成田悠輔は、この世界をこんな寓話で表現してみせた。

 

 『ある日、5歳くらいの女の子が公園で泣いていた。

 

 「成功者」とおでこに書かれた人たちが別荘に集まり、ワインを片手に格差問題について流暢に語り続けていたのを見て、こういう精神性には耐えられない。私はこんな世界には住みたくない。彼らは悪魔なんじゃないかと思ったんだと言って泣いていた。

 

 僕は、あまりに彼女が泣くんで、彼らは悪魔の顔をした天使なんだよと説得をした。「世の中の情弱な貧乏人たちは、彼らにお金を渡しても、ストロングゼロを片手に、ギャンブルに興じ。今日こそが最後だと言いながら、また同じことを翌日もする連中である。だから、僕たちは彼らを経済的、政治的、文化的に無力化するべきなんだ。それこそが、僕たちが推し進めるべき分断であり、そのために、僕たちはなんでもするべきである。この目的の為には、リボ払いも、ヤフコメも、スマートニュースのマクドナルドクーポンも全部正義なんだ」と僕は熱く語った。

 

 すると、その女の子は綾波レイのような微笑を残してすっと消えた』

 

  (この部分は、本当は文中にあったのですが、あえて文頭に持ってきました。この世界は支配している層も、支配されている層も、思考が停止している悪魔だらけだという成田氏の世界観が出ている彼の作った寓話です。なお、この世界は利己的な人間を支配しておくために作られているので、悪魔が大量に混じっていることが大前提でありますから。多くの人が聞いて耳障りの良いような社会神話は、全てが虚構です。人間を善として社会制度が作られたことはありません。法律などは最悪に備えるものですから、悪であるという前提で作られています。ならば、学校教育が教える、報道機関などが流す耳障りが良かった社会制度の成立の歴史などは全て嘘ということです。ユヴァル・ノア・ハラリが社会のシステムや神話は全てが虚構ですけど~と言っている世界観を更に深堀してみると、この答えになるでしょう。それでは本文に!)

 

 前回、この社会は虚構で成立しているということを少しだけ触れた。

 

 そもそも、この国、この世界で大衆向けに流された情報、世界観が真実であったことはない。歴史的にも同様である。

 

 前回の投稿では、「 正義 vs 悪 」という単調な構造だけが流れ続けているのが日本政府やアメリカ政府を経由した情報であり~、その世界観は大衆統治のための虚構であるという点について触れたが、この投稿の約1か月後に岡田斗司夫氏も同じことを言っていたので、そちらを参照していただきたい。

 

 アメリカという国は、現代においてなお、四則の演算すらできず、短文の文章すら読めない国民が半数近くいて、彼らが投票する国なので、そもそも、民主主義、投票などということを本気で彼らにさせるつもりのエリートは民主主義が始まった段階からほぼいなかった。

 

 正義 vs 悪 という茶番を見せて(報道機関を通じて同じ情報に触れさせ、同じ敵を見せる演出をする)、愚かな大衆をどうやって支配するかということがテーマになっており、そういった情報が流れているだけの国であるということは広く知られている事実(情報に踊っている側以外にはという意味)である。これは、前回投稿した通りだが、岡田氏の動画でもこれは確認していただける。

 

 以下の画像は、岡田斗司夫氏が、オズの魔法使いという物語は「正義」を自称してみんなで「悪」を叩きのめす情報を与えること。その情報で国民をまとめているのがアメリカなんだよ!と作者が風刺をこめて描いた作品でもあるんですが。皆さんは知っていましたか?と伝えている動画です。

 

 仮想敵をどのように、でっちあげ、それを集団でリンチし、一体感を与え、大衆をどのようにまとめるかということで成立させているのが、近代国家だったという点については、前回の投稿で確認していただきたい。

 

 ところで、上記投稿で、私は、利己的な人間をどうやってまとめるのかという手段が「仮想敵」を大衆に見せることであるという点を説明したが。

 

 このような直接的な記述は芸がないし、知性に欠けるものである。

 

 利己的な人間たちをどのようにして支配しておくかという装置が、国家であり、法律であると韓非はストレートに表現したが(彼はそもそも、その世界観の元祖なのでストレートで表現するしかなかった)、このような直接表現の記述が大衆に受け入れられることは稀である(法律というものは最悪に備えるものである以上、性悪説が前提になるのは当然であり。この帰結は、耳障りの良い学校教育などの教科書通りの社会神話は全て大衆を欺いておく嘘、虚構に過ぎないという証明でもある)。

 

 この点、尾崎豊は「誰がいけないというわけではないが、人はみなワガママだ」と歌い。「法律の名のもとに作り上げた平和。だけど首をひねって悩んでいるのはなぜ」と歌うことで、見事にストレートな表現を避けて、この社会を風刺してみせた。利己的な人間の支配方法が法律であるという点を美しく詩的に表現したのだ。

 

 これが本当の知性というものだろう。

 現代社会は、情報源の上にいる者たちから虚構を流され、それを圧倒的多数の人間が信じるだけの世界であるという点について。文系のトップ学者といえるノーム・チョムスキーは、「エリートの共謀」と表現し、「選挙(民主主義)は報道機関を通じた茶番である」と表現しているが、この世界観に通じるものを成田悠輔は、もっときれいに寓話を作って風刺している。

 

 成田悠輔は、この世界をこんな寓話で表現してみせた。

 

 『ある日、5歳くらいの女の子が公園で泣いていた。

 

 「成功者」とおでこに書かれた人たちが別荘に集まり、ワインを片手に格差問題について流暢に語り続けていたのを見て、こういう精神性には耐えられない。私はこんな世界には住みたくない。彼らは悪魔なんじゃないかと思ったんだと言って泣いていた。

 

 僕は、あまりに彼女が泣くんで、彼らは悪魔の顔をした天使なんだよと説得をした。「世の中の情弱な貧乏人たちは、彼らにお金を渡しても、ストロングゼロを片手に、ギャンブルに興じ。今日こそが最後だと言いながら、また同じことを翌日もする連中である。だから、僕たちは彼らを経済的、政治的、文化的に無力化するべきなんだ。それこそが、僕たちが推し進めるべき分断であり、そのために、僕たちはなんでもするべきである。この目的の為には、リボ払いも、ヤフコメも、スマートニュースのマクドナルドクーポンも全部正義なんだ」と僕は熱く語った。

 

 すると、その女の子は綾波レイのような微笑を残してすっと消えた』

 

 この寓話には、多くの要素が含まれているが、軸となるものは、悪意の支配構造がこの世界にはあるという点だろう(この寓話の軸の部分になっている結論だけを先に触れると、この社会の偉い人のなかに誰かを守るため~という連中がいない。良い人のふりをして、そのことによる利益を享受しようとしている連中だけが、社会の上へ上へといつまでも目指す構造があるという重大な問題の指摘がある。この社会の構造が嫌な人は泣いている女の子のように途中でその階段を登らなくなる。階段を登り続けたこの国の政治家たちが本当にするのは、国民を経済面など、様々な面で追い込んでおくことである。それが本当の現代社会だ)。

 

