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防衛医大受験の思い出

防衛医大の受験は、特別だった気がします

学科が受かってから、住んでいる地域の管外事務所?から、二次試験に向けて面接の仕方や防衛についてのレクチャーに是非参加してくださいという連絡が来ました。


学科は、息子の話によると難題は出ず、センターを視野に置いて基本中の基本を学んでいれば突破できるとのこと。


事務所が行う二次試験へ向けての指導は、確か2日間。

初日は同じ学校から学科突破したお友達と一緒に事務所を目指したのですが、みんなで勘違いな事務所に行ってしまい、その事務所の方が本命事務所に連絡してくださりだいぶ遅れたものの無事到着。

その時は有難いことに、全て無かったことにしてくださるという、特別な対応をして頂いたようです。


初日は、事務所の用意した面接向けの一問一答プリントを渡されました。

そこには、日本の防衛についての意見を問われる設問があったり、なぜ防衛医大を希望するのかとか、近々で起こっている外交問題についての意見を問われたりします。

次回までに穴埋めし、息子は一読を勧められた"防衛白書"という雑誌を読んだりしました。


そして2回目は、自衛隊の方々が前回のプリントへの息子の解答を見ながらの合格するための調整と、二次試験に向けて身だしなみや身のこなしの仕方の指導をしてくださったようです。

面接官を大切にしながらの意思を表す言葉遣い、挨拶の角度や態度、言葉遣いなどを教わりました。

全ての医学部が面接必須な中、これは実に価値あるレクチャーでした!


そうそう!地域事務所で教わった中には、面接時の入退室の仕方から始まり、男子の椅子の座り方。

靴は一切の曇りなく磨かれていること。

髪の毛は相手が不快に思わないように整えられ清潔感あるものであること。

ジャケット、ズボン、シャツはシワひとつなく整えることなど、沢山の事を教えていただきました。

女性の場合はどうなのでしょうね⁉︎

是非私も教わりたい衝動に!


そんな大切さを、ハタチ前の子供たちに教えてくれました。

この機会を蔑ろにするのは勿体無いと思います。


二次試験は面接と身体測定。

面接は入室退室の仕方を教わった通りに。

あまり意地悪な質問をされることなく終わったようです。

そして、身体測定。

一通り知った測定の中、肛門科の測定があります。

いったいどんな検査なの~⁉️とちょっと心配しましたが、違和感があるかとの聴聞だけだったとのことです。そして、無事合格を頂きました。


今息子は別大学の医学部生です。

実際、医学部生はみんな勉強量が半端ではないようです。

これまで、晴れて医学部生になった子たちの中にはたまに勉強が追いつかなくて落第していく子、

解剖学でおかしくなってしまう子もいるようです。


他学部と比べると、医学部は一学年少人数で年齢層も様々ですが、学生恋愛の末結婚してベイビーを育むなど最近ありました。

医学部生って、アーティスティックなのかな?








息子の予備校時代

現役で国公立医学部に失敗した息子は、彼自身が選んだ大手S予備校へ行くことになりました。

予備校では、学校を特定した"国公立医学部コース"もありましたが、どうなるかわからないので"すべての国公立医学部コース"を選びました。

クラス分け試験では、幸いトップクラスへ入る事が出来ました。
しかし、入学して少し経った時に行われた模擬試験結果報告を含めた三者面談では、
"クラス順位、ギリギリです。"とのこと。
どうしたものか…と思いましたが、先生は親に会う前にも本人ともお話しているとの事でしたので、私からは"そういうことなんだね~!"と言ったきり何も言いませんでした。

後から聞いたところによると、どうやら彼は、当時少しふてくされていたようです。

えっ⁉︎ふてくされている場合かと思いましたが…
誰でも人生を揺るがすような事態で必死に頑張って、成果が得られなかったら…落ち込むこともあるでしょう。
心の回復には時間が必要になることもあります。そんな場合ではない事は、本人が一番分かっているはず。

この彼を迅速に解きほぐし、やる気を再復活させてくださったのは、予備校の担任の先生でした。
先生は一見とても優しい面持ちでしたが、一人一人をよく見て面倒見よく、言動には熱い信念を持っている方でした。
在学中はありがたい事にいつも気に留めていてくださいました。

お陰でゴールデンウィーク明けには、受験を従来中高で育んだ"祭り"感覚に戻れたようです。

息子はその後、挽回するべく再び頑張りはじめました。

予備校の教科書をベースに、できなかった問題の総復習、日々の授業の予習、不得意分野の克服。

元々眠くなるという理由で家では勉強してこなかった息子。現役時代から常に自習できる場所を探していました。
予習・復習には、スタバがお気に入りスポットだったようで、朝5時に起きて、開店時間に合わせて出掛けて行くようになりました。
サラリーマンに混じり常連になった彼。
オーダーしたドリンクに励ましの一言メッセージが頂けたりして。

小耳に入ってくる未知の世界の社会人の会話はとても面白く、社会ってこんな感じなんだと色々学んだようです。
スタバで沢山励まされ、居心地も良かったのでしょう。
大学生になって何年か後、こちらでバイトし"バリスタ"になってしまいました!

