/SF)。強いチームなので、どうやってドイツに勝つかをすごく考えている。簡単に答えは出ないけど、ディフェンスとかリバウンドがもうちょっとうまくなったら......とか。

 昨年の試合、前半はあまりよくなかったけど、後半は勝っていた。あの試合で日本はまだベストのバスケットボールを全然していない。だから絶対、勝つチャンスはあると思います」

【世界で一番速いペースのチームを作りたい】

── 日本としては、チームで対抗することが重要でしょうか?

「(重要なのは)チームです。今回はルイが入るから、5番はジョシュ。そこはすごい自信がある。4番もルイがいるから、すごい自信がある。で、3番はフランツ・バグナーと雄太ですごく面白いマッチアップになる」

── フランスは216cmのルディ・ゴベア(ミネソタ・ティンバーウルブズ/C)や224cmビクター・ウェンバンヤマ(サンアントニオ・スパーズ/PF)など、サイズがあるチームです。

「ウェンバンヤマみたいな(規格外の)選手はルイ以外にマッチアップしたことがないから、そこばかりは考えていない。昨年のワールドカップでフランスはあまり調子がよくなかったけど、今年はハングリーなチームになったかもしれない。それにホームでの試合だし。だから、すごく熱いと思う。でも、まずは(初戦の)ドイツのことを考えています」

── 初戦が大事ということでしょうか?

「僕は、そういう人です」

── 最後に、今年のチームは何が一番の強みで、どういう戦いをしたら勝てるでしょうか?

「世界で一番速い展開、速いペースのチームを作りたい。3ポイントシューティングが当たれば大きいですけど、ルイが入ったから、もっともっとインサイドのペイントアタックやフィニッシュもできるかなと思う。そしてアグレッシブなディフェンスのチーム。40分間を通して100パーセントを出したいです」

<了>

【profile】

トム・ホーバス

1967年1月31日生まれ、アメリカ・コロラド州出身。ペンシルベニア大学卒業後、ポルトガルリーグを経て1990年に日本リーグのトヨタ自動車ペイサーズ(現・アルバルク東京)に入団。5度の得点王や2年連続の3ポイント王を獲得して2001年に現役を引退。2017年に女子日本代表HCに就任し、東京五輪では日本史上初の銀メダル獲得に導く。2021年から男子日本代表HCに就任し、2023年ワールドカップでは48年ぶりの自力による五輪出場権獲得に貢献した。現役時代のポジション=スモールフォワード。身長203cm。