 実は、この精神性で国民に対して情報を流すのが、官僚や政治家であり、それを漫然と流し続けるのが報道機関である(ここで最重要なのは、国家権力、特権階級にとって、本当の搾取対象は、自国民であるという点である。これは、官僚経由の虚構を信じていなければ容易に理解できることだ。近代社会において、本当の搾取対象は隣国の民などではない。スパイ、テロとしきりに煽り、国民の矛先を変えて搾取する層は誰なのだろうか?という点すら理解できない状態にしておくことが最も重要な支配構造)。

 

 エリートの目的は、自分の身内以外の国民を無知にしておくことである(愚民政策と呼ばれる)。

 

 エリートの大半は、自分が気持ちよくなれる神話を覚えて、自分の搾取だけは如何に素晴らしいことかということを語り。どうして、自分たちが他人を支配しなければならないかという精神性をむき出しにしていることが多い。

 

 もちろん、彼らはそれを表に出さないどころか、大衆の前に立つとき、公的な場にいるときは綺麗ごとという嘘で武装している。なによりも、彼らは成田氏が寓話にしているような社会構造について自覚すらなかったりもする。そこに気付いて悪意で他人を支配している人間もいるが、思考力の欠如ゆえに、目の前の気持ちよさそうな情報だけを記憶し人生を送るものも多い(暗記教育の末路)。その精神性、知性が、「成功者とオデコに書かれている人たちが流暢に格差問題について語る」という表現(格差を作った側が語る茶番)により、成田氏は風刺している(この手のものを物語などで風刺しておくと、追及されても言い逃れできるので、いつの時代も公然とできない批判は作品として風刺される)。

 

 そもそも論、この世界において、情報源の下にいる人間に判断を仰ぐような構造は存在しない。君たちが判断しているんだ!といいながら情報で操れば、どんな構造でも自分たちは責任を負わずに済む。これこそが民主主義の肝であり、近代社会の肝なのだから。

 

 ユーチューバが悪意で、ヘイト動画は再生数があがると、それらを拡散しているのだろうと、参議院選挙中の前回投稿で記載したが、これらは選挙後に裏付けがとられ報道されていた。

 さて、ところで、金にさえなればなんでもいいとか。

 

 情報源にいるものが、反応を支配しているという点の両方を簡単に証明できる事件が最近あった。

 

 私は、あまり育ちが良くないので、家出などで夏休みは家に帰ってこなかったなどという子がいる環境で育ったのだが。通常、行方不明者がいるからといって、ワイドショーで連日、報道などがあるのは、警察が報道してほしいと報道機関にお願いしているケースである。その時点で、普通の状況にはない。警察が信じさせたかったシナリオ、流したかったシナリオは最初から存在するのだ(成田氏は、大衆を支配するため、愚かにしておくために必要なこととして、ヤフコメを挙げたが。そもそも警察官僚など、情報を流す側にいる人間は事前に反応まで計算した情報を小出しにしており、彼らの反応は計算されたものに過ぎない。その自然な反応部分に議論の余地など本来ないのだ)。

 

 故に、情報を流してくれという前提で報道されているケースでは、最初から警察がヒーロー扱いになれるようなものである可能性は極めて高い。

 

 考察系ユーチューバーを自称している以下の警察官たちが、その構造(情報源は誰か?という構造)について触れただろうか?彼らの動画は見たことがないため知らないが、この構造についてセットで触れてくれる人がいなかったのであれば、それらは見る価値がない。

 

 そして、彼ら自称考察系ユーチューバーの元警察官たちは遺体が発見されたというニュースで、視聴者数が過去最高を達成したとしてそれを見て喜び炎上した。

 

 

 もともと、ニュースなどというものは、この程度のものであり。情報源にいる連中のモラルなどというのはこの程度のものだ。

 

 

 この辺りの軽くて浅い精神性について、作品で見事に風刺したものが「FATE」という作品で確認できる。

 

 「 正義の味方に なりたかった 」という言葉を主人公が述べることで知られているこの作品では、主人公が悪役などから 「 喜べ少年。君の願いはようやく叶う 」 と言われ煽られる。悪を暴力で退治するという暴力作品における正義の場合。正義の味方を自称するなら、他人の不幸や犠牲が不可欠である構造について作中で主人公が周囲から煽られるのだ。

 流暢に格差問題について語る「成功者の精神性(成田氏が悪魔であり、一緒に生きていきたくないと5歳の少女に言わせる)」も、「遺体発見報道で、放送枠を取り、視聴者数に、はしゃぎ。おめでとうございますと言い放つ人間がなぜかアシスタントにいる放送をしている元警察官たち」も。

 

 本質として、求めているものは、私的な利益であり。公益は、口先で発信することで自分を飾るものに過ぎないという点で、共通しているのだ。その浅はかさを作品で風刺する人が多いというのが上記の作品などの例なのだが・・・。

 

 成田氏が、大衆を馬鹿にしておくための道具として、ヤフコメという単語を挙げたが(ヤフコメはいいね機能があるので、通常の掲示板より質が悪くなる。「多数決は間違っていることの方が多い。この世の平均的な知能を持つ人間のレベルを考えろ」と言ったのは、ジム・ロジャーズであるが、この世界では、先進国ですら半分くらいの人は平易な短文すら正しく認識できないという調査結果がある。ジョージ・ソロスも「市場は常に間違っている」と言っているがこれも類似のものだろう)。下記のものは、この2人の警察官について語られている日本最大掲示板のまとめサイトである。ここでは、日本人として聞きたくない情報が出され、反論が多数ある。ところで、この赤太字と類似したものの見解を私は知っている。これこそが「菊と刀」という本の中で語られる日本人像である。この本の著者・ルース・ベネディクトは、アメリカが日本人を支配しておくために政府から依頼され、日本人を分析した人である。この見解について、これ以上深堀する理由はないのだが、重要な情報だけここで記載しておきたい。アメリカは、開戦前から日本人の研究をしていた。その彼らが日本人を信頼して作った社会制度も、システムもこの世にあるわけがない。もともと、この社会の制度は全て性悪説で作られているし、アメリカ人は決して日本人全体を信頼などしていないのだ(成田氏も社会の全員を悪魔のように言っているが、信頼している人々も周囲にはいるわけだ。だが、彼の全体評価は悪魔たちとなる。そして、もちろん彼は寓話という逃げ道を残してこれを指摘している)。

 

 こういった上記のものは、議論のようで議論ではない。なぜなら既に終わっているものだから。ルース・ベネディクトは日本人には神はおらず、世間様という神だけがいて、我々のように心の中にイエスがいる民族とは違い~と述べている。こんなものは、プラトンの時代から、あらゆる場面で言われる人類の評価でもあるのだが・・・。自分に向けられた矛先だけに皆、怒る。この件では、中野信子が女性は連れ子がいた場合には再婚するなということですか?と聞き炎上中である。世間様は、その通りである!再婚するな!と言って激怒しているのだ。このロジックならば、男は全員が悪魔であるということになるだろう。何故、彼らは、自分に矛先が向いているように見える不都合な指摘にだけ反応するのだろう?不都合な現実を受け入れないなら議論ではないし、彼らがしているのは議論でもなんでもない(そして、この中野信子の炎上理由のロジックの帰結は、最悪に備えるべきが法律であり、社会制度であるならば、皆さん個々人が悪魔かどうかではなく、皆さんが警戒すべきと言っている悪魔が大勢、社会にはいる以上、正しい情報を教えてもらうことも出来なければ、判断を仰がれることもないというものだろう。つまり、国家などが積極的に伝えてくる全てのニュースや議論の多くは処理に時間を割く価値もないので時間の無駄なのである。彼らは最初から国民を相手になにかの判断を仰いだりしない。そしてアメリカも日本に対してそういう態度で接する。なお、再婚についてのロジックが最悪に備えるべきというものだった場合でも民主主義などに関する結論は同じになる)。