結果はすぐには出てきません。

夏までに頑張ったことは秋口から段々と目に見えるようになりました。

その成果は目を見張るものがあり、以前書きましたが、中学受験時代に感じた"誰も止められない境地"に入ったようです。

国公立医学部合格には、センター試験でどれだけ得点できるかがとても大切。 

その後志望大学の受験をする事になるのですが、
高校時代から"国公立医学部へ行きたいなら、センター比率9割超え必須!"とずっと言われてきました。

実際、息子は現役不合格時8.9割。1年浪人後合格時9.7割くらいだったでしょうか。

息子曰く。
"もちろんセンター得点は大切だけれど、私立でも国公立でも、志望校の問題傾向が自分に合っているかどうかも分かれ道。
過去問を解いてみて、自分で判断する事が大切だと思う。僕は今の大学と傾向が合っていたんだよ!" 

"私立だったらどの大学も特別な傾向があるから、出題傾向を研究して克服する事が大切なんだと思う!"と言っています。

秋口には防衛医大を受け、合格を頂きました。

全寮制で、お給料を頂きながら学費は無料。何しろ全て無料で、特別国家公務員というとっても魅力的な大学です。
受験は学科・論文・健康診断・面接とステップがあります。時期も分散されているので、受験生にはちょっと大変かもしれません。
学科に受かると本人居住地域の自衛隊事務所から連絡があり、そこで論文の書き方から面接の仕方まで大変丁寧なご指導をしてもらえます。(確か任意)
特に面接の仕方の指導は、素晴らしかったと記憶しています。
声の出し方、話し方、姿勢と座り方、歩き方、靴の手入れの大切さ、スーツ(制服)のシワ、会場への入退室の仕方などなど…そこまでの細かい指導を受ける機会がそれまでなかった事もあり、他大学での面接時にも大いに役立った気がします。
防衛医大受験は本当に特殊でしたので、詳しくはまた。

一通り受験が終わり、無事本命合格した息子は、予備校の冊子の撮影寄稿依頼があったり、バイトの依頼がきたり。

予備校に合格の報告をさせて頂いた時には、先生から"こんなに心配させながらも、最高の形でこうして合格したような子は前代未聞です!"と涙声で仰っていらっしゃいました。
"前代未聞"という言葉に、"ありゃ~"となんとも申し訳ないような複雑な気持ちでしたが(;^_^A

本人曰く、"浪人時代は本当に日々苦しかったよ!でも友達も出来たし面白かった!"と言っています。

ふてくされの後頑張り始めた時は、予備校友達と校舎近くの公園で空き時間にフリスビーや花火、そして近隣探検をしたりして息抜きしたり、
授業の空き時間には近くの県営の自由スペースで友達と計算問題合戦を楽しむなど、全て祭りごとのように大いに楽しんだようです。

成果を出さなければならない学びの真っ只中でも、
集中と息抜きのバランスも大切なのかもしれません。

それは今も継続しています。

"受験時代より今の方が辛い"と言う息子。
浪人時代も彼の人生の一コマ。大切な24時間の内、笑って楽しむことがあったっていい!
その笑いが力を生んで、辛いことを打破する力にしてくれる気がします。
社会人のアフターファイブも然り。よみがえりの時ですよね(*^_^*)
笑った後って、なぜか力がよみがえるとおもうのです。

息子は、きっとこれからどんな時も笑いありのお祭りみたいにして、色々な事を乗り越えていくのでしょうね。。。

大学受験 ひとり親でもなんとかなりました。

受験シーズン真っ只中。  

特に国公立を目指す方々は、3月末まで気が抜けないですね。

このシーズンになると私も色々思い出しています。

息子も3月31日に大学から電話が掛かってきた事がありましたので、さいごのさいごまで可能性はあると信じます。

受験は本人はじめ家族にとっても一大事。
家庭にとっては経済面でも大変な時期です。

私もこのシーズン、常に頭に重石が乗っかって過ごしていました。

ひとり親の私は息子が中学受験が終わったと同時に大学受験へ向け支度金作り開始。

中高の日々の生活には、靴や体操着が小さくなったり、制服も高校進学では新調したり、修学旅行もあったりして…。

"初めからないもの"として月々何しろ貯金を頑張りました。
これからの必要不可欠な学校の出費情報を手に入れ予算決め。
息子は一浪したので、予備校関係の経費も含め、私は電卓を叩き続けました。
1円!されど1円‼︎と無駄にしないようにコツコツ・コツコツ。。。