 

 この状況では、成田氏が頻繁に指摘する通り。彼らはエリートたちからは議論しても無駄だと思われてしまうのだ(この点については、「君たちはどう生きるか」という本で、コペルくんがおじさんから「君の発見は、既に誰かがしたあとかもしれないから知識がないと、議論もできないし、全ての議論の土俵にもあがれないんだよ。だから知識をつけるのが大前提なんだよ」という趣旨のことを言われる世界観に近い)。エリートですらない私でさえ、議論する価値はないなと思う人々。彼らに対して、この国のエリートたちは真剣に何かを議論しようとするだろうか? 成田氏などは、完全に大衆をクズ呼ばわりしてしまっているが・・・。

 もっとも、このような意見は批判を招くだろう。故に、他人の権威で反論しておきたい。同じく「菊と刀」にはこのようなことも書かれている。孔子は、立場として偉い人は、偉いなりの行為、行動を伴わせるべきであり。それをしている前提で偉いわけだから。その場合は尊敬しましょう。彼らが義務を果たすならその地位は守って、あなた方は彼らに譲り、従い、それにより社会を安定させましょうと語ったが。どうやら、日本人は、これらを曲解し、図体だけでかくなれば偉い。立場が偉いなら努力しなくても、義務を果たさなくても偉いと言って。年齢が上だからなどとして他人に偉そうにしているらしい。そういう民族らしいというような評価をくだしている。

 

 無条件に努力もなしに尊敬される世界などないというのがアメリカ人の世界観の根底にあるものだが。選挙権を与えられているから偉いとか。消費者として金を払っているんだから偉いなどとテレビが大衆を褒めるとき。台湾人が、中国と揉めるたびに日本人を褒める時。アメリカの偉い人たちが武器や国債を売りつけるときに日本人を褒める時。無条件で称賛があるときのほうが危険であり。そんな無条件の称賛には裏があると思うべきであり、それが普通の警戒心であろう。図体だけがでかくなり、無意味に年齢を重ねたからといって無条件で褒められて、あなたは嬉しいのでしょうか?と問うべきなのが本当の世界だろうが・・・。他人に強要する尊敬を得て、それで嬉しいんですかね?

 

 さて、ところで、情報とは何か? 情報源の下にいるとは何か?という点に戻りたい。

 

 検察が報道機関への情報提供者なら、検察の思惑があり、希望された反応がある。警察もしかりであり。厚生労働省もしかりだ。

 

 コロナワクチンを接種させたかった日本政府は、連日、大行列が出来たとワクチン会場の映像を流し続けた。目的は、みんなが並んでまで接種したがっているという印象を与え、その後の反応が欲しかった。それだけである。

 

 一般的にネットで考察している人たちは、考察しているのではなく、事前に反応が計算された情報に触れているだけなので、その反応にあまり価値はない。彼らは、自分で考えているのではなく、そういう反応になるような情報を出されているだけなのだ。ましてや、こういったケースは、警察がヒーローになる演出をしたいという願望が垣間見えていたので。こんなものに興奮しているのは、意味のないものだった。

 彼らは、自分たちがヒーローになれる情報を、何週間も前から流して、他人を巻き込んでいただけのつもりなので。そもそも、考察も何も、結論は最初から決まっていたし。大衆がそういう反応をするだろうという情報を流していただけなので、推理も、考察もないのだ。ネットにいる彼らは何かを言い当てたと誇って己の能力に酔っていたが真実は逆だろう。この元警察官たちから馬鹿にされ、広告収入、スーパーチャット(投げ銭システム)収入の肥やしにされていたのだ。

 

 なにより情報が、警察経由で、見せたい結論まであったのだから。こんなことは情報を精査する余地すらない。

 

 この件で最も重要な情報は 「警察が流して欲しいと頼んで、ワイドショーというものが1日中テレビで流し続けた」 という事実だけである。この事実だけで、既に何かを考察する意味はない。茶番に駆り出された消防団員やボランティアだけが労力を払っていただけだ。

 

 だから、行方不明の少年を探している(探す意味合い違い)などとは最初から元警察官ユーチューバーたちは思ってもいないので、視聴者を増やすために煽るだけ煽り。遺体が見つかったという事実に対して、視聴者数をしきりに気にして、軽率におめでとうございますなどという言葉が彼らの口から出てしまう。自称考察系ユーチューバが、もし、「報道をしてくれとマスコミに警察がお願いしているという時点で~~~だから既に、皆さんは茶番を見ているだけであり~~~推理などというのは与えられた情報の当然の反応に過ぎず~~~考察系動画を投稿している私の動画に見る価値は本当はなくて~~~考察系のユーチューバーなどという以前に~考える価値もないんですよ~~~」という話をしていたなら、それは親切であるが、そんなことを彼らはしてはいないだろう(見たことがないのですいませんが)。

 

 この社会では、どのくらい価値のない情報で大衆が踊っているのか。情報源にはどれだけの悪意があるのかという支配構造について語りたく、触れたものにすぎないので、ここまでにするが。勝間氏は、テレビは視聴率という数字のために、気分の悪い情報しか流れてこない構造になっているので、私は見ないと言い切っているし。尾崎豊も「cookie」という歌で以下のように報道を一言で切り捨てている。

 

 

 

 そもそも、無料で手に入る情報とは、その機関に金を払っている連中が何かを購入して成立しているのだが。それは、大衆の反応である(持つべき世界観、その後の行動、購入者は大企業や、報道機関に特権を与えた政府)。

 

 この国の大衆が、どのくらいに思考を停止させた人々かというと、テレビ局は反自民党で、左翼だと本気で議論している人がヤフコメなどには多くいる。それくらいに終わっているのだ。ところで、テレビ局のスポンサーは自民党に献金している団体ばかりである。この資金の流れや、株主構成などから彼らは何も考えないのだろうか。彼らは議論など最初からできてはいないのだ。そして何より、テレビ局の職員も、そんなヤフコメ民たちを見れば成田氏が女の子を説得する際の心境になってしまいそうなものだが・・・(大衆を無力化して馬鹿にしておかなければならないんだと説得する成田氏の寓話)。

 

 ところで、これは森永卓郎氏が、報道機関というのはね。政府を批判するふりをしているだけなんだよ。これは、もう死ぬから言えることで。こんなの言ったら殺されちゃうけど、父親が毎日新聞で記者をやってって。自分は言いたいことを言って死のうと思ってって。末期がんの俺をもはや殺す意味はないから一種の治外法権を手にした期間に今はいる。だから、いろんなことをしゃべってから死ぬと言って発言したものの一つがこれだった(テレビっていうものは、政府を批判するふりをしているだけで、批判を装ってサポートしている。コメンテーターはそういう連中だよと言い放った動画がこれ。私見を述べると、テレビも報道機関もユーチューバーも、背後にある人間関係や、利益で話せないことが山ほどあるので全ての情報は曲がって流れてきます。それが通常の情報です。そして、政府の圧力は非常に強いのでいいたいことが言えないケースが多い)。

 

 そう。この世界には言えないことが沢山あるのだ。報道機関の中の人などには。

 

 民主主義というものもまた、茶番なのだ。なにより、報道機関の情報源は、警察や官庁の官僚たち、政治家であり。全ての特権の源泉は彼らなのだ。とすると、報道機関は本気で彼らを批判してしまうと取材源を失う。

 

 我々大衆というものは、最初から、茶番を見せ、死ぬまで興奮させておけばいいと思われている存在にすぎない。これは、成田氏だけでなく、MIT教授ノーム・チョムスキーの世界観でもある。

 岡田斗司夫氏も、テレビのコメンテーターや、番組制作者の中には、大衆のガス抜きのために批判してるふりをしてプロレスしてるんだよと思ってる人と、本気で何かを批判している人がいて。それが本当のワイドショーの裏側なんだよと(彼は元コメンテーター)。

 

 ところで、ユーチューバーのヒカルは「僕はヤラセはありだと思います。面白いならそれでいいじゃないですか」と語っていたし。テレビ番組のヤラセも定期的に炎上するが(お馬鹿タレントとして一世を風靡したスザンヌも、クイズ番組はカンペにある解答を読み上げていただけのキャラ作りだったと告白した件など=彼女たちが馬鹿のふりをすることで大衆の優越性が虚構により成立し視聴率という数字があがる)。もともと、情報の下にいるということは、その程度の扱いを受けるものなのだ。

 

 われわれ大衆は、自分で判断してほしいと思われてはいない。

 

   この人を「小馬鹿にする構造」は、社会には多くあるが、警察官とて、馬鹿にされる対象である。この事件のケースでは警察主催の茶番のために、いろんな人が考察しているつもりになって、元警察官に(本音としては)馬鹿にされながら、視聴者数という数字の肥やしにされ、投げ銭(スパチャ)を投げていたが、この段階で既にファンや視聴者などというものは人格を認められてはいない肥やし扱いの何かにすぎない。

 

 このふざけた構造で、人を小ばかにして視聴者を獲得したり、集票したり。広告活動にするという手法は、当然、警察官も他人から取られるし。警察官僚も取られるし。自民党の政治家も取られる(アメリカ政府の日本人評価は上記「菊と刀」の通り)。もっと情報源の上にいる連中からは、官僚も政治家も馬鹿にされる対象である。

 

 成田氏は、エリートが大衆を支配する際の正当化の口実を1つだけ挙げているが、これにはもっと残酷なものが多い。そして、これらは全ての日本の官僚や政治家に刺さる。彼らを馬鹿にして支配しておくアメリカなどの口実として。

 

 例えば、未来惑星ザルドスという映画が、最初に紹介した岡田斗司夫氏の動画内(オズの魔法使いを紹介していた動画内)で紹介されるが、この映画は、人類の繁殖力の問題がテーマになっている。ペニスは悪いものであり、駆逐すべきものだということを掲げた戦士が、多くの人を殺す。

 

 人類社会において、「美徳」とは、社会の要請で作られていくものだが。小説や戯曲などの作品もまた、社会の中で公然とは言えないテーマについて語られるものが多く。この映画もその一つだ。

 

 近年、日本という国において、少子化が問題視されているが。これは、もともと、人類の歴史からすると、問題になどなったことがなかったものである。人類は、天敵(病気などを含む)を駆逐した日から、その繁殖力が問題となっているのだ。故に、国教となるような宗教は全て、子供を産ませない、作らせない圧力を掛け続け、それらを美徳としてきた。

 

 

 

 この世界は、長い間ずっと、人類の繁殖力が問題だったのだ。なぜなら、天敵がいなくなってしまったから。人類の天敵は人類しかおらず、その数が増加した場合、外の人間に向かっていくからだ(マルサスの「人口論」はこの議論の代表とされる)。

 

 この点、少子化問題などを本気で議論している政治家もいれば。当たり前だろう。減らすための政策をするべきタイミングもあるんだと思っている政治家もいる。コメンテーターなどもまた同じである。

 

 そして、人類はこのままの態度(リボ払い、ストロングゼロ、ギャンブル、ヤフコメ民の態度)では、永遠に自由など与えるべきではなく。馬鹿な状態にしておいて無力化して飼いならす家畜と思われてしまうだろう。

 

 この世界はずっと、他人を悪魔扱いして、自分こそがそいつらを支配すると言っている悪魔が、向上心などと嘯き。上へ上へと目指す社会なのだ。上記の例の場合、当然、官僚や日本の政治家はアメリカから操っておくべき対象者となる。石破茂氏の口から出た精一杯の言葉が「俺たちは操られているのかもしれないということを毎日考えている」というものだが。彼の持っている肩書などから言える精一杯のものがこれだと考えると、彼が本当に言いたかったことは何だろうかと察することはできよう。そして、成田氏が「その悪者が自民党という可能性は?」と、とぼけて聞いていることの意味。

 

 この世界は、議論すら本当は茶番なのだ。人口増加ペースがおかしかった時代。この時代には年金制度がなく(より正確にいうと、制度が開始されても、将来本当に国が~ということへの信頼は薄かった時代と表現すべき)、子供に仕送りしてもらうのが老後の過ごし方であり、それが家族の美徳だと教えていた時代だ。故に、この時代、人口の増加ペースがおかしかったので止める必要があった。少子化などを本気で議論している人間が、本当はどのくらいいるのだろうか?とさえ思える。

 

 全ての、気持ちよくなれるような議論は茶番にすぎないのだ。なぜなら、本質を置き去りにした議論に価値はないから。

 

 人類は、繁殖しないように、ギリギリの生活。反乱を起こしたり、革命を起こさない程度にギリギリの満足を与えられ。いつの時代も飼われているというのが、本当の姿である。

 

 これらの支配構造のために、この大量生産が可能になった社会では欲望を植え付ける装置が必要となる。それが無料の情報源から流れてくる「大衆の反応を買う」装置である。

 

 テレビを私は一切見ないが、見ないと欲しいと思うものはなくなる。ユーチューブも、商品のステマをする番組はブロックするので同様だ。そして、死ぬまで思考停止状態の歯車に大衆をしておくためには、彼らには借金を背負わせ、死ぬまでその借金のために生きるしかないという選択をさせることも重要なのだ。

 

 残酷だが、これが本当の社会構造である。

 

 皆さんは、この世界の主人公です! 選挙というものがあるでしょ! と極めて胡散臭い学校の教師から教わっただろうが。あれは、そもそも、この世界の神話にすぎない。詐欺師はスーツを着て近づいてくるとよく言われるが。他人に頭を下げたり、持ち上げたりする必要は、他人から何かを奪おうと思っていないならする必要がないのだ。

 