学資保険で途中出た"健康お祝い金"は大きかった!
それも手伝って、家族の人数が少なかったのも幸いしたのか、何とか切り抜けられて来た気がします。

途中母の介護もありましたし、
本当に神様から私自身試されているなと思う日々もありました。でも、無事生還した母。それが彼の原動力にもなった気がします。

必死で貯めたお金は、受験シーズンに入ると、受験料含め相当まとまった額が羽を付けて飛んで行きました。

私立医学部の学費は私がどんなに逆立ちしても、到底太刀打ち出来ません。
目指すは国公立医学部。

医学部はちょっと特殊で、向き不向きがあり、受かる子は受かるし受からない子は何浪しても受からない…と、以前医学部教授からお話を伺った事がありました。
入学の時点で、既に就活のように人の命を扱う事に於いて求められる人材を学校側も見分けなければならず、
大学側は相当人材を見抜くことに慎重になっているようでした。

もし彼が医師になったら…と、親バカ妄想…。 
きっと性格的に患者さんに真摯に向き合う、とっても優しい医師になれるのではないかな~。 

プロが言う"向いているのか、いないのか"なんて、わかりません。

でも出来る限りの応援をしたい親心。

残念ながら我が家には何年も掛けてなどという余裕はない。

夢を実現したいという意欲は十分わかっているし、応援したい気持ちはいっぱい。
でも、私が親としてやってあげられるのは一浪まで。と本人とよく話をしました。

国公立はセンターの結果を踏まえ、前期後期の二校しか受けられないので、
万が一に備え別学部私立大学も受験しました。
医学部受験料は他学部よりも高額。
また 私立の方が合格発表が早く、先に合格を頂いた私立大学の入学金納入時は本当に悩みました。

現役の時は頭のどこかに浪人覚悟があったので入学金納入はしませんでしたが、一浪後は今年が最後!と合格を頂いた内、悩みながら私立二校分の入学金納入。 
結果多額のお金を捨てる事に…。
でも、目をつぶってこれは日本の将来を支える子供達への寄付だと思う事にしました。

晴れて無事国公立医学部に合格。
合格をネット確認した息子が、キッチンにいた私の元へ報告に来てくれました。 
え?本当?間違いはないの?と一緒に確認し、冷蔵庫の前で、声を上げて泣く大きく成長した我が子の肩を久しぶりに抱きながら、二人で号泣。
忘れられない思い出です。

その後すぐに、私が実は二校に入学金を納入していたと知った息子は"僕を信じてくれていなかったの?"と…。

きっと電卓を叩いて、ギリギリでやってきた私を知っていたからこそ出た一言だったのかもしれません。

もちろん、信じていたから一浪を許し必死でやり繰りしたんです。 
別学部大学の入学金納入は万が一に備えたものに決まってます。
そんな中、私の親心を説いてくれたのは、祖母である私の母でした。

親子のそれぞれの思いは、中々理解し合えず行き違うこともあります。
それを救ってくれる父親役、母親役をしてくれる人の存在は、ひとり親の子育てにおいて本当にありがたいと切実に感じました。
 
入った学校は一学年数十名で一クラスしかなく、一浪二浪生がいっぱいでした。 
中には他学部他大学を卒業してから医学部へ入ってきた人もおり、"おとな"とあだ名が付く人もいたとか。
年齢バラバラの同級生集団。

入学すると沢山の資料が渡されました。 その中に様々な奨学金制度のご案内。 
利息が付くものから、返済の必要がないものまで。
返済義務のないものは、特に選考基準がとても高いですが、本人が真摯に学ぼうとし、真面目で一生懸命ならば大丈夫です。
もちろん、家庭調査や面接もありますが、ひとり親には大変助かる制度があります。

医学部生のバイトは需要も多く、長年働いている私が驚く程の時給で、選べば羨むほど大変高給です。
実家通いですが、学業的に余裕のある一・二年目は受験生の家庭教師や病院事務のバイトをしながら お小遣いなしでも充分学生生活を謳歌できるようです。

大学に進学してから、親である私は学費と交通費の捻出だけを考えるようになりました。
余力のある時は、彼の学生生活に彩りをと少しお小遣いをあげる程度。

結果オーライですが…
医学部国公立なら、ひとり親でもなんとかなった私の経験談が、今、ひとり親で、子供の大学進学に思い悩む方々に微量ながらもお役に立てますようにと願っています。。。
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