 だからこそ、政治家や、営業マンなど、皆さんに頭を下げて、笑顔を見せる人間たちが一番胡散臭かったのではないだろうか?根拠のない称賛が手に入るなら。それは100%罠である。どうして、この世界において、大衆が主人公になりえるというのだろう。

 

 そもそも、日本は報道の自由度ランキングが常に下位であり。

 

 アメリカや警察など、明らかな情報源になっている社会集団への信頼が厚い国として知られている。

 

 これは、思考停止した大衆であるという証明にすぎないのだが。当然、マスコミも、政府も違うことを主張する。そして、耳障りの良い言葉だけを信じ、大衆は嘘を信じていきていく。

 

 それが社会なのだ。虚構の中で優越感だけ持たされ、本当は馬鹿にされて支配されることから抜け出す手段は一つだ。全てを自分で思考するしかない。そもそも論、民主主義と、資本主義は普通に考えると両立するはずがないということを成田氏はよく言っているが(頭数が多い人間が騒ぐと少数派の利益が普通なくなるから。もっとも、これにも神話が沢山あって、少数のエリートの頭脳を不要と騒いだ集団が幸福になることは稀である。そして、この神話に便乗して無関係の人々が利益を貪っているのが現代社会なのだが)、これらは情報源を掌握しておき、虚構を信じさせるということで実現しているものなのだ(成田氏の寓話の「経済的、文化的に無力化」しておくというもの)。

 

 この世界が本当はどれだけ悪意に満ちた支配構造かを説明すると長いので、ここまでにするが、成田氏が大衆、エリートの双方を悪魔扱いしたように。彼らは、そもそも、私的な利益を追求したい目的が先にあって。後から口実を作っているだけなのだ。この点、哲学などでは、目的が先で、理由はあとででっちあげているよねというのが語られるが。アニメのセリフでもこれは表現できる。

 エリートは他人を支配したくて、それを向上心と呼び、必死で努力を続けた人間たちなのだ。

 

 しがない数学徒という灘卒ユーチューバーがいるが、彼は人生に疑問を持ち、灘中学の学内順位1桁という順位で勉強など全てを止めた。

 

 何も考えない人間だけが、必死で暗記を続け、この社会で上に上にいくというのは、ノーム・チョムスキーの世界観だが。こんな連中と一緒にやっていけないと泣いている女の子を創作したのが、成田悠輔だ。この世界で、上記神話を知ってなお、幸福そうに他人を支配するための情報を流し、将来天下りして税金をピンハネし、ぬくぬくと老後を過ごそうとしている役人を外国人が信用するだろうか?決してしないだろう。日本政府は、最初からアメリカにも、どこの国にも信用されてはいない。外国の首脳同士が笑顔で握手するのは営業マンの作法である。

 

 なにより、この世界において富を強奪する手段は、暴力ではない。インフレなどを利用した搾取が最も有名だ。だからこそ、日本政府が米国債を売ろうとすると死ぬと政治家は皆、口を揃えていうのだ。米国で買えるものだけは間違いなく金利以上の速度で減る金融商品がそれだから。

 

 搾取の方法は、洗脳や労働力としての酷使でもいいし。なんでもいい。暴力を用いて支配するなどということは、もともと、工場労働がメインになった日から不可能とされている(奴隷解放は、ライン作業は鎖で繋いだ奴隷には不向きだったので学校教育を通じて洗脳してからやらせることになったことも一因である。また、救貧法も、支配者層に利益を説くことでようやく成立したものであり、善意でそのシステムが出来たわけではない。MIT教授 ダロン・アセモグルも「他人のために誰かが善意でシステムを変えた歴史などない」という分析をしている)。

 

 近年、ベーシックインカムというものが話題だが、生産力が向上しても、今の状況だと決して大衆に分配されることはない。この点、そもそも、私的所有がなければ自由がないという、アーレントの世界観もその通りであるが。そんな制度にすると、以下の彼らが暴発するからである。

 

 ここからの論証は、気分を害する人もいようが。論証の都合上、省略もできないのであえて続けます。

 

 彼は、大阪地検の元トップだが。カジモドの恋(醜男の恋は絶対に報われないという教訓を含む作品=ノートルダムの鐘 ※彼の事件の場合は性欲の捌け口と言っておくべきだろう。性差の関係で、男のそっち系の欲望は永久に満たされることはない)は報われない。そして、人類は皆、老いていくので全員がやがてカジモドになる。ところが、どうやら彼らの欲望は無くならないらしい。

 

 とすると、この社会で、良い人のふりをすることを覚えただけのこの悪魔たちをおとなしくさせておくためには、女性は困窮させておく必要があったのだ(これは、歴史的な事実であり、直近だと、ナインティナインの岡村という芸人が、コロナで経済的に困窮した若い女が増えると、綺麗な風俗嬢が増えるという良いことがあると発言した)。そして、嫌な仕事を誰かに押し付けるために、男もまた困窮させておかなければならなかった。

 

 この生贄構造は、結婚もまた同様のことが言えるのだ。経済的な依存状態が生じないと、そもそも、婚姻率が90%を超える異常な状況にならないのは、自明である。かつては、この悪魔たちに捧げる生贄として、女性は財産権を持たせないなど、様々な制約で縛られ、望まぬ婚姻をしないと生きていけない状況に追い込まれたし、それが社会だったが。

 

 本当に、誰も困らない世界だと、以下の状態に戻る。そして、野生の多くの状況はこれだ。

 

 仮に、経済的に女性が困窮しない状況を作ると、このような現象にもなってしまう。そして、おそらくこれこそが、本当の自然状態だ。

 

 

 カジモドの恋、チーズ牛丼の恋は報われない。我々をおとなしくさせておくためにもまた、システムは機能しているのだ。

 

 このあたりの文章は、ただの歴史的事実などの羅列だが、誰かのせいにしておきたいので、井川意高の言葉で締めくくりたい。

 

 「一夫一婦制なんて、ただの共産主義制度じゃないですか」「あんなの、本当の姿だと、僕ら勝者が総取りになっちゃいますよ(井川家の場合は税金に寄生などしていないし、そういうタイプの企業でもない大企業の創業家)。でも、そんなことしたら大変なことになるから、あえて~略~それが社会でしょ(堂本剛の修学旅行写真のコメントはいつも、刺されるのではないか?などというもので溢れる)」

 そして、チーズ牛丼たちは、こういう形で、女性に復讐を果たし、子孫を残していく。

 

 私が高校入学直後に、この精神性のやつとは生きていたくはないと強く願って、ブチ切れた相手がいるのだが(親についてなどの値踏みをいきなり始めた男。なお、この男の結婚は上記検察官の結婚と似ている。金持ちの女だけを探し続けたのだろう)。

 

 こういう連中が向上心を持ち、社会の上にいて、「良い人のふり」をして利益を得ようとしているのが本当の社会だ。詐欺師は必ずスーツを着るという言葉にそれらは集約されている。

 

 エリートたちは、金のない人々を求め、それを意図的に生み出すシステムの中で生き。それを自分で正当化し。虚構で塗り固めた建前をしゃべって生きているのだ。通常の神経なら、こんな人たちとはやっていけないと感じるだろうが。ところが、彼らは彼ら自身に自覚などないケースが多い(流暢に格差問題について語る成功者の例の無自覚さがそれ)。

 

 ちなみに、成田氏は、本当のところ人間なんかと関わるだけ損だと断言したりもするので、彼の世界観が封じ込められた寓話ともいえるだろう。

 

 野心を持つエリートを批判したが、野心を持ったエリートになれなかった人々も多くいるのが社会である。そして、この2つの極が、組織に絶対に入れてはいけないとされる2つである。絶対に、ろくなことをしないからである(より正確に表現すると、やる気のある無能が組織にはもっとも危険で、次に、やる気のある有能が危険と言われている)。

 

 この、やる気ある無能が組織にいると迷惑な存在ということは、我々チーズ牛丼界で人生を歩んだものにとっては、証明が容易である。我々が、欲望を自制しないのであれば、他人にも社会にも迷惑な存在になるのである。それがたとえ、無能だろうが有能だろうが。(欲望は、そもそも、産業革命以前の宗教では、大罪とされるものだった。それらの本質もまた、このやる気のある連中がもっとも迷惑というものに通じるところがあるだろう)

 

 ところで、上記の検察官は、強姦罪には該当しないが、性的同意の根拠がないうえに、婚姻を望む女性の人生を破壊しているので(30代半ばで婚姻を望む女性から人生の時間を奪い取る行為)、やっていることは強姦罪以下であるが、チーズ牛丼たちが支配するこの世界では、それらに罰則はないし、不可罰である。ルールを作るのがチーズ牛丼である以上、自分たちへの罰則は設けないのだ。彼らは他人の欲望は制御しようとするが、自制を絶対にしない。

 

 ※ 断っておくと、これ(この世界はどれだけ経済成長しても貧困も困窮もなくならない。なぜなら大衆やエリートの中、全てに悪魔たちがおり、みんな他人の幸福を本気で望んでいないから~というもの)は、米国社会学者が主張している世界観であり。ただの学説である。

 

 お前らは、他人を助けないどころか、相対的に他人の困窮が利益になると知って、むしろ全員でそれを作ろうとしているという指摘。責任感がある場合、責任のある仕事を引き受けないという例を前回の投稿で出したが(女性役員が少ない理由=他人の人生を背負うような責任を負えないからなりたくないと主張する人が多かったので~というもの)。責任感がなく、自分の利益だけを視野にいれている人ほど、向上心を持ち、社会制度を作ったりしていくのが社会なのだから、この社会の腐り方は当然の帰結であろう。彼らが得意なのは良い人のふりだけだ。

 カジモドや、チーズ牛丼たちは、女性が困窮する社会を求めており。

 

 相対的に、他人は自分以下であることを望んでいるので、決して他人を助けたりはしない(研究者などでもない限り、他人より上を目指すという行為には他人を下げることくらいしかないだろう)。

 

 良い人のふりを演じていれば得をする社会構造があるから、彼らは良い人のふりをしてきただけなので、基本的に、彼らが良い人に見える構造があったのであれば、そこには矛先を変える仮想敵がいたか、もしくは、本当の搾取対象が周囲にいただけだろう。これが本当の社会である。

 

 だから、永遠に、この社会は今のままでは良くはならない。

 

 日本の大衆というものの例に戻るが。

 

 我々が手にし、報道機関を通じて流れてくる情報というものの多くは、欲しい反応があるときに、そういう情報が流れてくるだけなのだ。

 

 水道料金を値上げしなければならないということを行政が思うと、水道管の破裂の映像が連日流され、値上げは不可避であるというニュースが後日流される。

 

 このような報道は、基本的に、「同意」させるためのものでしかない。仕方ないものもあるのだが、そうでないものも多い。

 とりわけ、この国において、相対的に誰か以上の存在になろうとすると、他人を陥れておくこと。奪いとっておくことが不可欠だからである。他人の不幸は、本能的にそれが自分の利益になると知っているので子供は喜ぶ現象があるというのは中野信子氏なども指摘しているが(アダム・スミスが自由放任を推奨したのは、結局最後は、人間には想像力があり、他人の不幸を知ると、心が痛むので、見えざる手に導かれて、彼らは他人に優しくすると言ったが。想像力が働かない人が多くいるのが社会である。己の利益や、己の正しさの向こう側には違う利害を持つ人々がいるのだから)。

 

 「 正義の味方に なりたかった 」 で知られる「FATE」において、原作や、原作者公認のスピンオフ作品「FATE ZERO」などでは、「視野が広がると、正義を語れなくなる」「他の人々、他の集団の利害が見えると~」ということが語られる。

 

 便宜上「正義」という単語を私も使用するが。本気で、他人を迫害しなければならない程のものとしてこれらが存在し~と思っている人がいるなら、それは少し違うだろう。

 

 この辺りは、言葉を選びながら伝えると、知的水準が低い人には伝わらないうえに、逆に攻撃されるので、他人の説の紹介にして割愛したい。

 

 この社会は、他人の利益が相対的に自分の不利益になるから、誰もが本気では幸福など望んでいないという学説である。なお、私たちはスポーツなどで応援しているというありきたりな主張は、あれは向こう側にいる人間を倒し、倒した相手と一体感を得ているので、逆に反論にならなくなるのでその点だけは事前に再反論しておこう。

 

 アメリカの暴力にはしゃぎまくる連中、正義を自称した暴力に酔っているものもまたしかりだ。以下は音喜多駿氏が、死人が出ている軍事行動を褒めたたえ炎上し、ツイートを消したので余計に拡散されてしまったものである(彼は思考停止の馬鹿の代表と言ってもいいだろう)。

 この世界は情報源を掌握した人間による茶番劇である。アメリカは正義の国ではなく、暴力で情報源を握り、馬鹿を騙しているだけの国である。そして、アメリカのエリートも日本のエリートも本当に困っていて欲しい人間は、自国の貧困層である。

 

 彼ら、彼女たちが、彼らの欲望のはけ口になり、エリートが優越感を感じるための生贄になるのだから。

 

 他国の国民から何かを奪うなどということは、そもそも論必要がない。ましてや、現代社会は株式が上場されており、一部であれば、支配権を持たない限度であれば、簡単にその国から収奪することができる。

 

 スパイがなんたらなどという戯言もまた、少子化議論よろしく、大衆を支配しておき、矛先を変えておくための戯言なのだ。

 

 この世界には、悪魔しかいないということを寓話で表現し、ニヤニヤしているだけの成田氏は、決して何も触れてはいないが。そこにあるのは、この世界の風刺そのものなのだ。

 

 繰り返すが、情報源にいる人間が正義であり。愚民にしておいた大衆を支配するのが現代社会なのだ。

 

 ところで、この京都行方不明事件において、以下の警察官たちは、情報がどこから来て。何故、その情報がわざわざ、国民に流されているのかという最も重要な部分をあえて避けて考察動画などと自称した動画をあげていたのだろうが(年間の家出数、行方不明者数のなかからあえて、これだけを報道させた理由)。もともと、重要な部分は誰もしゃべれないのがこの社会である(スポンサーがいて何も言えない。情報源の役人、役所、政治家には今後の関係があり何も言えないなどの報道機関と違い、彼らは視聴者数を稼ぎ、金を稼ぐという目的のため・・・)。

 優越感に浸りながら、このように、最も重要な部分にだけは触れないで考察しているなどという動画を作り、垂れ流している彼らもまた、情報源が入れ替わると馬鹿にされる対象なのだ。

 

  余談で、手前味噌でございますが、私がこのニュースを見て、最初に思ったのは、遭難したかもしれない小学生の人命が懸かっているという大義名分なら携帯などの位置を追えるので(刑事訴訟法上の問題があり、使えないケースに該当しない。何故なら、子供の命を救うためのものだから)、警察はもともと遺体などがある場合は、優先的に探すべき場所を知っていて茶番をしているのではないだろうか?ボランティアなどの人たちに迷惑だけど、何がしたいんだろうか?とだけ思っていました。この当時、遺体として報道はされていませんでしたが、もともと、ただの行方不明と警察が思っていたなら、報道してくれとはいいません(<追記>今回、携帯電話の位置を追ったという情報は、警察が意図的に流したかった情報と推測されるので、芸人などの、その手段を報道してもいいかという心配はそもそも無用でしょう。芸人が気付くようなことは、警察や報道機関が気づいて情報を出す段階で自主的な検閲がされています。そもそも、GPS捜査は既に問題になっていて、警察には不利な結論が出ています。少なくとも事件としては・・・。警察は知らせたいことしか知らせません。むしろ、今回はそれを言いたかったのでは?というシナリオのように思えましたし)。

 

 全ての報道機関は、記者クラブ制度によって、政府や警察の発表を一番最初に流してもらえることで特権が維持されており、もともと、流せと頼まれた情報が優先して流されているのがこの国なのだから。本当に考察するなら、なんでその情報を流しているの?何を信じさせたいの?と考察すべきである。この件では、考察系ユーチューバーは考察などしてはいないのだ(これは、この社会の裏側を話すと、彼ら元警察官コメンテーターたちの発言に需要はなくなるので、彼らが話していないだろうという前提での記述です)。

 

 ところで、エックスキースコア(全ての音声通話やネット回線上のやりとりは保存されているし、全て盗撮、盗聴が可能というシステム)などで未然に防げる犯罪を一切、公安が止めることもなく、現場の警察官などは、必死に活動し。茶番劇の劇団員として利用されているのが警察という組織であることは、上記の例の延長でも確認が可能だが。これは刑事訴訟法上の問題があり、悪人を逮捕しなければならない~などという論調で片付けられているものである。

 

 倒すべき悪がいるからこそ、被害者にはいてもらわなければならず。被害者がリアルタイムで確認できても、我々は決して助けないと言っているのが、日本の公安組織だ。それらは並みの警察官や一般人には刑事訴訟法上の問題があり~として説明されているが、こんなガバガバ理論を信じているレベルの人間が本当にいるなら世も末なので、きっとみな我慢して耐えていることなのだろう。成田氏は、エリートも悪魔扱いしていたが・・・略・・・。

 

 ところで、強姦犯と、法律にだけは触れてはいないこの検察官。どちらも同レベルの悪にしか思えないのだが? 検察や警察がいう悪人というのは何なのだろうか? どうして彼らは、自制だけはしないのだろうか?結婚を急ぐ30代半ばの女性を騙し、避妊せず、性欲の捌け口にするためだけに独身偽装をするこの男。彼は刑法犯に該当しないだけの悪魔以上の悪魔ではないだろうか?

 この構造は、成田氏の作った寓話において、「悪魔」というものが、支配されている層、支配している層、双方に適用されてしまったものと似ている。与えられた条件と、立ち位置が違う悪魔がそこにいるだけで。関わるだけ損な悪魔だらけなのが社会だという世界。

 

 エックスキースコアの存在がエドワード・スノーデンによって暴露された時(当然、これが国家の闇の全てではない)、この世界の構造はある程度明らかになった。

 

 国家権力を行使するものたちにとっては、国民は守るための存在ではなく。

 

 彼らにとって国家とは、自分の権力を永続的に保持するための機関であるということだ。

 

 テロ対策を自称する組織が世界中にあるが、彼らは自作自演でテロ活動などをし(偽旗作戦)、自国民の虐殺もして、たまにバレる。国民が怯えるべき敵がいなければ、特定政党、特定政治家のための組織などというものは成立しないからだ(〇〇陣営などというものを言う者が多いが、本気で搾取したいなら味方のふりをするほうが早いのが人類の歴史なので、全てが茶番。敵は敵のふりなどしない。北朝鮮の独裁者ですら、善人のふりをして自国内では搾取しているように)。

 

 世界中の公安組織の自演テロに話題は戻るが、犠牲者などがいなければ、正義の味方を自称して、人気を得ることは出来ない。政治家にも、公安にも、倒すべき悪の存在が必要なのだ(裏では搾取するつもりなのだから、本当の姿以外の茶番がそこには必要である)。

 

 そして、ロシアにとっても、中国にとっても、アメリカにとっても、日本にとっても、政治家たちの本当の敵は自国民である(ノーム・チョムスキーの言葉「全ての政府にとって、本当の敵、真の敵は自国民である」)。

 

 

 この当たり前の事実にすら気づかない馬鹿が、周囲にいてくれたとき。初めて、その組織は輝く。それが警察という組織である(最近のニュースが警察だったのであえて引用したが、これは全ての団体で同じ)。

 

 最初から、携帯電話の位置情報で、探すべき場所など、全てを知っていた連中の茶番のために(今回、公安でない組織が民間企業を相手に開示できたのものに、過去の位置情報も含まれるかなどの点はおいておく)、捜索活動させられた消防団員や、警察官。これだけではなく、公安などが、テロを連呼している背景で作られている様々な監視システムと、その帰結。当たり前の事実にすら気づかないから、その茶番を真剣に語ってくれる要員として彼らは存在している。無自覚で。

 

 そう、流暢に格差問題について、格差をつけて利用している側の成功者が語る、成田氏が悪魔と呼んだ精神性よろしく、同様の思考停止が彼ら公安以外の警察官にもまたあるのだ(ユヴァルノアハラリの動画が上記のものだが。誰が考えても世界中の公安組織が守りたいのは自分の特権を守ってくれ、自分に優越感を持たせてくれる政治家たち。彼らは自分の利益しかそもそも考えてなどいない)。

 

 暴力団は、政治家や、警察官僚と友達であるということが、広く言われ続けていた時代が長かった。

 

 その一方で、暴力団対策の警察官たちは真剣に暴力団と向き合っていただろう。

 

 トクリュウ対策なども、本気で言っている警察官もいようが。芝居の連中もいるのだ。そう、コメンテーターの中には実は本音ではいろんな人がいるんですよと言った岡田斗司夫氏の例のように。自分の昇進に関わる政治家たちは暴力団とは裏でつながっているし。本気で何かをしたくはない連中もいて。全てを知り何も教えない連中が上でひしめき合い、芝居をしているのが警察という組織なのだ(現代の監視システムから自明)。

 

 悪と戦うふりをしながら、その悪に選挙妨害を依頼して、報酬で揉めて火炎瓶を投げられた際に、自分の選挙妨害だけには触れず、暴力団員だけを逮捕してくれるような装置と、その装置で平然と生き。自分たちは正義の組織だと本気でしゃべってくれる程度のオツムの劇団員が、茶番には必要というわけである。

 

 暴力団の側も、昔は、貧困に追い込んで犯罪をするしかなくなる連中を作っているお前らも悪いと開き直っていたし、それがそのまま報道されてもいたので(過去の番組中のやりとり)、この構造で悪を作っているのは、どこの組織のエリート官僚たちなのだろうか?という部分にすら疑問を持たないなら、その組織で本気の茶番が出来るだろう。文頭の成田氏が作った寓話でも、貧困を作ったあとに、ギャンブルや酒に溺れ、借金を重ねる貧乏人を見て、支配を正当化している悪魔のエリートが描かれるが、成田氏が真っ先に挙げていたギャンブルはパチンコだった(ギャンブルの羅列だったのでギャンブルと一言にし省略したが)。なお、パチンコは警察が天下りを目的に認めている違法ギャンブルで、貧困や自殺、犯罪の大きな原因となっている。

 

 

 この世界は、悪と戦っていると言って矛先を変えている連中も悪なのだ。

 

 これは、公安警察の官僚だった、亀井静香が、どうやって合法的に税金を吸い上げるかのシステムを構築していった話をする2人の動画だが。彼と強盗の違いは、1つしかない。法律に触れたかどうかだけだ。

 

 この国において、政治家、警察上層部や、公安といった連中は、そもそも、エックスキースコアを与えられているのだ。アメリカ政府から。

 

 何のために? アメリカの傀儡政権を維持するため、逆らった政治家、役人などを社会的に抹殺するための監視装置としてである。警察などの組織内のものは全てが茶番である。その茶番の要は、思考停止をさせて、何も考えない組織内の連中。

 公安は、もともと、テロリストと戦う集団ではなく、不都合な言論が出ると、特権が終わるから、必死で国民監視を続け、裏でいろんなことをしてきただけの集団である。テロを自演しながら、自分の組織を正当化する口実を作る組織(成田氏の寓話も、国民を支配するために、経済的、文化的に無力化していくのが僕たちの義務と言うエリートが出るが、彼らはその要の暴力装置なのだ。国家は、最初から国民のためになど存在しない)。警察の採用レベルだと、それが見抜けない人(申し訳ないが教科書通りの神話の方も多分知らない人々が就職している)が山のように周囲に配置されてしまうので、公安という組織の嘘がバレにくいし守られてきたというだけである。何故なら、周囲の下っ端は、本気で何かをしゃべっているから。テロなどなくとも、言論で社会が変わることは明らかだ。何故なら、近代社会は全てが嘘だから。これが成立する条件は国民が馬鹿であるということだけ。そして、申し訳ないが、国民の平均より警察官は一般的に下のレベルだ(今、告発しようとしている内容の重大性を鑑みれば、これは言うしかない客観的事実。彼ら公安が自称する世界を股にかけた頭脳労働・創作でしかないスパイ物語を彼らが本当に出来る可能性はない。官僚とて同様だ。何故なら、この世界でヒエラルキーが上がると自分も重要な監視対象になるのに、わざわざそんなところに行った時点で、情報収集能力も処理能力もない。現在は、すでにアメリカが海外の政治家や官僚は監視対象とウィキリークスで漏らしてしまった後だ・・・。彼らが公にしているものと、本当の仕事は別なのだ)。

 

 申し訳ないが、政党政治というものの本質は、特定の投票してくれた集団や、献金してくれた集団にだけ報いるためのものである。そんな連中しか当選しない、この国の政治家をどうして諸外国の人間が信じるのだろうか? 信用できる人間だと思われてはいないだろう。

 

 世界中の人間から愛されています! 日本の政治家は! と流している報道機関は、どういう機関なのか。その収益構造と、株主構成、資金の流れをよく確認すべきではないだろうか。

 

 この点(組織の嘘を嘘と見抜けない馬鹿が周囲にいることによって、組織としてついた嘘の茶番が成立する)は、この世界の茶番劇の要ともいえるが、警察以外の組織でも成立している。まず、成田氏の寓話の5歳児。こんな悪魔と人生を共にしたくないと泣いている境地になるような場所には、人は決して就職しないからである。そして、そんな組織に仮に入ってしまったとしても、彼らは上を目指したりはしない。

 

 金融商品であれば、というか、通常の商品は、顧客に不利になればなるほど、企業、営業マン側の利益は高くなり、昇進するし評価もされる。

 

 相手の損失は、通常のゼロサムになる取引では、もう一方の利益になる。その構造が見えるとき、開き直れる人か、それすら理解できない馬鹿しか組織の上にはいかない。これが、この世界の茶番の構造の要である。

 

 全ての社会構造は、こういう馬鹿な悪魔によって成立している団体の寄せ集めで成り立っている。

 

 この世界は全てが茶番劇なのだ。そして現代社会の政治とは、国民を、経済的、政治的、文化的に無力化するためのものなのだ。国民のことを政治家は何一つ思ってなどいない。まして、天下りのために生きる官僚や、無能なのにその世界に憧れ、公安に行く警察官(やる気のある無能)は・・・。 (次回に続く)

 

(追記)

 もともと、日本の政党政治の本質は、投票してくれる団体のため、全ての国民を犠牲にして利益誘導をすることである。とするならば、海外政府(CIA)から先祖代々、資金提供されていた安倍晋三一家の悪行も、ただ私益しか考えない連中が担いだ以上、日本という国の末路だったのだろう。安倍晋三だけが悪いわけではない。そういう連中しか当選しないシステムを作ったのは日本国民である。(支持団体の一種が、海外政府だろうが統一教会だろうが、彼らは当選のために利益誘導する。そして、そのシステムを支え続けたのは自民党の支持母体や、自民党を裏で支え特権を自分も享受しようとした公安などの組織である)


 本当の悪人は、良い人のふりをして、皆さんの前にいる。それが社会なのだから。己の利益しか考えない人たちの投票が、自民党という政党を作り。彼らが報道機関を牛耳り。耳障りの良い嘘で、どんどんこの国を腐らせていくのだ(テレビに映る政治家の好感度は全員高い。単純接触効果があるからだ。これを求めて、各政党は支持者の自宅前に、年中ポスターを貼らせており、最初からこの国では国民はそういう計算された反応が待たれているにすぎない扱いである)。

 

 

 国民に、教養がなければ、この程度の嘘すら見抜けなくなるだろう。憲法とは、中世に国王をも縛る必要があるとして制定された、権力を縛るためのものであり。権力を縛るということを想定しないものは憲法という名前をつけても憲法ではないとされているのが、法律上の概念である(実質的意味、形式的意味の憲法という議論)。

 

 このことすら、国民に教えずに。今、自民党は、自分たちの権力を縛るものを、あらゆる形で廃止しようと目論んでいる。詐欺師は必ずスーツを着て、笑顔で近づいてくるのだ。敵と名乗って近づいてはこない。

 


  皆さんは、笑顔で近づいてくるペテン師たちに、永遠に人生を食いつぶされたいのですか?と思うが・・・。